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脳内計算  作者: 西山ありさ
本編
64/126

03




――もうこうなったら、居留守、とかどうかな。


最初に浮かんだのは、そんなズルイ考えだった。

…いや、ヤツも私がここにいるって確信を持って訪ねてきてるわけだし、さっきも思ったけど、こんな時間に自宅にいない方が怪しいだろ。さらに言うと、今、明りが点けっぱなしだ。

――終わったフラグ。


「那津、」


そうこうしているうちに、姿の見えない男が私の名前を再度呼ぶ。

…勘弁しろってば、もう。


「那津?聞こえてるんだろ。」

「………。」

「返事しろ。逃げ場はもうないぞ。」

「………。」


…立てこもり犯か、私は。追い詰めてるのは君だろうに。


白く光る蛍光灯が明るく照らす部屋の中、聞こえてくる声を無視し、それでもだんまりを決め込む私。

何を言われても絶対口を開くもんか―――


「……何も言わないつもり?じゃあ、」


国崎も疲れた様子で、脱力しつつもまだ呼び掛ける。


「…明日、その辺の女子大生にお前のイカガワシイ噂を流そうか――

「いまっす!本城那津、います!!」


………あ。

数秒前の決意が一瞬で破綻した。


……返事、しちゃったよ。


…で、でも仕方ないじゃんっコイツが言うと、どんなでっちあげでも、(スベカ)らく本物に変わるんだから!

…てか、イカガワシイって、何。何言う気よ、君。


自分で自分に言い聞かせるように必死に言い訳をし、脳内会談を開いていたところ、

―しばらくして、国崎の喉の奥で噛み殺しているような笑い声が聞こえた。


「…っく、何その声。いるなら返事くらいしろって。」

「………。」


…ええ、いますとも。居留守使いたかったけど失敗しましたよ。それが何か?


至極楽しそうな国崎の声に、ワケもなくイラつく。

…容易に顔まで想像出来るな。またいつものようにニヤリと笑ってるんだろ。…死ね。このボケナスが。


――ひとしきり笑い終えたらしい国崎は、図々しくも新たに要求してきた。


「……那津、こっち来てよ。」

「…やだ。」

「声が遠いんだよ。俺の声、聞こえる?聞こえなさそうだったら、大声出そうか?」

「………」


……ちっ。コイツは……いつも強引に選択肢を消しやがって…!仕方なしに私はふらっと立ち上がると、玄関まで歩く。

1歩、2歩………ほんの数歩だったのに、足を上げるのがやたら困難だった。どんどんと緊張も、増す。


―ついに、薄いドア1枚挟んで、私は国崎と対面した。

…と言っても、私は下足場まで降りてはないし、彼もドアの向こう側にいるので姿は見えない。


――トウゼンだ。国崎に会うつもりなど、毛頭ないんだから。

私はフッと力を抜くと、顔を引き締め、扉に……彼に、向かって話しかけた。


「…来たよ。で、何か用?」


極めて冷たい声を出すよう、努力する。『とっとと帰れ』オーラを放ちながら。

――つーか、リアルに帰れ。何でここまで来ちゃったかな、君は。


イライラを全面に出し――それを国崎も感じているはずなのに――対する彼の返答は、あまりにシンプルだった。


「入れて。」

「却下。」


…何を言うか、アホ、と即座に切り捨ててやると、国崎は不機嫌を明らかに、声にのせる。


「…何で駄目なんだよ。」

「逆に何で入れなきゃいけないんだよ、赤の他人を。」

「他人じゃねぇだろ。」

「私にとっては、もう他人だ。」

「はるばる来てやったのに。」

「頼んでないし。なら、帰れよ。」

「……話があるんだっての。」

「私には、ないから。」


2人の言葉が、間をおかずにどんどんと繋がる。淡々と、平坦に。

――もう、何度も繰り返した会話なのにな、これも。…諦めろって、君、そろそろ。ここまで来ると、私も呆れ顔になった。


―しかし、国崎は今度は声のトーンを落としていかにも真剣そうな声色を作る。


「……ずるいな、那津は。」

「―は?」


彼の、思いがけない言葉や雰囲気に、少し戸惑った。そして、それを利用するように、国崎はさらに発言を続けた。


「話くらい、聞けよ。自分の言いたいことだけ言って俺の言い分は聞かない、なんて不公平だろ。礼儀がなってないんじゃないか。」


え、何そのいきなり長文。


「れ、礼儀とか知らないし。大体…

「俺もな、このままじゃ全然納得できないんだよ。圭にも言われたんだろ?話しあった方がお互いスッキリするって。」


国崎は狼狽える私をあくまでも諭すように、じりじりと追いつめる。私は二の句も告げることができず、黙ったまま。


……ぐ、乾め!しかも会ったんか、君ら!


私はなにか台詞を返そうかと画策するが、何も浮かんでこず。ふう、と国崎は、ゆっくり息を吐きだした。そして言う。


「開けろよ、那津。」

「………。」

「開けろ。」


―すでに遠慮などは微塵も感じられない、強い口調で。も、もうすでに命令口調なんですけど、この俺様っ!

久々に聞いた、いかにも彼らしい言葉に、私は顔を強張らせた。


―また言い含められたら終わりだぞ、私!気をしっかり持て!!

そう気持ちを奮起させるも、彼の言っていることはあくまでも正論だった。…いや、むしろ私の言い分の方が意味不明だし、横暴である。


私は深く、ため息をつきたい気分に陥る。


ああ、……やっぱ、このまま逃げ切るのは無理あったか……

厄介な男だったから、会わずにかわしたかったが、そうもいかないらしい。


――なら。

私は息を吸い込み、彼に答える。


「――分かった。…でも、家に入れるのはムリ。」

「あぁ?」


なら、私はこうだ。


「話なら、聞く。だからそこで話してくれる?」

「…立ち話を続けるのか?それこそ近所迷惑だろ。」


しかも俺がツラい、と国崎はボヤく。

――んなこと、知るか。


「家の隣は空き家だし、小さな声で話せば多分そこまで迷惑には、ならないと思う。…それが嫌なら帰れば。」


言い終えると、相手が、ぐ、と喉を詰まらせた。


…即興で思いついたにしては、中々攻撃力のあるいい返しだったな。よかった。

―家に入れるなんて、冗談じゃない。

今だからこそほぼ普段通りの私で居られるってのに、顔なんか合わせたらどうなるか……


―――ぜったい、無理。


しばらくの静寂が静かな住宅地を包む。

夏とはいえ、夜中ともなれば少しは肌寒い。外にいる国崎は寒さに身を震わせているのだろうか。


――とか思っても、家には入れられないが。

ええ、もちろんですとも。寒いんだったら、帰れ。


私がそんな非情なことを考えていると、国崎が呼びかけて来た。結論がまとまったようだ。私も、聞く体勢に入る。


「……で、どーするの?」

「…ん、いい、分かった。」


ほう、飲んだか。


「じゃあ―「でも、それなら」


とっとと、話せ、と言いかけたら何やら遮られた。

―うわ、まだなんか言うつもり、コイツ。条件多いんだよ、君。


「……何。」


私は覚えず眉間に皺を刻む。それを知ってか知らずか、彼はこともなげに言ってのけた。



「顔、見せて。」




な ん だ と





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