02
「『こんな状況ありえない』、なんて考える自分がまだ居てさ。…コレは夢で、明日になったら醒めちゃうんじゃないかって、思うんだ。」
「…………。」
「私も君も、明日になったら何もなかったかのように普段通りに戻るの。そうだったら―――
「那津。」
遮られる言葉と共に、ぐるん、と視界が回った。漆黒の瞳に、国崎の顔が映し出される。
「断る。俺は夢なんかじゃない。」
キッパリ、スッパリと、開口一番の否定。
国崎は口をぎゅっと結んだまま、不機嫌そうな顔を作った。
「……ただの、冗談だよ?」
「…俺、笑えない冗談は嫌いなんだけど。」
「え、笑えないかな、これ。」
「当たり前だろ。なんだ、付き合ってすぐに別れ話って。マジで心臓凍るかと思った。」
未だかつて見たことがない宇宙人を垣間見たような顔をする国崎。
…え、そんなに?マジで?そんな奇天烈なこと、言ってる、私?
…別れ話なんかじゃないのにぃ。
ポリポリとバツが悪そうに私は頭を掻いた。
「…ごめん。ふと、そう思っただけだよ。」
「……これが夢、だって?」
「ん、そう。夢。」
一晩経ったら消えてしまう幻。柔らかな羽毛布団にくるまっている間だけ見れる、極上の妄想。
―それと、君との時間に既視感を覚えたから。
「…………。」
そう言うと、国崎は考え込むように黙った。
しばし静寂の闇がまた私を不安にさせるが、思ったよりすぐに返答が来る。
「……もしこれが夢だったら、」
「うん。」
「…覚めても、また見ればいいんじゃないか?」
「へ?」
何でも無いように飄々と言ってのける彼を、私は凝視した。
国崎はふうと息を吐き、先を続ける。
「自分の都合のいい世界だろうが妄想だろうが、寝れば必ず見れるんだ。夢って、そんなもんだろ?…だったら、ずっと見ていればいい。」
何度でも何回でも、コレが夢だとしても、一晩で消えてしまっても、
起きたらすぐにまた眠ればいい。ユメの続きをまた、見ていればいい。
そうしたら気持ちは褪せない。ずっとずっと続く。
そうだろ?
「…まぁ、俺は、覚ますつもりはないけどな。」
そう自慢げに言って肩をすくめた国崎に、
「……ふ、あははは!」
私は、思わず声をあげて笑ってしまった。
…相変わらず、無茶な理論を振りかざすヤツだ。でも面白い。いい。やっぱり、こいつ、最高。
「…すごい考え方。君も、大概変人だね。」
「自覚はある。つか、それくらいじゃないと那津についていけないしな。」
「分かってんじゃん。…でも君には負けるよ。私の計算をことごとく狂わせてくれて。」
「お前の計算が穴だらけなだけだろ?途中から、全く機能してなかったし。」
……んなっ?
むかっときた私は不服そうな目で男を睨みあげる。すると、国崎は軽く笑いながら頭を撫でて来た。
「…は、悪い悪い。気に障ったか?」
「当たり前だ!馬鹿!」
言うなり、ふんっとそっぽを向いた私。
我が家唯一の家財道具であるテーブルが、白く光って視界に入ってきた。
「那津。」
呼ぶ声も、無視。つーんとあらぬ方向を向く。
…全く、こいつは。ことの重大さがゼンゼン分かっちゃいない。
君が考えているよりショックは大きいのだよ。計算は何より、私の武器だったんだから。
……君にだけ、見破られてしまったけれど。
「……那津ー、分かったからコッチ向けって。」
意地でも振り向こうとしない私に国崎の声が降りかかる。
それでも無視を続行、と 思えば
「はぁ、ったく………いいか?那津。」
その呆れたような声が届いた瞬間、くるり、と体が反転した。
手が背後に回され、目の前に国崎の顔が楽しげに歪んで見える。
ん?
……あれ、私、押し倒された?
―途端、私の顔からさっと血の気が引く。彼の整った顔が近い。
動物としての防衛本能が私に危険を知らせてきた。
「……っちょ、」
…マズいマズい。てか、近い!これは、よろしくない展開なのでは??
「…何焦ってんの、今更。」
「いや、今だから、だって!」
焦る私をシカトし、どこまでも気楽そうな国崎。うっすら笑みすら浮かべている。
…いや、真面目な話ならなんでこの体勢なの!?
「…お、落ち着け国崎。」
「お前がな。」
「…っ何考えてんの!」
「逆に聞きたいんだけど、那津はナニ考えてんの?」
「――っ!!」
那津エロい、とか呟くドアホを何とかして、頼む。誰か、通訳。
この雰囲気にのまれてしまった私には、刺激が強すぎて鼻血でそう。
思わず眩暈を起こしそうな私を見て、国崎は笑った。
「……ま、今日は何もしねぇけどな。」
「ほ、ほんとっ!?」
「ほんと。」
……よ、よかった。とりあえず安堵し息をつく。
国崎が『そこで安心されるのもなんか複雑だけど…』とかなんとか呟いていたのは、余談である。
「……那津。」
ふと俯いていた私の顔が、国崎の手によって上を向く。視線が、絡む。
―真剣な瞳が、私の体ごと貫きそう。
さっきのチャラけた様子など微塵も感じさせない国崎に、私は茫然と見つめるばかりだった。
ゴホン、とひとつ咳払いをして国崎は言葉を紡いだ。
「…俺が言いたいのは、だな。
那津は、何でも考えて計算して今までやってきたようだけど、世の中、そう上手くはいかないってことだ。……特に、恋愛なんて。」
「………」
『レンアイ』を強調する国崎。…確かに、私にとっては未開拓ジャンルだ。私は無言で頷いた。
「恋愛はな、計算なんかしない方がよっぽど面白い。むしろ何も考えずに飛び込んでしまった方が、色々なことを発見できる。…それを、俺がたっぷりと教えてやるから。」
――飛び込んで、くればいい。考えずに、気持ちのまま。
―俺は、『那津』が好きだ。+も-もない、ゼロのお前が。
お前の他は、何もいらない。那津は一生、俺のもの。
手放す気どころか、逃がすつもりすら、ないから。
―怖がるな。
お前はただ、何も考えず、俺に愛されていればいいんだ。
……So, Are you ready?
―そんなキザなセリフの後、国崎がニヤリと笑う。
目を瞬かせた私は数瞬考えたフリをしていたが、やがて同様に、ニヤリと不敵に微笑んで見せた。
…ああ、分かってるよ。
―というか、答えなんか最初から決まってる。
私がずっと頼りにしてきた脳内計算。
それを使えなくしてしまうのは怖いし、ものすごく不安だけど。
君を好きになったその瞬間から、私は、君のものだから。
―信じてみるって、決めたから。
…試してみようか?『私』を。
「……面白い。やれるもんなら、やってみなよ。
……聖悟。」
私たちは顔を見合わせる。
くに、……いや、聖悟、の手のひらが私の頬に乗る。
すると今度も何の迷いもなく、寸分の愛情を疑う余地なく。
恋人は、噛みつくようなキスをしてきた。
――醒めないユメの、はじまり、はじまり。
--DELETE--
ホンジョウナツ:
ゲンザイノスベテノメモリーヲショウキョシマシタ
リロードフカノウ
ヨウリョウ:0%
…start again?
END
本編はここで終了です。
ここから、その後のお話と番外編を短編形式で綴っていきます。
よろしければ引き続きどうぞ!




