03
国崎は押さえつけるように無理矢理唇を合わせると、硬直した私の口をいとも容易く開き、舌を侵入させる。ソレは、私を蹂躙するように口内で暴れまわった。…まるで、吐息ごと吸い取るかのように。
まだまだ何が起こってるのか把握できない私。
――が、
「っ、………む、!?」
次の瞬間、目を見開き慌てて国崎を押し返す。
―さらにヤツは口の中で縮まってる私の舌を引きだし、絡ませてきたのだ。トロトロに溶ける口の中、舌同士が絡み合う。
―って、こんなん、たまったもんじゃないって!
「……んーっ!」
私は腕を目茶苦茶に動かし、抵抗する。
――だが、国崎は乱暴に私の両腕を引っ掴み抑え込むと、それを自分の背中に回らせた。
空を掴む指。
同時に国崎は私の腰あたりを抱きよせ、さらに深く口付ける。
―今まででいちばん荒々しく、激しいキス。しかし、故に国崎の気持ちがそのまま伝わってきた。
苛立ち、あと不可解な怒り。
――何だか知らないけど、ヤツは怒ってる……すごく。
どうして、とか。離せボケ、とか。
ごちゃごちゃした頭でも色々と思うことはあるんだけど、私に止める術など無い。
結局、国崎にされるがままだ、………いつも通り。
だが、心臓の音が、互いに共有するように速くなっていったのは気のせいではないだろう。
―――
――
「………っ、あ、……ぅ」
……もーやだ。死にたい。キス最中って、何でこんなキモイ声しか出ないのさ。
てか、………長い。すっげぇ長いんだけど、何コレ。
はじめと変わらず、激しいキスの嵐。しかも、全然終わる気配がない。
勢いが強すぎて時々歯がぶつかったりするが、そんなことはお構いなしで。顔の角度を変えて、鼻をこすり合わせ、獣のように求める口づけ。
……それが、5分以上続いた日にゃあ。
脳、溶けて来たと思う。頭もぼーっとするし。
……ゴメン国崎。土下座して謝るから、も、やめてくれよそろそろ。
――ざっと数秒後、ようやく口が離れ、どちらかのものか分からない透明な唾液がドロッと流れ落ちる。
「~~~っふ、はぁ!はっ……」
同時に、息を思いっきり吐き出して吸って、深呼吸。
……何回やってもコレにはゼンゼン慣れない私は、上手く空気を吸えないのだ。国崎の方も息を上気させながら呼吸をする。
――まるで水族館のときの再現のよう、だが、1つだけ違う。
―私たちは視線を絡めたまま、目を逸らせずにいた。
「……は、那津……。」
「っ、~~~!!」
ごく近い距離で見つめあっていると、いきなり顎を伝う液体をぺろりと舐められた。途端、ビリッと電流が走ったかのように体が強張る。
「っ、なに、する」
「……那津、その顔エロいな。」
…ああ、やばい。この男、日本語すらゼンゼン通じなくなったよ。
いい加減にしろ、と若干潤む瞳を国崎の方に向け、睨みつける。
「っそんなことは、どうでもっ、良いから!離れ……」
「いやだっつってんだろ。……もっかいしようか?」
……っ断る!!
一瞬凍りついた表情を隠すように、私はまたも声を張り上げる。
「~、くに、さき!何怒ってんの、いきなり!」
「…お前が、全然分かってねぇから。」
――?
「私、が何を分かってないって……」
「……全部だ、全部。俺の言いたいこと、何一つ理解できてない。」
首を傾げる私に、ジロリ、と若干上の目線から鋭い眼差しが降ってきた。
ひくっと、顔がひきつる。彼の雰囲気に圧倒され、思わず逃げ腰になった。
「…お前が俺をどう思おうが俺はお前が好きなんだよ、間違いなく。なのに、何で他人に俺の気持ちを変えられなきゃならないんだ。」
「…………。」
「それに、お前の言い分、ムカつく。」
「…はぁ?」
…ムカつくて。雰囲気で怒ってんのか?
「…何も聞かされないのに、ただ突き放されるの、ムカつく。理由を話せって言ってるんだよ。」
「……、んなこと、言われても……っ」
国崎の責めるような声に、口ごもる私。
触れるなっつってんだろ。それこそ君の知るところじゃないじゃんか。
私は顔を下に向け、体を縮めた。
「…いやだ。そんなこと話して、どうなる。」
忘れたいのに。思い出すのも嫌なのに。誰にも話したことないのに。
――どうして君は知ろうとする?
「…人には、誰しも秘密があるんだよ。知らなくてもいいことが。」
小さく、しかしハッキリとした声で否定の意思を伝えるとヤツは眉をひそめた。
「なぁ、那津、」
ずいっと顔をまた覗き込まれる。黒と黒の双眸がぶつかり合う。
「……俺はな。今日、全部にケリをつけようと思って来たんだ。…また逃げることなんて、許さない。」
真摯な彼の瞳は、やはりとても綺麗で、しかし私を鋭く突き放し追い詰める色でもあった。
「言えよ。」
「………。」
「お前が好きだから、知りたいんだ。………頼む。話してよ、那津。」
「………、」
―どこかで聞いたようなセリフ。
いっそ場違いなくらい優しい声でそう囁く国崎は、まさしく男、って顔をしていて。キラキラしてて。ヒーローみたいで。
どうにも、――反吐が、出る。
「…『好き』って、何。」
「…え?」
女の言葉が響く。しかし、外の雑踏に掻き消えるくらい、小さな声。
それを聞きとることができたのは、ゼロに近い距離で接している男くらいだった。
「……何でそんなに簡単に言うの?そんなに楽に与えられるものなの?」
――救いの手は、
「私は、国崎とは違う。愛し愛されて、それが当たり前としてきた君とは。…君のように生きることは、私には許されないんだ。」
私に差し伸べられることは、とうとう無かった。
「私にはなにもないから。」
私は
いつだって絶望に堕ちる、
偽善者。
「…な、つ?」
頬を熱い液体が伝う。ひとつ、ふたつ。
伝い、流れ、落ちる。
驚愕に見開く彼の瞳が、滑稽に思えた。
「……いいよ、そこまで言うなら話してあげる。―私の、下らない過去を。」
私は溢れだす汁はそのままに、ぎこちなく笑みを浮かべた。
――何でこんなことを言ったのか、分からない。
諦めか、苦しみからの解放か、もう、自分でも分からなかった。
どうでもいいと思った。
…どうでも。