03
「…っ、……マジで?」
俺はもう、余裕なんて全くなくて。結構ヤバい心理状況だったりするのに、
「ええ。あれは完全に意識されてますよ。逃げ回ってたのもそのせいです。」
圭がケロリと言いきるから、
途端、むくむくと何だかよく分からない感情が、湧き起こってきた。
……うわ、やばい。嬉しいかもしれない。
…そうだったら、いい。
都合のいい想像かもしれないかもしれないけど、圭から言われると本当にそうであるような気がして。
――純粋に、嬉しかった。
俺は恐らく赤くなってるだろう顔を両手で押さえた。
「…ふーん、やっぱり本気みたいですね。そんな顔初めて見ました。」
「……最初っから、そう言ってんだろ。もう俺、マジ無理だから。」
「それはそれは。」
うるせぇ。…面白そうに笑いやがって。こんな感情、知らなかったんだよ。俺は。
―こんなに、一人の女のことを考えるだけで、こんなに胸がいっぱいになることなんて。
我ながら臭いな、とふて腐れたように顔を逸らすと隣から苦笑が返ってきた。
「…まぁ、頑張ってください。ナツさんはかなり特殊タイプですけど。」
「…はぁ、そうなんだよな。何が弱点だと思う?」
「虫タイプで攻めてみたらどうですか?」
「いや、ポケ●ンじゃねぇから。」
……たしかにエスパーには虫が有効だけどな。
「ふ、冗談ですよ。」
眼鏡をかけた男はクスリと笑った。しかし、ふと目線をはずし口だけで言葉を発した。
――タイプの問題だけなら良かったんですけど、ね。
「ん?なんか、言ったか?」
「いいえ。別に。…ただ、……彼女、どうにも……」
俺は、ピクリと眉を動かした。次に見たのは言いにくそうに言葉を濁す男の姿で。
先ほどとは打って変わって真剣な雰囲気だ。
「…なにか、あったのか?」
「那津さんの様子が…おかしかったんです。俺から見て、あれはとても普通とは思えませんでした。」
「…どんな風に?」
「……そう、ですね。」
―どうも、言いにくそうだ。こいつがこんなにハッキリしない態度をとるのは珍しい。
…どんな状況だったというのか。
「…よく分かりませんが、何の感情も『無かった』んです。貴方と件の篠原さんとやらを見………」
そこで、ぴたりと、圭の口、その他の動作が止まった。
……は?なんだ?
「なん――「ああ、すいません。俺としたことが、忘れてました。」
さっとソファから腰を上げ、圭は俺の前に立った、と思えば、
腕を振り上げて――
ゴンッ!!
「いってええ!!」
思いっきり、拳を頭にたたきつけて来た。
「っ何すんだ!」
バッと顔を上げると、俺をジロリと見下す…………あれ、なにこいつ。魔王?
怒ってるくせに笑顔ってのが、圭らしくはあるが、恐怖は倍増だ。
…黒い。圧倒的に、黒い。
「それはこっちのセリフです。何してんですか、貴方は。」
「はぁ!?」
何してる、だ!?意味が分から……
「…とぼけるようなら教えますけど、俺とナツさんは見たんですよ?
―聖悟と女性が抱き合っているところを。」
!!!!
俺は一瞬にして口をつぐんだ。何をまさか、と思ったが、心当たりは、…あった。
鮮明にその情景を思い出すとともに、青ざめる俺。
「っ、おま、よりによってあんな……」
いや、時間にしてアレは数分だったはずだ。なのに、なんてタイミングの悪い…っ!
「…俺らを責めないで下さいよ、偶然なんですから。それより悪いのはそちらでしょう。」
「…いや、あれはあいつが勝手に……っ」
「でも、事実は事実ですよ。見たことは取り消せませんし。」
さらりと言いながら見下したような視線を向ける圭。
ずいぶん他人事だな、オイ!いや、実際そうだけど!
うんうんと唸っている俺に圭はふう、と息をつくと、顔を合わせてきた。
「…まあ、何かの間違いだってのはすぐ分かりましたけど。」
「っじゃあ、那津にそう言ってくれりゃよかったじゃねぇか!!」
「何を言えって言うんですか。『聖悟を信じて。彼はそんなことする人じゃないです』?
俺は、そこまで聖悟のこと知ってるわけでもなければ、信用もしてないんですけど。」
ぐさぐさ。
…い、痛い。圭の言葉の棘と冷ややかな視線がつき刺さる。
あれ、俺、こいつの友達だったよな?何この圧迫感。
そうして少し気分がオチかけていると、
圭はコホンと咳払いをし、とにかく、と言葉を始めた。
「…弁解する相手は俺じゃないでしょう。」
「…ん、ああ、うん。そうだな。また言うことが増えた。」
―むしろ言いたいこと、聞きたいことがあり過ぎて、果たしてまとめ切れるのか、疑問だ。
…でも、とにかく。会って話さないと始まらない。静かに腰を上げた俺に、圭は微笑みを返した。
「ま、頑張ってください。あちらも案外気にしていないかもしれないですし、ね。」
……や、それはそれで、傷つくが。
「…ありがとな、圭。」
彼の最後のセリフに苦笑を洩らしながら俺は部屋を後にした。
――
エレベータに乗って階を上がり、俺は自宅の扉を開ける。見なれた部屋の中心を陣取ると、深く息をついた。
「はぁ――」
なんかもう、結局標的は見つからなかったり、それどころか余計な誤解を生んでたりと散々だ。
―しかし、未央や圭によって収穫はあった。
目撃情報もあったし、不透明だった彼女の思いも少し見えて来た。
…やはり、会って話す必要がある、とも。
「…まぁ、悩んでても仕方ないか。」
基本は行動派な俺。考えるのは後回しにしてやる。
決意も新たに、とりあえず目を覚まそうと洗面所に行った。
蛇口を回し、勢いよく顔を水に浸す。バシャッと音をたて、水が跳ねた。髪にまで滴る冷たい雫が心地よい。いい具合に俺の頭を冷やしてくれた。
…アイツのバイト、いつまでだろう。何時くらいだろうか、帰ってくるのは。
まあ、那津の家に押し掛けてやるのは決定している。(え)
もう、いい。
どんな話が来ようが、ここまで来たら今日、一気に全部問い質してやる。
「絶対、逃がさねぇ………」
顔を上げると、ギラギラとした瞳の男が鏡に映った。
END