04
その暴言には、流石にカチンときた私。慌てて口を開こうとするが、
「だ、国……「うるせぇ、黙れ」
…わ、発言すらままならない!ずっと国崎のターン、だと!?
なんだかこの急展開に驚いて、涙なんかひっこんでしまった。
でも、彼の表情は相変わらず限りなく喜怒哀楽の『怒』寄りで。有無を言わせない眼差しに自然と口元が引きつる。
だ、大魔王だ……っ
「…那津っ!」
「はははい!?」
イキナリの大声に、背筋がビシッと伸びる。
…てか、国崎もなんか投げやりじゃね?何、これ何の時間?
??と、疑問符がいくつも浮かぶ私。
しかし次の瞬間、意味不明な国崎は、さらに理解不能な発言をした。
「…もう、いい。なら俺様がお前を救ってやる。」
「………は?」
思わず、ポカン、とした。
……すくう、だ?え、掬う、じゃないよね?saveの方で合ってるよね?
てか、オレサマて。ついに自分で言っちゃったよ。コイツ。
……何それ?
取り残される私を余所に、国崎はふん、と鼻を鳴らしてまだ続ける。
「……いいか、1度しか言わないから、よく聞け。」
…おっかない。誘拐犯のセリフじゃん、完全に。
普段の私なら噴き出すセリフだが、当の本人は真剣そのもので。私も目を細めた。
「……お前が愛情を知らない、って言うなら、」
「……!」
びく、と体が反応する。完全に油断していた私は、弱点が見事にガラ空き。そのまま、胸に染みいる。
「自分には何もない、とか言ってるのなら、」
国崎の真っ黒な瞳がギラリと光った気がした。
「……俺が教えてやるよ。喜びも悲しみも、…愛も。
お前に欠けているという感情すべて、俺が埋めてやる。」
「!!」
その言葉に、私は目を見開いた。そして体も固めたまま、動かなかった。
しばらく虚空を見つめたままじっとしている私に国崎が声をかけてくるのにも、気付かない。
―なにかが自分の中で音をたてて割れた気がした。
私なんか放っとけばいいのにもう何だよせっかく諦めたんだってのに何度も何度も追いかけてきやがってそんな情熱があるんなら他にそれを回せよここまで意味不明な男も初めてだってあんな無意味な話聞いて引かないのも疑問だけどてか君には1mmも関係ない話なのになんでそこまでするわけ入ってくるなっつてんのに土足でしかも駆け足で私に侵入しやがって無礼にも程があるだろもう………
だから君は…………
……関わるなって……
………
……
…
頭の中の私が喚く。だがそれは、段々フェードアウトしていき、やがて、消えた。
最後に見た彼女は、少しさみしそうな、泣き笑いのような顔をしていた。
暗転、世界が変わる。
「……おい、那津?」
私の前で手を左右に振る国崎。呆けたような表情を心配しているようだ。
……眉を下げて覗きこむ顔が、妙に子犬っぽい。
俺様強情子犬。…新しいな。
「……っく…」
唐突に、雲が晴れたような気分になる。ゆる、と口元が緩んでしまう。
なんだかすごく可笑しくなって。全部、全部が馬鹿馬鹿しくなって、
「…?な、」
「…くくっ、あははははははっ!!!」
大声をあげて、笑った。ぽかんと、こちらを覗く国崎のマヌケ顔に、また噴き出してしまう。
「はは、あははははっ!」
止まらない。爆笑。
――全く、コイツったら、なんて大馬鹿野郎なんだろう。
こんな面倒でワケ分からん女相手に、何、その痛いセリフ。
マジで必死になってやんの。馬鹿みたい。
「……くくっ、も、君っ、おかし……っ」
私は笑いすぎて話すことすらままならなくなり。
目元には涙をうっすらと滲ませ、ついには腹を抱えて笑い転げた。
あー……もう、いい。分かった。
私の、負けだ。
何を言われても冷徹でいられた私が、こんなヤツにやられちゃうとはね。情けない。
…ま、でも仕方ないか。
『俺様が救ってやる』なんて馬鹿らしいセリフで、
空っぽだったはずの脳髄まで満たされちゃったんだから。
―ホント、おかしすぎる。
「おい、那津……」
しばらく私を傍観していた国崎も、不審者を見るような目つきで睨みつけてきた。
「……はは、…はーぁ。」
息を整え、大きく息を吐く。
何故か抱えていた大きな荷物が半分になったような、清々しいような気分。
「…もう、こんなに笑ったの、久々だよ。流石、国崎。」
「…そら、良かったな。」
「褒めてるのに。」
そんなぶすっとした顔すんなって。やっぱあのクサいセリフ、堪えてんのかな。ははは。
クスクスとまた零れる笑いをひっこめ、じっと端正な横顔を見る。
思えば大変な奴に惚れたものだな。…私も、こいつも。
「ね、国崎。」
ぼそ、とささやくように呟くと、彼は首を傾けてコッチを見た。
「なんだ?」
「…うん。いや、試してみても、いいよ。」
「…は?」
ぴたり、と彼が一切の動きを止めて私を凝視する。それを見て、口元に三日月を描いて見せた。
「…だから、君の挑戦。私の喜びも悲しみも、…愛も。
私に欠けているという感情すべて、君が、埋めてくれるんでしょ?」
一字一句間違わず言ってやり、いたずらっ子のように笑う私。するとヤツは一瞬、驚いたように身をすくませる。
「っ、それって……」「国崎。」
勢いよく体ごと向き直る国崎の唇に人差し指を立て、彼の言葉を遮る。焦ったような国崎の表情が、段々と弛緩していったのが分かった。
―ま、最終的に私が負けたわけだしね。
もう何もかもを忘れて、いい意味で、楽になってしまおうと思う。
…彼の、望むままに。
――もちろん、まだまだ不安は募るばかりだ。
…信じて、いいのだろうか。本当に、いいのだろうか。
―こんな私が、君に触れてもいいんだろうか?
ふと気を抜くと、すぐドヨドヨとした暗い感情が私を埋め尽くそうとするけど、
でも私は、温かく包み込んでくれるこの温もりを、信じてみたいと思ったから。
…例え、騙されていても。『今だけ』のものだとしても。
ちょっとくらいは試してみてもいいかな。最後の賭けでもしてみようか。
「…私を救ってくれる?」
私は国崎と目を合わせてそう言い、そっと手を差し出した。
すぐさま私の右手が彼の左手に重なるのを確認すると、再び温い腕の中へと体が飛び込んでいった。