覚めても醒めないユメ
「……あーあ、ほんと、見事にぶっ壊れてるねぇ。」
ぼんやりと、私は呟いた。
――玄関前。現在、吹っ飛んだキーチェーンを国崎に片づけさせている最中である。
―ん、鎖自体は千切れてないものの、部品が……なんつーか粉々じゃないの。
…これ、引きちぎったんかい。ほんと、恐ろしいヤツ……
「…那津がさっさと入れないのが悪いんだよ。」
「お黙り、犯人。早く片付けてよ。」
「はいはい……」
ぶつぶつと減らず口をたたく国崎を一喝し、腰に手を当てる。
―言っとくけど、私、過失ないから。
てか、どうしてくれんのさ。それ、我が家の唯一の防犯システムなんだけど?
ガチャ、とチリトリの中で金属同士が触れ合って音を立てる。
こんなもんだな、部品は、と呟いて国崎は腰を上げた。こっちを振り向く。
「ちゃんと直すって。ナットとネジ、買ってくりゃいいだろ?」
「相変わらずエスパーは健在だね。」
「那津は顔に出すぎなんだよ。」
すっと私の方に歩み寄ってくる国崎。
並ぶとやっぱり見上げるほど背、高い。…身長差を意識してしまうのって、普通だよね?
接近してくる彼になんだか気恥ずかしくなって、私は顔を逸らした。
「…ん、ご苦労さん。じゃ、ついでに帰ってね。」
「…おい、まだ外、真っ暗なんだけど。」
「どーせ、車でしょ。はい、行った行った。」
「まったく、ひどいな……」
しっしっと手を払うと国崎はむっと子供のように顔をしかめた。
と、思えば、イキナリ私の近くまで歩を進めると、ニヤッと笑いながら耳元に口をあてた。
「……彼氏に向かって、それはないだろ?」
「~~~!!」
途端、私の顔面が火を噴く。
「――っ、―――!!」
「声に出せ、声に。目だけで語るなって。」
真っ赤な顔を突き上げ、国崎に無言で抗議する私。
いや、言ってるもん!…心の中では。
私はぷは、と一回息を吐いて、今度は口を開いた。
「…っか、かれし、とかは言わないで頂きたい!」
「いた…?いきなり何キャラだよ。」
「あー!そんなんはどうでもいいから、頼む、お願い!」
わたわたと身ぶり手ぶりで限界を訴える私の手足。
あ~もう!だ・か・ら、私には免疫ないんだってば、そういうのっ!照れるってか恥ずいってか……だぁああ、もぉ死にたいぃいいい!
「……じゃ、お前は、何て言うわけ?」
「……っ」
「那津さん?俺は、お前の何かな?」
しかし、狼狽する私に対し、ニコリ、と笑顔を見せる国崎。
……こ、こいつ、まさか、私に言わす気か!?
しかも、確信犯だしっ!絶対、楽しんでるし!おい、何だ。さっきまで真剣だった男は何処行ったんだ!?ドS復活早すぎぃいい!
「っ、うぐ」
当然のごとく、言葉に詰まる私。しかし彼の言及が止まるわけがなく、答えを待つかのように男はそのまま動かない。汗が濁流のようにだくだく流れた。
…んで結局、
「……こ、…こい、びとです。」
はい、言わされちゃったね。
……恥ずかしい。
『彼氏』を変えたのがせめてもの抵抗だったが、恥ずかしさは変わらず。真っ赤っ赤な私の顔は目も当てられない。言ったまま開いてる口の中まで熱い。
『コイビト』なんて吐くことになるとは、数年前までは思いもよらなかった。
絶対、私のキャラじゃあ、ないし…すっごい、くすぐったいけど…
なんか、実感する。
こいつ、私の彼氏になったんだなって。
「正解。」
にっこりと笑ってまた抱き締めてくる国崎が、肌で感じられる。
…人肌って、あったかいんだなぁ。とか、思ったり。
優しい時間。ほっとする空間。…好きなひと。
…あー、全く。私ってばこの短い時間で、どんだけこいつにハマってるんだか。
…なんか、悔しい。
不思議な敗北感を感じ、恥ずかしいやら悔しいやらで私はむっと顔をしかめると、
するりと国崎の腕から抜け出た。パッと彼の方を向き、
「……国崎ぃ、」
「ん?」
彼に呼びかける。振り向いた彼の何気ない顔を見つめ、にたりと笑った。
――仕返しだ。受け取れよ?
「…君が好きだよ。」
それは、唐突に。
ビックリするくらい簡単に、口から出した、一生言う予定のなかった愛の言葉。
ただ、国崎に伝えたかった本心。
―そして、それは
諦めと言うのか、打ち解けと言うのか。
とにかく…私の、最後の心の扉が開け放たれた瞬間だった。
「っな……」
振り放された手もそのままに、言葉を失い絶句する国崎。
彼を玄関に残して、私は逃げるように部屋の中に駆けこんだ。
「っちょ、待て那津っ!」
―まぁ、狭い私の部屋じゃ、逃げるにも限界があって。
キッチンに入る所で、すぐに国崎に手を掴まれてしまった。
「…何?」
振り向くこと無く、敢えてそっけなく答えるが、ヤツの方はそんな私の態度を気にも留めず。
「…なにって、……今の、本当、か?」
「……………。」
いつになく、真面目な表情の彼。そして歯切れが悪い。
…なんだよ、君もとっくに知ってるはずだろ。私の気持ちなんて。
…聞き返してくるんじゃねぇよ。気まずいな。
「……那津?」
「…っ、」
それでも追いつめるように言葉をかぶせてくる国崎。
痛い。視線が痛すぎるって。何このプレッシャー。顔も掴まれてる腕も、痛いくらい熱い。
「……ほ、本当、だし」
と、やっとのことで言った口は、次の瞬間には空気と一緒に呑み込まれた。
閉じられているキレイな瞼が眼前に見える。
「……ん、むぅ」
押しつけられている唇の下、不満を言うようにくぐもったノイズが漏れた。
―何度も何度も求められる。が、温もりをくれる優しいキス。
苦しいし、どうも好きになれない、コイビト同士の行為。
…でも、嫌じゃない。
……と、思えてきたのは、やっぱ、私、国崎が好きだからだろうな。
そんな風に、ぼんやりと彼のキスを受け止めていた私だった
――
「……長すぎ。」
「それ、文句言うトコか?」
触れ合っていた唇が離れた後も、私と国崎は顔を突き合わせ、笑う。
今度はリビングの床に腰をおろし、二人、寄り添っていた。
「……これで、那津は俺のもの。やっと、手に入った。」
むぎゅっと私を抱きしめながら、おもちゃを手に入れた子供のように満面の笑みを浮かべる国崎に、
私は吹き出した。…かわいいんだけど、こいつ。
「…やっと?なに、いつから好いてくれてたわけ?」
「知らね。そんなの誰にも分からないんじゃないか?…俺だって気付いたらもう好きになってたわけだし。」
「違いないね。私も。」
「だろ?」
いつも通り、軽い口調の私と国崎。
ただその距離は以前よりずっと近く、その表情はずっと穏やかだった。
「……ねぇ、国崎。」
「ん?」
しばらくして、私はまた口を開く。国崎は私の髪に顔を埋めながら、ぼんやり相槌を打った。
「……なんか夢みたいだね。」
「ユメ?なに、夢見るくらい俺が好きだって?」
「や、そーじゃなくてさ、」
「……じゃ、何。」
そこは肯定しとけよ、とでも言いたげに国崎は不満そうな声を上げる。
予想通りの反応に苦笑をこぼし、私は続けた。
次回、最終話です。