03
ソレを聞いた途端、彼女は目を丸くしながら私とヤツを交互に見てくる。
「え~そうなんですか!なんか意外ですっ」
仲いいんですねー、とかなんとか言って自己完結している女を横目に、国崎本人はというと――目を白黒させて固まっていた。
……ちょっと、君。なに動揺してんの。
確かにイキナリ振った私も悪いけど、どんな無茶ぶりもこなせるはずだろ、国崎ならっ!
私がじろっと彼を睨むと、彼もコッチを向いた。
…まだ目線が泳いでいたが何とか顔を合わせ、そして小声で話しかけてくる。
(…っな、那津。)
(…何。)
(今の…………)
(だから、彼女の言うとおり、弟設定にしてみたんだって。しばらく付き合ってよ。)
(や、それはどーでもよくて、)
(??)
―えっ?ソレはどーでもいいんだ??順応性早っ。
……あれ、じゃ、何が問題なの?
そうやって私が首をひねっているうちにまた目の前の女が話しかけてきた。
「…じゃ、弟サンも一緒に、皆さんで今から遊びに行きませんかぁ?」
「ね、ボク。甘いもの食べたくない?」
…ボクって。私何歳に見られてんの、一体。
しかも私をダシに国崎と仲良くなりたいって、魂胆見え見え。
あー。怖いね、女って。
斎藤たちも遠巻きに私たちを見てるし。…何、面白がってんだか。見せ物じゃねっての。
冷めた目で彼らを一瞥し、私は口を開いた。
「やだね。俺、今日は聖悟と遊ぶんだからっ!」
そう言って、べっと舌を突き出して見せる。まさしく少年って感じじゃない?これ。
「え?」
可愛げのない私のセリフに、お顔を引きつらせるおねーサンたち。
「………っ、」
んで、また絶句する国崎君。今度は口も押えてるし。
…えー、だから、なんでー?
「……ね、俺今すっげぇ写メ撮りたいんだけど。」
「赤面聖悟……確かにレアだねー。」
「止めた方がいいですよ。携帯、ヘシ折られますよ。」
「…分かってるって。でも名前呼ばれてあんなに喜んでるって……」
「聖悟も意外に純じょ……っ……!?」
「(…お前ら、後で殺すからな。)」
那津には見えないように、だが確実に3人に向かって凍てつくような視線を送る国崎。一瞬で、彼らは時が止まったかのように動かなくなった。(特に水谷)
しかし3人がそんな状態になっているとは露知らず、私は満面の笑みを女子らに向ける。
「おねーさんたち、もっと自分を磨いてから来なよ。じゃないと聖悟は相手してくれないんだよ~」
「んな……っ」
失礼にも程がある発言に、彼女らはたも眉を吊り上げた。
だが、今の私は国崎の弟(設定)。
女共も結構納得しているのか、悔しそうに歯がみするばかり。
……これ、ほぼ、最強のカードじゃない?やっぱり国崎ってすごい。
「…ってことで、じゃあね。早くしないと映画、始まっちゃうから!」
「……あっちょっと!?」
私は口角を上げて満足そうな顔を作ると、ぐいと国崎の手を引き、その場を走り去ったのだった。
―――
――
午後3時くらいだろうか。
まあ、本当に行く所もなかったので、最初の公園に戻ってきた私たち。しかし朝と違い、私はご機嫌だった。
「あ~面白かったねー!」
ポニーテールを揺らし、ん~っと伸びをする。すると、斎藤と乾が呆れ顔で私を見た。
「…いやいや、楽しんでたの、ナツちゃんだけだからね。」
「信二なんか、凍死寸前ですよ?」
「…あら、ホントだ。」
後ろを見れば、睨みあっている国崎と水谷。……ただその眼光の鋭さは、獅子と猫くらい差があるけど。
ん?そんで、なんでバトってるのかな?
「原因、なに?」
「貴女ですよ。」
「ええっ?」
乾、さらりと言ってくれたけど何それ!?…嘘だ。いつの間に不興買ってたの私!?
まっったく、身に覚えは無いが、ならば私が止めるべきだろう。慌てて2人の元へ走った。
「ちょ、国崎。やめてあげなよ。」
なんかよく分からないままだが、間に入る私。すると、水谷はセーフティ(斎藤と水谷の所)に逃げて行った。
「…………。」
「なに怒ってるの。さっきから。」
私は残された国崎に向き合い、声をかける。
本当に、今日のコイツはどっかがおかしい。…コンタクト作ってからかな?
私はぐいっと帽子を上げ、仏頂面のヤツと目を合わせた。国崎はチラリと私を見下すと、また視線を逸らす。
「……お前が、ムカつくから。」
「ハァ!?」
な に そ れ ?
訝しげな表情をすると、国崎はさらに不機嫌そうな顔を作る。
「だって、いきなり俺の名前、呼んでくるし。」
「なまえ?」
「ん、呼んでみろよ。」
「え、国崎、でしょ?」
「そうじゃなくて……」
「国崎聖悟、でしょ?」
……それが、なんなのさ?何の確認?
下の名前もちゃんと知ってるのに。…前と違って。
全く意図の読めない私に、国崎は『もういい……』と言って、ため息をついた。
???
意味分かんない。
意気消沈気味の国崎は、腕を組み、私をじっと見下した。
「…あと大体な、お前が男に見えるかよ。背は低いし、身体はガリガリだし。」
「…それは認めるけど……」
―君が高すぎるんだよ。
てか、女子では身長高い方だし!女で160あれば結構いいでしょ?(何が?)
「で、でもあの人たちは騙されたじゃないか!」
「…そりゃ、顔が見えなかったからだろ。顔見りゃ誰だって………」
「誰だって、……何?」
じっと、目と目を合わせる。彼の言うとおり身長差があるので、見上げるよう格好。国崎の瞳に映った私が私を見ていた。
「……っ何でも無いっ!」
「ぶっ!?」
だが沈黙は、約5秒でブレイク。また帽子を深くかぶせられた。
痛い、と私が睨むと国崎は気まずそうにコホン、と咳ばらいをした。
「……とにかく、これから那津、コンタクト禁止。」
「…ええーっ!?」
せっかく作ったのに?てか、なんでー!?
「な、何故?」
「あぁ?俺が作ったんだし、文句あるか?」
「き、君だけじゃないくせに……」
「なんか言ったか?」
「…イエ何でも……」
い、威圧感半端ない。これ、水谷じゃなくても怖いわ。
結局、私はしぶしぶコンタクトの入った袋を国崎に差し出したのだった。(1日用、3ヶ月分)
「…よし。じゃあ、つけてるのもはずせ。今すぐ。」
「は?…面倒くさい。まだはずさなくていいでしょ?」
「ダメだ。早くしろ。」
再度、催促する国崎。私は
「……わか、った。」
…やっぱり、指示に従いますよ、はい。だって、怖いモン。
――
公園の女子トイレの鏡の前に、私は立つ。反射する自分の顔をまじまじと見た。
…しっかし、そんな不満かあ、私の裸眼。
なんか地味にショックだなあ。普段よりかは、マシな顔してると思ったのに。
-そんな、見るに堪えない顔だったとは。
「……まぁ、でも。」
そろ、と右手を眼球に近付け、ゆっくりとレンズをはがす。半透明な物質が目から指に移り、視界がぼやける。
……うう、やっぱキモイ感覚。慣れないな、これ。
右目のレンズをケースに戻し、左目も同じようにはずす。そして、いつもの黒縁眼鏡をポケットから取り出し、かけた。普段と全く変わりない私が鏡に映る。
「…やっぱ、これが『私』だよね。」
黒髪、眼鏡、…地味。
私のトレードマーク。いつもの本城那津。
その姿を見て、ほっとしている自分に気付く。なんか分からないがとても落ち着いた。
―ああ、もしかして国崎もこれを言いたかったんだろうか?『そんなの私らしくない』って。
くすりと笑みを残した私は、鏡に反射する私に笑い、トイレを出た。
―――
――
「あれ?コンタクト、はずしちゃったの?」
トイレを出ると、外のベンチに4人が座って私を待っていたのに気付いた。水谷の言葉に、私はちらっとある男の方を見て答える。
「ん、国崎がはずせってうるさいからね。」
「うるさいってなんだよ。」
「事実じゃん。コンタクトも、せっかく作ったのに没収とか言うし。」
「え、そこまでする?!」
「黙れ、宏樹。」
噛みつくように斎藤を睨みつける国崎。……今日の君、ほんとに沸点低いな。何があったんだか。
「…あー、いや。でも、もういいから。」
一触即発な空気を寸止めし、2人に手を広げて見せる。言うまでもなく、私はもう、満足したのだ。
―なんだか今日はいろんな経験をした。
初めて人前で眼鏡をとってみたり、女の人に絡まれたり、『男』になってみたり。そういう意味では、眼鏡なしというのは案外新鮮で楽しかったとは思う。
でも、
「やっぱ、私はコレでしょ。この眼鏡で、じゅーぶん。」
ニッコリ笑って自慢げに眼鏡を掛け直して見せる。
眼鏡大好きってわけじゃないが、やっぱりこっちのがしっくりきた。
外見なんかもとより気にしちゃいないし、あれは不評のようだし。別に、私は私のままでいいんだからな。
「……ふーん、もったいないな。そういうもん?」
「うん。まあいい変装道具だとは思ったけどねー」
「…確かに、変装レベルですね、あれは。」
頷く乾に私は眉を寄せた。
いや、だから君らの評価、どんだけ低いのさ。裸眼でさらにブスになる女って、私くらいじゃない?
や、いーんだけどさ。別に。
すこーし複雑な気分になった私はふう、と息をついた。
「…んじゃ、そろそろ帰っていい?私、レポートが終わってないんだ。」
「あ、そうなの?大丈夫?」
いや、ぜーんぜん大丈夫じゃないの、コレが。来週提出なのに、テーマすら決めてない。あははは。
「ちょっと、ヤバめ。だからとっとと帰らないと。」
「それなら言ってくれれば良かったのにー。」
「今日、別に付き合うことなかったんですよ?」
ふん、君タチよく言うわ。選択権なかったくせにさ!
―そう喉まで出かかった言葉を飲み込み、深呼吸。そして足を踏み出す。
「……ま、いいって。じゃあ帰るねー。」
バイバイ、と友人に手を振り、自宅方面に向かって歩き出した途端。
「っぶ!?」
何かにぶつかった。デカいなにこれ、と思って顔を上げると、それは。
「……送る。」
今日、絶賛不機嫌中の、国崎聖悟クンでした。
――
てくてくと、2人分の足音が聞こえる。私と国崎は並んで歩いていた。
「…家、すぐそこだよ?」
送る必要は無いのにと、私は不可解な顔を見せて呟いた。
「気にすんな、ただの気分だから。誰かさんと違って、俺は切羽詰まっていないしな。」
「…悪かったね、余裕なくて。」
…どこまでも小憎たらしい奴だ。
私はふん、と鼻を鳴らして正面を向くが、やがて口を開いた。
「ねぇ国崎。」
「なんだ?」
せっかく送ってくれてるんだし、ものはついでとばかりに聞いてみることにした。
「そんなに変だった?私の裸眼。」
「は?」
「だって、国崎、今日ずうっと不機嫌だし。視界にも入れたくないくらいブサイクなのかなーと思ってさ。」
「っ、おまっ、そんなわけ……」
「あれ、違うの?」
と言うと、国崎はまた押し黙ってしまった。
ぴたり、と足を止めるから私も後ろを振り向く。国崎と目が合った。
「……い……った」
ボソボソと口を動かしているが、残念ながら所々しか聞こえない。
…なんだ?
「ごめん、何?聞こえない。」
「…いや、いい。そういえば那津は自分のことに超無関心だったしな……」
「???」
ちょっと、全然分かんないんだけど。ぶつぶつ呟く国崎の声はそのまま私の耳をスルーしていく。
「那津。」
――と、また名前を呼ばれた。
「なに?」
「…コンタクトは、時が来れば返してやる。」
「は?」
ここにきて、何?てか、時っていつ?人類最後の日とか、言わないよね?
「それまでは俺があずかる。いいか、絶対つけるんじゃねぇぞ。」
「…言われなくても、別にいらないし。そんなリスキーなこと進んでしないってば。」
相変わらず意味不明な国崎を一瞥し、また歩みを進めた。しかし、男は複雑な心情で女を見つめていた。
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――ったく、この鈍感が。
なんで自分のことになるとなんにも気付けないんだろうな、こいつは。
言っとくけどな、那津。
眼鏡とったお前はな、……本当に、可愛いんだよ。馬鹿。
あんなの、誰にも見せてたまるか。付けるのは俺の前だけでいいんだよ。
だからコレは、お前が俺に落ちたら返してやる。
……ついでに名前も、嫌ってほど呼ばせてやるからな。
覚悟しろ、このドアホ。
――それは、人知れず、とある男が決意を新たにした日であった。
END
時間軸的には、『美女、来襲』の章の前くらいでしょうか。
このくらいのクオリティの小話的短編がこの後も続きます。




