02
「………普通に家だけど。」
突っ込みどこは色々あるものの、彼女の必死さに押されて素直に答えた。すると、篠原さんはさらに苛立ったように舌打ちを打ってくる。
『ちっ、何で家なんて居場所の割れやすい所にっ……』
「…え、いや何そのセリフ。」
…前回も言ったけど、私逃亡者じゃないよ?つか、夜中に家に居ない方がおかしくね?深夜徘徊してんのかと思われるじゃないか。
「何でそん『…っとにかく、早くそっから出て!』
「んなっ!?」
私はあまりにも突飛な彼女の言い分に思わず奇声を上げた。
…おいこら。また無茶ぶりにも程があるだろ。風呂も入ったのに、何故外に?
『入り口……じゃマズいわ。窓から出て!いいから早く!』
「ああ?うち3階なんだけど!」
『屋根づたいに出りゃいいでしょ!』
「無茶言うなぁああ!!」
忍者かっ!!だから、何の脱出ゲームだそれは!!
ハァハァ、と息を荒げる私。…いい加減、そろそろ突っ込み疲れてきたので、いったん収拾を付けることにした。
「―待て、篠原さん。いったん落ち着け。」
冷静な声でそう言うと、彼女の方も黙った。私はふう、と息をつく。
――話が見えなさすぎる。ここらで整理が必要だ。
――いや、本当は、それをしたくなくてここまで意味不明な会話を繰り広げたのかもしれないが。
でもそろそろ、現実を見なきゃ。なあ、本城那津。
「まず、何で私に電話してきた?報告か?君は――――」
…聞くのは怖いが……
認めろ、私。認めたらスッキリするから。
「……国崎と、付き合ったんだろう?」
言ったのは確かに私なのに、誰か別の人の声みたいに聞こえた。
「……………。」
……よし、心の準備、OK。平然とした対応の用意、OK。スルー体勢、万全。…回り道をしたが、コレ聞いたら即通話を切ってやる。なんでも来いや、ボケ女。
私はむしろ堂々とした態度で篠原さんの返答を待つ。
――だが。予想は全くアテにならないものだ。…特に、彼女に対しては。
『…………アンタ、何言ってんの?』
―という、見当違いの言葉が返ってきた。
「へ?」
『っそれは私に対する嫌味っ!?本気でムカつく女ね!』
「…え、ええ?」
明らかに不機嫌を全面に出す受話器の向こうの相手の反応に、またも戸惑う私。…何故、怒ってんのこの人。
「ちょ、え?君、自慢話しようと思って掛けたんじゃないの?」
『自慢っ!?何の自慢よ!そうだとしても私はアンタに掛けるほど暇じゃないわよ!』
―じゃあ何で掛けてるんだ、いま。
首をひねるが、この人がこんな時間に、しかも私に電話を掛ける理由は見当たらない。
サッパリいみ、ふめい。
――しかし、そろそろ私も苛立ってきた。この、不毛な会話に。ふつふつとこみ上げる怒りも露わに、乱暴に携帯を握る。
「だぁ、もう!じゃあさっさと用件を言えよ!」
『何切れてんのよ!うるさいわね!』
「君に言われたくない!何なの、君。さっきから逃げろって言ったり、いきなり怒りだしたり!私が、何に狙われてるって言うんだっ!」
私はめったに出さない素(自称)を出しまくり、喚く。すると、彼女はスッと息を一瞬引き、思い切り私に向かってソレを暴露した。
『……聖悟に、よ!!』
「――――っ!?」
あまりの驚きに、息が詰まった。それどころか、数秒、声まで出なくなった。
………え、えっ!?――何で 今 ソイツ の 名前 を 吐く?
不明不明不明。脳内処理、不可。サラナル情報ヲ求メマス。
「っ、何だと?」
機能停止手前の脳では、そう問うのが精いっぱいで。耳に彼女の声がキンキン響いた。
『だから、聖悟がアンタの所に来るのよ!!さっさとどっかに消えなさい!』
「違う、そうじゃない!何で国崎がウチなんかに来るんだよ!!」
…だって、君は―――あいつは―――
「……君、国崎と付き合ったんだろう?ヨリを、戻したんだよな!?」
焦燥感に駆られ、早口になる。私は必死に決定打を聞きたがった。
お願いだからそうだと、言えよ。
自信満々に君らしく、『そうよ?当たり前じゃない。』って。頼むから。
だが、彼女は私の言葉に憤慨したらしい。さらに声を荒げた。
『……だ・か・らっ何でアンタはそう鈍いのよ!!言わなくても分かるでしょ、言わせるんじゃないわよこんな屈辱!!』
「…え?」
彼女の言葉に、瞬時に頭の中にある可能性が過ぎる。
…まさか
嘘だ。嫌、嫌だ!聞きたくない。それ以上言うな――!
『………付き合って、ない。断られたのよ、馬鹿!!!』
――――ピン、ポーン。
彼女の衝撃的なセリフと共に、タイミングよく鳴り響いたインターホン。
2つの刺激に脱力し、全く動くことができない私。冷や汗が後から後から流れ出る。
『…ちょっと!もしもしっ』
篠原さんの非難するような声も、聞こえない。私は、ただドアを見ながら立ち尽くすばかりで。
――今度こそ完全に脳は停止した。
――
――ピーンポーン。
催促するように、またも鳴らされるインターホン。聞き慣れているはずのソレに、私はびくびくと震える。……先ほどから体をピクリとも動かせないんだが。どうしたことか、これは。
『――本城那津!!返事しなさいってばっ!』
すぐ近くで聞こえたその声に、私はハッとし、手に持ったままだった携帯電話を見る。そうか、まだ通話中だったけか。
『何よ!切るつもり!?』
いつもは常時スルーしたいくらい厄介な女なのに、今は随分と頼もしく思えた。…たぶん、今だけ。
「っ、篠原さん……」
私は声を潜めて受話器を持つ。…壁、薄いからな。聞こえたらやばい。
ドクドク鳴る心臓を抑え、必死に状況を伝えた。
「…もしかしたら、国崎、今うちの前にいるかも。」
すると、
『………はぁっ!!!?』
一瞬あとに、素晴らしく大音量の疑問符が飛んできた。
あー、騒ぐな、やかましいっ!!しかも、こっちのリアクションだ、それは!
『…な、そんなわけないでしょ!アンタの被害妄想じゃないの!?』
篠原さんの方もだいぶ驚いたらしい。十分に狼狽しながら私にそう答えた。
…テメェにだけは言われたくないセリフだな。それ。
「…知らない。でもさっきからインターホン鳴ってる…。」
――ああ、頭痛ぇ。もう眠っていいかな、私。眠ったまま永遠に目覚めたくない程、現実逃避したいのだが。今。
『と、とにかく確認しなさいよ!勘違いかもしれないでしょ!』
耳につく篠原さんの声。
―確かに、そうかもしれない。確認もしていないのに、外の人物が国崎とは分からない。
でも、行きたくないんだよ。…怖い。まず、なによりも恐怖が先んじる。
『っ何してんのよ!早く行きなさいって!!』
しばらく無言通話が続くと、しびれを切らしたように容赦なく私を叱咤する彼女。
…やっぱり大物だ。こっちの気持ちを考えないという点で。
「…ちょ、待ってよ。心の準備が……っ」
『そんなの、してもしなくても、一緒でしょ!いいからとっとと―――』
だがしかし。そこで彼女の声は、いきなり聞こえなくなる。
「………那津。」
今一番聞きたくなかった声が、圧倒的な存在感を誇る、彼特有の声が、扉の向こうから聞こえて来たから。
薄い板一枚では、彼の声を防ぐなんてできるはずもなく。ダイレクトに、私の耳に届いた。
「―――――!!!!!」
ピッ!
――思わず、手が滑って通話を切ってしまうほどの衝撃。…ホントに無意識に。
「っ、あ………」
事後、私は当然、超後悔した。
き、切っちゃった……あんな人でも今は頼りにしてたのに…!
わたわたと慌てていると、またも男の声がドアを隔てて聞こえて来る。
「……那津、居るんだろ。」
途端、ビクつく体。耳がビリビリと麻痺したように痺れ、赤く染まる。動悸が、激しい。
―それは、最も聞きたくなかった声だった。
でも、ああ国崎だ。と、頭のどこかで安堵するように思う。
なんて、矛盾しているんだろうな、私の脳内は。
ようやく私は国崎聖悟の存在を、ドアの向こうに認めた。