02
「―――ちっがう!!」
突如、バッと跳ね上がるように彼の腕から逃れる。国崎はうお、とか言葉を発して、思わず手を離した。
上手く脱出に成功した私は、ヤツから出来るだけ離れるように壁際に走り、ビタンッと背をくっつける。
「そんなわけ、無い、だろうがっ!阿呆!」
とりあえず、開口一番、否定だ。
息を切らしてわめき、そんなことを言ったって、全く説得力は無いが。
それを国崎も分かっているのか、今度は呆れたように肩をすくめる。ジトリとした視線を送ってきた。
「…何が、違うんだよ。…そんな顔して。」
…そんな顔って、どんな顔だよ。
言いながら彼は立ち上がり、ゆらりとまた近付いて来ようとするので、私は「ひっ」と悲鳴をあげそうになった。
「…いい加減言えよ。俺が好きなんだろ?」
「…るっさい!んなワケあるか阿呆!」
ちょ、来るなって!今度は目が怖いんだけど、君!
「…そろそろ怒るよ?俺も。」
「っ知るか!意味分かんないこと言ってんじゃない、馬鹿!」
「…………。」
――とにかく、色々と限界だ。もはや、私は反射で答えているようなモノだった。
計算も何も、あったものじゃない。まるっきりの素を国崎にさらしていることに、気付く余裕すら無かったのだ。……ただ、子供のようにギャーギャーとわめくことしか出来なかった。
「…那津、じゃ、質問変えようか?」
しばらく不毛な言い合いをしていると、国崎が新たな提案をしてきた。
「……っ、何。」
私も、ピタリと動きを止めて彼の方を見る。
コレから逃れられるなら、この際、何でもいい。………何だ。
――いや、何でもよくは無かった。むしろ、サイアクだ。
国崎の、ゆっくりとした口調で話された言葉によって、私はさらに自分を追い詰める。
「…何で、そんなに認めようとしないんだ?」
ドキ、と心臓がいっかい鳴った。
「…認める、って、」
「俺の気持ちも、……お前の気持ちも。」
音もなく国崎は私の目の前まで来る。彼のキレイな瞳が私をとらえた。
「マスターの店で聞いただろ?俺が那津をどんだけ好きか。…あんな情けない男が、俺だよ。」
「―――、」
私は覚えずスッと息をのむ。声を出せない。金縛りにあったみたいに、目も、逸らせないんだ。
ドキ、ドキと鳴る心臓は、マスターの店にいたときとまったく同じで。
――やめろ、それ以上、言うな。
「―那津が好きで、どうしようもない。どうにかなりそうなんだ。……だから、お前のためならなんだってしたいと思う。」
ヤツは強くそう言いトン、と私の横に腕がおかれた。いつになく熱っぽい視線を送ってくる。
「…何か苦しんでるんだろ?教えろよ。何が、今お前を苦しめてる――?」
あまりにも、優しく、真っ直ぐに発された国崎の言葉。
ただ、当の私は奈落の底に落とされた気分であった。
また、頭痛。
フラッシュバック。
嫌な記憶。
私のキャパオーバー。
やめろ、やめろ。もう、やめてよ――
――プツッと、私の中の何かが切れた。
「…黙れ。」
「え?」
ボソリと呟いた言葉は低く。国崎が眉をひそめる。
―闇が、私の心を染める。
「黙れっ黙れ黙れ黙れ黙れ!!もう、しゃべるなっ!」
力任せに腕を振り上げ、国崎を突き飛ばす。
逆らうことなく後方に倒れたヤツを見下すと、彼は驚いた顔をしていた。
「―な、」「しゃべるなって言ってるだろ!何も聞きたくないっ!!」
彼の言葉をも遮りハァッと息を吐きだす。もう感情やら何やらが溢れて止まらない。止まら、ない。
――セッカク、トジコメテイタノニ。
「……キライ。キライだって言ってるだろ!!私は君なんかどうでもいい!なのに、何でそんなこと言うんだ!君も私なんか放っておけばいいだろ!!」
――感情の、決壊。
そう呼ぶにふさわしいほどの乱れっぷりだった。
これだけ喚き散らすのは何年ぶりか。―いや、確か篠原さんにもこんな風に説教したっけか。
――全く忌々しい。いつだってあの女を思い出したときにキレてしまう。
乱れて、しまう。
やっぱり、私は過去に囚われたまま動いていないんだ。1歩も。
すうっと国崎を見据える。私はうっすらと笑みを浮かべた。
「…君が、もし万が一にも君が私のことを好きだと言うなら、……そんなもの捨ててしまえ。」
私が発した恐ろしく無感情なセリフに、男はビクッと肩を震わせた。
「私は君の好意なんて求めていない。…もうこれ以上、私の心に近付くな。」
消えろ。入ってくるな。
君は。そこまでして知ろうと言うのか、私を。
―バカらしい。
誰にも見せるものか。―こんな、醜い女の、醜態なんか。
「…………。」
――しばらく、私たちは膠着状態にあった。お互い、何も言わない。
―私は。もう、何も言いたくないし、何も聞きたくなかった。
強い視線で国崎を見下ろすばかり。
ただ、想うことは、
――出てけ。振りかえること無く、去れ。
それだけだった。
長い、沈黙。私もそろそろ疲れて来た。精神的にも、肉体的にも。
だが、ふっと私が瞳を逸らした瞬間、
「――!」
ぐんっと体が前に倒れる。…いや、腕を引かれて倒された、が正しいか。とにかく。私はまたもやヤツの腕の中に収まった。
驚きにカッと顔を赤くしながら男を見上げるが、私はその強い瞳に一瞬、言葉をなくす。
どことなく怒気が混ざっているような気がして、怖くなった。
「、くにさっ」
「……うるさい。」
視線が私を貫き、動けなくさせる。痺れるような感覚。
「黙るのは、お前の方だ。」
そう、不機嫌そうな低音が私に伝わったと思ったら、
「――っ、ん!!」
唇が重ねられた。