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脳内計算  作者: 西山ありさ
本編
73/126

03





               ―*―



荒んでしまった私の心。それが元に戻ることは決してなく。

…でも、表には出さなかった。

押し込んで、しまいこんで、平気なフリをした。


―それでもまだ、私は愛されたいと願ったから。

家庭が駄目だから、学校と言う狭い社会空間で。


そう、私は誰かに好かれていると自覚したくて、今まで以上に友達に関わるようにしたのだ。


――友達は好きだ。好きになった。好意を好意として受け取ってくれ、簡単に返してくれる。

軽い言葉や、挨拶。何の代償もなしに気軽に話かけてくれる。一緒に遊んでくれる。


温かい気持ちの側で、素直に笑える『自分』がそこにいた。それはとても幸せで、楽しくて、嬉しいこと。彼ら、彼女らと一緒に居るだけで温かく満たされた感情が湧きおこった。


――この感情に報いたい。どうすればこの喜びを返すことが出来るのだろう――


そう考えた私は、出来るだけ相手に呼吸を合わせ、相手が一番欲してると思われる答えを言うようにした。

楽しんでくれるよう、時には道化も演じる。重い相談にだって乗ってあげる。

――たくさんの『私』を使って。


それしか、私にできることはなかったから。


友達は喜んでくれるし、私も相手を救ってあげられたという、満たされた気分になる。

…それでいいじゃないか。彼らもそれを望んでいるわけだし。

―誰も、傷つかないんだから。


これで、いいの。



――そうやって、無意味な偽善を何のためらいもなく繰り返していた日々。

…いや、私は壮大な偽善を行っていたことに、気付いてすらいなかった。

それは単に、家庭で求められない「情」の代償を、彼らに求めていたに過ぎなかったのに。


――だから、なのだろう。


逃げて逃げて、現実から目を逸らし続けた私に与えられたのは、

…耐えがたい罰、だった。


きっと、天罰に違いなかった。



               ―*―



それは突然起こった。

前夜に母親から再婚を宣言されたせいかもしれない。もしくは、もう精神が限界だったからかもしれない。


――とにかく私は、大きな失敗をしてしまった。取り返しのつかない、ミスを。



――



ある友達に真剣な顔で『相談したいことがある』と言われたのは、放課後のことだ。

誰もいなくなった教室に2人だけが机をはさんで向かい合わせで座った。

沈黙の中、橙色の夕日が室内に差し込む。すると、友達は重い口を開いて話し始めた。


―どうやら彼女の両親が離婚するらしい。

それはもはや決定事項で、変えることはできないようだ。

また、彼女には弟が1人いて、今ではどちらがどちらを引き取るかをもめているらしい。

―崩壊寸前の、家庭。冷めきった冷戦状態が続いている。


「…勝手、だよね。大人って。」


私が悪いわけじゃないのに。何で家族をバラバラにされなきゃならないの。

―ホント、酷すぎる。


彼女はそうポツリと呟いて、泣いた。透き通った粒が、床の木目に弾けて消えた。


―私には、彼女の気持ちが痛いほど分かった。

苦しいのに、悲しいのに。自分ではどうすることもできない。

…結局、社会の不条理に流されて従うしかないのだ、私たちは。


そんなどうしようもない状況下、誰かに助けを求めたい、と思うのは当然のことのように思えた。


「……ねぇ、那津。私、どうすればいいのかな?」

「……………。」


予想通り、すがるように私を見る女の子。私も黙って彼女を見つめ返した。

―新たな沈黙が部屋を支配した。



――暗転。


暗闇の中、冷めた瞳で私は『私』を見下す。

…この場面を思い出す度に思う。


ここで何を言えば彼女は救われたんだろうか。

…何を言えば、壊れずに済んだんだろうか。


答えのない問いが永遠に続く。

そして、私が何かを言う前に、物語は進行していく。



――



似合わない制服姿の私と彼女は、長い間黙っていた。

…彼女は待っているのだ、私の答えを。

しかし無言の訴えが、また私を焦らせた。


脳はフル回転で答えを探す、が、何を言えばいいか見当もつかない。

何を言ったら正解なのか。どうすれば一番いいのか。

それが、全く出てこない。

『エラーが発生しました』と、頭の中の私が悲鳴を上げる。


――だって、私にはこんなとき何もなかった。

誰も何も言ってくれなかったし、聞いてくれなかったから。

どうすればいいかなんて、分かるわけがない―――


そのうちに、つい先日の出来事が頭をかすめる。いつの間にか、冷や汗が背中を伝っていた。


――やめろ、入ってくるな。


頭で否定しても、黒い感情がじわじわと私を攻める。侵食する。


いつも学校には家庭のコトは持ち込まなかったのに。全てを忘れて、友達と笑い合っていたのに。

……ナンデ。


「~~っぁ、」


ついに私は頭を抱えた。…酷い頭痛。心臓がドクドクと脈を打つ。

彼女の大きな瞳は、急に苦しみ出す私の方を、訝しげに見ていた。


……嫌だ。考えたくない、のに。…友達の前なのに。

――その瞳が、ムカつく。とか、思ってしまう。


両親を罵りながら言葉を吐き捨て、苦しんでいる彼女は、まるで鏡映しの私。

あまりにも自分に似すぎていて、



「……な、つ?……大丈夫?どうしたの?」



――似すぎて、いて。


憎い。嫌い。いらない。


――こんな自分、死んじゃえ。



私はふっと顔を上げた。


そして



「……知らない。勝手に、すれば。」



――出て来た言葉は、あまりにも冷たく残酷だった。

女の子は、今度は驚愕に目を見開く。


「………っ、え……」


友達は、何を言われたのか理解できない、と言った風に瞬きを繰り返していた。

いつの間にか涙は止まっている。


――しかし、私の言葉は止まらなかった。

もはや私は、彼女ではなく、自分自身を相手に言っているような気さえしていた。

―これは、自分に送る戒めの言葉、だと。


まさに自問自答。終わることのないクリカエシ。

ただ、感情を爆発させていた。


「…私には、どうもできないし、何も言えないよ。そもそもこんな問題、他人に相談することが間違っている。」



だから。




「一人で、何とかしなよ。」




そう、独りで。

私は、ずっとそうやってきたんだから―――






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