04
「――なに、それ……」
言い終えると、少しスッキリとした気分になったが、私は彼女の言葉にハッと我に返った。
気付けば友達は俯いていて、声も体も震えていた。途端、サッと顔に色を失くす。
――今、私、何て言った……?
「…、違っ……、こんなこと言うつもりじゃ……!」
事態の深刻さにようやく気付いたように、慌てて弁明に走る私。
――ホント、何でこんなことを言ってしまったんだろう。
まるで洗脳されていたかのように、頭がガンガン痛んだ。
…しかし、言った言葉を取り消すことなど、できるはずもなく。
ちらっと顔を上げたときに見た彼女は、とても激しい表情をしていた。
ビクッと体が震える。私がひゅっと息をのむのと同時に、
「………何で、そんなこと言うのよっ!!」
「――!」
衝撃音。そしてじんわりと背中に痛みが広がった。
―どうやら彼女に突き飛ばされたらしい、と、頭が状況について行くまで数秒を要し。
…いや、その前に、彼女の瞳に意識が飛んだ。
女の子の両の目からは、大粒の涙が、あとからあとから流れ出ている。
睨みつけられているのは、間違いなく私だった。
「わたしはっ……本気で悩んでるのにっ!何でそんな突き放すようなこと、言うのっ!那津はいつも優しいのに……」
目の前の女の子は真っ赤な目で私を見つめる。
そして
「…どうして、いつもみたいに私の欲しい言葉をくれないのっ!?」
叫んだ。
「―――!」
――その言葉に、どうしようもなく動揺した私がいた。
思考がストップする。何も、考えられない。
友達からこんなことを言われるなんて、全く思ってもみなかった。
だが、私のことなど気にも留めない、いや、気にしている余裕のない友達は、はあ、と息を零した。
そしてさらなる追い打ちをかける。
「…肝心なときに何もしてくれないんだね、那津は。それとも、皆に平等に優しいのは嘘だったの?」
「……違…」
「私は那津になら、と思って相談したのに。」
酷いね、と吐き捨てる女の子は、私の知っている友達ではなかった。
表情、声色。
何もかもが、歪んでいた。
――こんな顔をさせたのは、私。誰のせいでもなく、私だった。
静かに、私の頬にも熱い液体が伝う。
「…何、その顔。ムカツク。傷ついてるのはアンタじゃなくて私なのに。」
「……っごめ、」
歪んだ顔、突き刺すようなセリフにさらに涙が溢れる。
――間違えた。間違えた間違えた間違えた。
ごめんなさい。傷つけてごめん。
君が傷ついたのは、私のせい。
…なんか、言わなきゃ。
待って、待って。
君が望む言葉を、紡ぎ出すから。
今、考えるから――
焦りと共にキズはどんどんと広がった。
でも、何も言えない私に、大きくキズをつけたのは次の、最後のセリフだった。
「……何も分かってくれない中途半端な優しさなんて、いらない。…アンタはただの、偽善者だよ。」
そう言い残すと、友達は走って教室を去った。
後には私が一人、取り残された。
――
夕闇が教室にもぐりこみ、だんだんと室内をその色に染める。
私は立ち上がることすらせず、ただ泣いた。―泣く権利などなかった。でも泣いた。
彼女を傷つけたのは紛れもなく私自身で。意図しようがしまいが、心無い言葉を吐いてしまったのは事実だ。全部、私が悪い。
…だから、そのことを思うと心がズキンと痛んだ。
でも―――
血が逆流したようにぐらりと体が傾く。気持ち悪い。いっそ気絶してしまいたいくらいの気分。
――それ以上に彼女のセリフが痛かった。
『…どうして、いつもみたいに私の欲しい言葉をくれないのっ!?』
初めて知った。思い知らされた。
彼女は私を見ていたんじゃない。…私の『性格』を見ていたんだ。
そりゃ、皆の望む言葉を意識して言うようにしていたけど、彼女は、それだけを私に期待していた。
いつだって、都合良く立ち回る私が好きだったに過ぎなかった。
…使い勝手の良い、道具だったんだね。他のみんなも、多分そうなんだろうね。
つまり、――そう。
『私』に対しての愛情すら、本物ではなかった。
私が、勝手にそう思い込んでいただけ。
皆に愛されていると勘違いしていただけ。
脳が冴えわたる。心はぐちゃぐちゃなのに、何故か事実はすんなりと受け入れられた。
…やっぱり、私は。誰にも愛されてなどいなかった。
……ホントはね、分かってたんだよ。認めたくなかったけど、あの人の言うとおりだ。
どれだけ自分を偽っても、隠しても、ヒトを傷つけてばかりの私。
喜びも悲しみも、あらゆる感情を諦め、虚無の中ただよっていた私に、情など芽生えるはずもない。
心を持たない私に、誰かの心を理解することなんか、出来やしない。
――それでも皆と同じになりたくて、
そのことから目を逸らして、社会に溶け込もうとしたんだけど、頑張っては見たけれど、
――結局ダメだった。無理だった。
根本から異端である私にはもう、限界だったんだ。
――偽善者。彼女はそうも言った。
…そう、私は偽善者だよ。
汚い自分は見せないで、人の表面ばかりを見て、
でも、『人を傷つけたくない』とか思ってる。
…馬鹿じゃないの。私自身が相手を傷つけるのに。
……愛されない人間は、人を愛すことなど、出来るわけがないのにね。
「………はぁ。」
大きなため息が口から出た。そして、ふらりと立ち上がる。
外はすでに真っ暗になっていて、ぼんやりと街灯が遠くの方に見えた。
―しかし、私の瞳は、もう何も映していなかった。濁った灰色だけがぼんやりと両眼を支配する。
私はぶっ壊れた心をそのままに、ふっと笑って見せた。
「……もう、いいや。」
それは、全てを捨てた瞬間。
――もう、二度と救いなんて求めるものか。
どれだけやってもダメなもんはダメなんだよ。私は存在自体が毒らしいからな。
――だったら、もういい。愛されないなら、別にそのままで構わない。
追い求めるのも、疲れた。
愛のない人生?―上等。汚い私にはおあつらえ向きだよ。
…なら私は、独りで生きていこうじゃないか。
皆のお好きなキャラを使って、表面上だけ交流をもっておけば、世間を渡り歩く上で支障は無い。
地位や名誉・お金。なんて、欲を出すつもりもないし。
ただ静かに、独りで過ごせればいい。
孤独に生きて、死にたい。
それこそが、私の望み。たったひとつだけ残った、最後の望み。
そして、自由だ。
――だから、
誰も、私の邪魔はしないで。
触れないで。見つけたり、しないで。
…ただ、放っておいて。
「……もう、なにもいらないから。」
そうボヤいて瞳を閉じると闇が、満ちた。