迷走、過去-前
※注意※
この章は多少の残酷な表現・暴力表現を含みます。
閲覧にはご注意ください。
ロックが粉々に粉砕された後、飛びついて来た国崎。―だが、勢いが良すぎた。
「……う、わっ」
ただでさえ図体がでかく、体格差もある男に全体重をあずけられ、私は後方へとバランスを崩す。
そして、
「…っぎゃん!」
狭い廊下に2人、仲良く倒れた。フローリングに背を打ちつけ、ひやりとした感触と鈍痛が体に走る。
…せ、背中、打った……痛い。
「…………。」
「…………。」
背中に感じた衝撃の後、さっきまでの荒技が嘘のように私の部屋は静まり返った。
ただし、体勢は変わらないまま。近い、どころじゃない。正面から抱き締められているから、表情も見えない。
―冷静になってみるととんでもない格好だ、いま。
私の腰辺りに絡みつく逞しい両腕。密着している身体。かかるお互いの吐息。そして…火照りだす顔。
ドキドキドキドキ。鼓動が聞こえる。あつい。何コレ意味不明。何も、考えられない。
私の計算機はグルグルと逡巡を繰り返す。もはや完璧に、壊れた。
「……那津、」
先に口を開いたのは国崎の方だった。
ぼそっと、私の耳元でささやく。吐息が耳にかかって、思わずビクンと体が跳ねた。
「っ那津、那津……」
彼はさらにぎゅうっと、抱き締める力を強める。離さない、と言わんばかりに。
そして、私のすぐそばでひとりごとのように呟いた。
「那津……やっと、触れた。」
―ほっと、安心したような声だった。いかにも嬉しそうな声色。
それと同時に、ドクンドクンと、私の心臓も悲鳴を上げる。
…何。何その声。…なんでそんな大事そうに言うんだ。
「っ、くにさき……」
しばらくして、ようやく声は発することができたものの、なんとも小さく、頼りない。
上にのしかかる男は「何?」と問いかけて来た。
―とりあえずこの状況をどうにかしよう。話はそれからだ。
「……重い、退いて。」
「ヤダ。」
…何がヤダ、だ。駄々っ子。重くて邪魔くさいのは事実なのに、すっぱり拒否するとか。…分かってて言ってるだろ、絶対。
「っ背中、痛いから!あと扉も閉めないと!」
拳をにぎり、だんだん、とヤツの胸を叩く。
もうこっちはヤバいんだって。無意味に温かいコイツの胸、どうにかして。
「……しょうがないな、」
はあ、とため息をつく国崎。…なにが仕方ない、だ。畜生。
言葉通り徐々に離れる国崎。間から入るひんやりとした空気にほっとしていると、
「ひゃっ!」
突然 足を抱えあげられ、ふわっと、体が浮いた。
天井が一気に近くなり、視線が上に。驚いて腕が国崎の肩に回り、しがみつく形になってしまった。
「…軽い。ちゃんと食ってんのか?那津。」
自分の行動に大した意味はない、といった風に全く気にする様子のない国崎は、無神経にも問いかけてくる。顔を至近距離から覗きこまれ、なんか、もう、何も言えない。
多分、私の顔はすばらしく赤くなっているだろう。目の前の男は、口角を上げ、にやりと笑って見せた。
…頼むから、なんかアクション起こす前にワンクッション入れろ、君は!!心臓、止まる!
国崎は片手で器用にドアを閉め、私を抱えながら奥に進む。その足取りに、迷いは一切無かった。
人ん家なのに、この図々しさ。流石だね、国崎。ある意味スゴイよ。…てか、ツッコミ忘れたけど、私を持ち上げる必要、あんの?これ。邪魔じゃん、単なる。……本当に何しに、来たの。
――とか思っても、何も言えない。
私にはもう、国崎の行動を読むことは不可能。諦めて、されるがままとなっていた。
「…さて、」
彼は私がさっきまで座っていた座イスに腰を下ろすと、口を開く。もちろん、私も彼に抱えられたままだ。あぐらをかいた国崎の膝の上に、足を横にして座らされた。
―お姫様だっこ、膝の上バージョン―
って、何だこれ。…恥ずかしくて、下を向いたまま縮こまっていた。
「まず、よくも逃げてくれたな、と言うべきか?」
「………。」
「那津?」
…呼ぶな。しかも、こんな近い距離で。
話しかけられるものの、俯いたままじっと固まっている私。
…何も、言えない。顔も見せられない。どうやっても、ボロが出る。ちっ、あとせめて1日、時間をくれたら――
恨みがましく心の中で舌を打ち、私は下を向く顔をさらに俯かせた。
―しかし、せっかちな国崎サマは、待ってはくれないのだ。
「!」
いきなり、クイッと顎を持ち上げられる。驚いて目を開いてしまい、国崎の綺麗な顔を、完全に視界にとらえてしまった。
「~~~!」
瞬間、誰でも気付くくらい、分かりやすい反応を見せてしまった。
そして、クスリと笑みを零す、国崎。
「顔、真っ赤。」
――ああ、もう、駄目かも。私。
「…那津。」
言いながら近付いて来る彼の顔。ただでさえ近い距離が、ぐんぐん縮まる。それと共に、心臓は限界までスピードを上げた。
―目が、逸らせない。国崎の黒い瞳に吸い込まれそう――
と、ちょうど、顔同士がくっつくかくっつかないかくらいの距離で、彼は止まった。
「……俺に、話すことがあるよな?」
にこりと、また笑う。乾バリの胡散臭い笑顔だ。熱気に包まれてるはずなのに、何故か、寒気がした。
「…っ、話すことなんて、ないって言ってるだろ!退け!」
叫びながら、どうにかヤツの胸を押し戻そうと手で突っ張ってみたが、びくともしない。
―それどころか、その腕さえも掴まれ、
「嫌だ。」
なんて、飄々と言ってのける国崎。…ムカつく。
私は、精いっぱいの抵抗に、体をひねっておもいっきり顔を逸らす。フローリングに自分の髪が散らばってるのが見えた。
「…………。」
「…………。」
―しばらくの、間。互いに向かい合った状況のまま、動かない。
しかし、もう一度口を軽く開きだした国崎にゾクリと危機感を感じた私は、
彼が何か言う前に、再度彼を睨みつけた。
「…っ、だ、大体、君!篠原さんはどうしたんだよ!」
「……はぁ?」
「とぼけんな!二人、抱き合ってただろ!」
「……ああ。それか。」
イキナリ話を振られて国崎は目を丸くしたが、すぐになにか納得した風に頷く。
「………ふっ、」
すると国崎は、ニヤリとなにか企んでいるような顔つきをした。そして、次の彼の言葉で私は絶句する。
「嫉妬、か?」
「…………は?」
その言葉がセイカクに脳に入るまで何秒か、かかった。
しっ、と?shit?……嫉妬?
~~~!
「――!な、なんでそうなる!」
やっと意味が理解できた私は、真っ赤な顔をして飛びのいた。それを見て、国崎はさらに深くほほ笑む。
「だって気になるんだろ?俺と、未央のカンケイ。」
「ち、違う!ただ確認しただけだ!嫉妬なんて……「じゃあ、なんて言って欲しかったんだ?」
「~~っ!」
頬を真っ赤にしてぎり、と奥歯をかみしめる私。
完全に、遊ばれている。
気まずい質問で追い詰めるつもりが、いつの間にか私の方が追い詰められていたのだ。
―実際。
私は『国崎と篠原さんは付き合っていない』という事実を知っている。
だから例え国崎が嘘をついたって、容易に分かるはずなのだ。
…でも、嘘でも、冗談でも、
国崎に『篠原さんと付き合った』…とは言ってほしくないと思った。
…ホントどうしようもないな、私。
「…冗談。」
しばらくして、なにも言えず黙っている私に声がかかる。
顔を上げると彼は笑って、未央とはどうにもなっていない、と話した。そして、静かに呟く。
「……那津、俺のこと、好きだろ?」
――こいつは、いつだってそう。
最も聞いてほしくない質問を、最も聞いてほしくないタイミングで、聞いてくるんだ。