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脳内計算  作者: 西山ありさ
本編
59/126

焦る不器用と笑う腹黒-kunisaki side-

本編の前に、前章の国崎聖悟サイドです。





「………っ、くそっ!」


俺は苛立ち交りにそこらにある空き缶を蹴っ飛ばした。カンッと小気味のいい音をたて缶は空中を舞うが、気分はちっとも晴れない。ため息をついた。


―なんとか襲いかかる女どもを振り切ったのはいいものの、

次にその場所に戻って辺りを探しても、追っていた女の姿はもうなかった。


――まんまと那津に逃げられてしまった。その事実にまた腹が立つ。

マスターの店に潜んでいた那津を見たときは、今度こそ捕まえた、と思ったのに。追いかけっこも、楽勝だと思ってたのに、


…那津は体力ないくせに悪知恵が人一倍働くような女だからな。

まさか、周囲の女どもを盾に使うとは俺も思っていなかった。


いらいらした気持ちを隠す余裕もない俺は大通りから少し離れ、暗い路地裏のようなところで壁に背をあずけた。


「……那津、」


ぼそ、とその名を呟いてみる。呼ぶとさらに会いたくなった。


―マスターの店に隠れていたってことは、あの会話も聞かれたってことか。なんかロクなことを言ってなかったような気もするが、俺の気持ちもこれで少しは分かってくれたんだろうか。


――というか、なんでここまで逃げる。

告られて気まずいってのは分かるが、こんなに毎日逃げ回る必要があるのか?……そんなに俺が、嫌いってことか?

また、先日の『大っきらい』が胸を締め付けた。


「……ちっ、」


思わず舌打ちしてしまう。


……まあ、いい。考えをめぐらした所で、答えは変わらない。行き着くところはひとつしかない。


――那津を捕まえて、全部吐かせる。

それだけだ。


「……うし、」


自分自身に気合いを入れ、とりあえず大通りに出ようと路地を抜ける。辺りは黄昏時で、急ぎ足で帰路に着く人も多かった。

俺は彼女を追って、その中を縫うように歩きだした。



――



「…聖悟!」

「ん?」


数十分後、ショッピング街に目を通しながら歩いていると、いきなり自分の名前を呼ばれた。

振り向いてみる、と、


「…!っおま、え」

「奇遇だねっ!聖悟も買い物?」


――笑みを浮かべる篠原未央がいた。買い物中だったのか、よく見ると両腕に買い物袋がぶら下がっている。



女と目を合わせた途端、沸点まで体温が急上昇したような気分になった。弱々しく笑う那津のボロボロな姿が、また瞼の裏に浮かぶ。


―こいつに、やられたんだ。那津は。


瞳に怒りが、満ちた。


「……未央。」

「なぁに?」


可愛いつもりなのかなんなのか、女は小首をかしげるような動作をしてくる。

だが


「…ちょっと来い。」


火に油、だぞ。今の俺には。


ギロリと睨みつけながら、脅すようになるべく低い声を出してやると、未央はビクッと体を震わせた。

そして、無言でこくんと頷くと俺に促されるまま着いて来た。



―――

――



「……ねぇ、なに?聖悟。」

「………。」


足をピタリと止める。未央を連れて来た先は、そこからあまり遠くない少し開けた空き地の前だ。

それなりに見通しはいいが人通りは少なく、ひっそりとしている。

俺は、振り向くと同時に口を開いた。


「……お前、この間俺と別れた後、那津に会ったんだろ?」


もう、質問というよりは確認に近いニュアンス。びくり、と体を震わせる女が視界の隅に映る。


「な、なに、いきなり。」

「別に。ただ聞いてるだけ。…どうなんだ?」

「っ、そんなわけないじゃない。面識ないし。」

「嘘付くな。」


ただならぬ空気を感じてか、未央の瞳が大きく揺れた。


…ああ、イライラしすぎて気持ちが悪い。女でなければ、もう数発殴ってる所だ。

―このウソツキオンナが。



「那津に、何したんだよ。」

「だ、だから私は何も……」

「話せよっ!!」


ダンッとそこらの壁に拳を叩きつける。そして、唸るように怒鳴った。那津が捕まらない苛立ちも乗じて、さらに怒りが増す。

すると、俺が相当怖いのか、未央の目に涙が溢れ出した。

透明な粒が頬を伝っていく。


「っせ、聖悟……」


呆然とした顔で、ボロボロと泣く女。

―しかし、俺の心は少しも動かない。冷徹な表情のまま、さらに問いただす。


「…泣いたって許さねぇ。答えろよ、未央。」

「っなんで、そんな…!…あんな女、聖悟に関係ないでしょ!?」

「…あんな女?」

「っ、」


しまった、といった風に口を塞ぐ未央。

…ほら、すぐにボロが出た。昔から感情的なヤツだったな、そういえば。

那津もこれくらい扱いやすかったらいいのに、と心の中で思った。


「なにを、したんだ?」


もう一回。じり、と追い詰めるような声色で問いただす。

未央は真っ青な顔で後ずさった。


「……どうして、そんな気にするの?」

「あぁ?」


……しぶとい。泣きながらも、まだ言い逃れようとする未央にまた怒りがふつふつと湧く。


――だから、キッパリ言ってやった。



「……好きな女のこと気にして、何が悪いんだ?」



途端に、目を開いたまま呆気にとられたような顔をする女を見下す。

別に、単なる事実だから。……本人には、全く伝わらないんだけどな、コレが。


しばしの沈黙の後、未央はぽつりと呟いた。


「……すき、って、あの子を?」

「そうだけど。」

「…本当に?」

「しつこいな。そうだっつってんだろ。」


なにか問題でも?という意味も含ませ女を見下す。未央は愕然と目を開いたまま体を震わせていた、

―かと思えば、


「嘘よっ!!!」

「っ!?」


突然俺に掴みかかってきた。両手で俺の服を掴み、押し倒されそうな勢い。

予想もつかなかった行動に驚いたが、すんでのところで彼女の体を支え、踏みとどまった。

すると女は、今度は俺の腰に腕を回して抱きつく。

自分のものでない体温による温もりがじんわりと体にしみこんで……って、――なにしてんだ、こいつ。


「おまっ、いい加減に……「いい加減にするのは聖悟の方でしょ!!」


抗議は、すぐさまものすごい剣幕で消された。流石の俺も少々ビビってしまい、絶句。

そして未央は構わず、わめき散らす。


「……あの女が好き?冗談も大概にして!聖悟は騙されてるのよ、本城那津に!」

「……んだと?」

「だって、そうでしょ!?なら、なんであんなブスを選ぶのよ!聖悟はいつももっと可愛い子とか綺麗な子とかと付き合ってたじゃない!」

「……………。」

「…あんなムカつく女、聖悟には不釣り合いだわ。だから、分からせてあげた。それだけよ。」

「……」


『分からせた』

その言葉が表す意味を正確に理解し、また、カッと頭に血が上った。

…だが、俺まで冷静でなくなったらもう事態を止めようがない。

抱きつかれている体勢はそのままに、感情を押し込め、できるだけ静かな声で尋ねた。


「…そうか。で、那津をリンチしたのか?」

「そうよ。友達にも声掛けて、ね。」


平然と、悪びれなく言うそいつに、怒りより恐怖を感じた。


――知り合ったこともない女に、なんでそこまでできるんだ。

そうまでして手に入れたいのか、俺を。


目の前のヤツの欲望の深さにぞっとする。


―しかし……

ぐっと、拳を握りしめる。

―どんな理由であれ、その欲望に那津を巻き込んだことは許せない。

俺も、もう血管が切れそうなくらい頭にきている。こいつが男だったらすでに病院送りだろう。

…女を殴る趣味は無いが、どうしてくれようか……


「……そう。しかもあの女…」


―だが、顔が見えないせいか、俺のそんな物騒な考えは未央には届かなかったらしい。

まだおしゃべりを続ける。



「生意気な口を聞いただけじゃなく、えらそうに私に説教までして。何様なのかしらね。」



……………ん?説教、だと?


「説教って、何だ。」


つい口から出る素直な疑問。……一体、何したんだよ、那津。

すると、未央は忌々しげに顔を歪め、吐き捨てるように言った。


「…苦し紛れの言い訳よ。『聖悟のこと何も分かってない』とか、『人の心がそう簡単に手に入ると思うな』 とか。本当、意味分かんないわよね?」

「………っ、」


フンと鼻を鳴らす未央。対照的に俺の心はズキンと痛みを訴えた。



――だって、それは俺がいつも考えていたコト、だったから。






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