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脳内計算  作者: 西山ありさ
本編
58/126

02



―――――!!!


もちろん私の反応は、絶句。そして顔面蒼白。息が詰まり、また頭がグワンと鳴った。

……おい、待て待て。何言ってるの、君は。意味分からん、ってか、意味を理解したくない。


「……あの、何処にいるかなんてわからな

「聖悟から逃げて来たんでしょう?なら、今と反対方面を道なりに行くだけです。」


「……そもそも何で追われてるなんて

「貴女の言動、その他諸々からです。言っちゃなんですが、今日のナツさん、分かりやす過ぎですよ?」


私の疑問をスラスラと答えて下さる乾サマ。……なんか、泣きたいんですけど、もう。

どうも、…いや、確実に、私は運に見放されてるらしい。


…しかも、段々スピードが上がってる気がするんですけど。おい。

そんで、何事もなかったような、余裕そうな横顔もまたムカつく。


「~~この野郎、国崎の手先じゃないくせにっ!」


体勢を整え、ようやく口から出たのはそんな悔し紛れの言い訳。…自分でもどうかと思った発言だ。手先て。ショッカーか。

案の定、彼は楽しげに返事を返してくれた。


「ふふ、…ま、確かに聖悟からは何も言われませんでしたが、ね。俺は最初からアイツの味方ですよ。」


…っち、あーあー、そりゃ、そうだろうよ。知ってるよ。

そっちは高校以来の友人らしいし。私みたいな不審な女、突き出して当然だろ――


「―そして、ナツさんの味方でもあります。」


って、…………は?

その後の乾の言葉に、思わずキョトンとする。


「……今、何てった?」

「貴女の味方です、と。」


セリフと行動が矛盾しまくってる件。


「……私の、味方?」


――それならさっさと車を止めろい。おうちに帰らせてよ。ねぇ。

だが、私の意に反して彼は。


「ええ。だから、聖悟とサシで話し合って、決着付けた方がいいでしょう?」


そう言いなさって、それが貴女のためにもなります、と付け加え、乾はまた爽やかにほほ笑んだ。


「…………。」


私は眉間に皺を寄せ、黙って難しい顔を作って見せる。


……弱った。完全善意らしいよ?この行動。こいつにとって。…いらぬ世話だってのに。

……まあ、そりゃあ、ね?腹割って話し合って、それで結果がどうあれ、丸く収まったら最高だろうよ。


私も自分が当事者じゃなきゃ、その手を使うと思うよ?いちばん、平和的な解決法だし。余計な誤解もないし。


でもさ、それ、無理なんだよ。


君の好意故の行動も―――


「……余計なこと、しないで。」


―私を苛立たせる要因となるだけ。


「…………。」


努めて無表情に徹したつもりだったが、精神状態のボロボロな私。彼には何か苦しげに見えたのだろうか。乾は整った眉をひそめて声を低くした。


「貴女は……何を、恐れてるんですか。」


言葉と共に、眼鏡の奥の瞳が鋭く私を射抜く。…砂を噛んだような、嫌な感覚が体に広がった。


ホラまた、嫌な、予感。


「……何を、って?」

「…無理に聖悟を避けるのは何故かと聞いてるんです。」

「………。」

「―もし彼のことが本当に嫌い、もしくは興味がなければ、逃げる必要はないでしょう。その場であしらえばいいのですから。」

「………なにが、言いたいの、君。」


示唆するような物言いに若干苛立つ。乾は一瞬目を伏せた後、こちらに視線を流した。




「ナツさんも―――聖悟のことが、好きでしょうに。」


「~~~~っ」



――気がつけば、胸を押さえていた。ぎゅっと服を握る。まるで弾丸に撃ち抜かれたように。胸を、貫かれたように。彼の言葉が私を貫き、熱いナニカだけが残る。痛い。痛い。ドクンドクンと、心臓が脈打ち続ける。


「………ね、やっぱり。」


ささやくような男の声に、私はもう泣きそうだった。


―ああ、崩れる。表情が、顔が、気持ちが。

ほら、やっぱり全然作れてなかった。平気なフリの仮面なんて。……国崎が嫌いな自分なんて。

どうしても、隠すことも消すこともできないんだ。この、厄介な感情は。


「…ま、よかったですね。両想いじゃないですか。」


私の心情など知る由もない乾は、気楽そうにそう言う。

……何が、いいものか。


「…国崎なんか好きじゃないっての。何度言ったら分かんの。」


私はおそらく赤くなってるであろう顔を逸らしながら、呟く。


――もうヤダ。何もかもが嫌だ。何、この気持ち。もう自分でも意味不明過ぎる。

――国崎が好きで。やっぱり好きみたいで、どうしようもないなんて――

…死にたくなるわ。


そして、そんな挙動不審女を受けて、彼は、


「……はぁ、ホント、面倒くさいですねーナツさんは。」

「…はぁ!?」


――至極面倒そうに頭を振った。

……ちょ、人が傷ついてるときに塩刷り込むなって!


乾はため息をつくと、体ごと私に振りかえる。彼の美しいお顔は。――明らかに、苛立ってらっしゃる。

え、笑顔も怖かったけど……これもなかなかの迫力ですって!


「え、あのいぬ「あの、いくら俺でもそろそろ怒りますよ?」


彼は頭を掻きながら、もう付き合いきれないですよ、と言葉を続ける。


「好きなものは、好き、でいいじゃないですか。何故隠そうとするんです。聖悟がどれだけ悩んでるか、貴女は知ってるんですかっ?」

「…や、知らないけど。なんで君が不安定になってんのさ。」


てか、こっちがびっくりなんだけど。ナニその勢いの良さ。


「…彼がうじうじとしてるのを観察するのは、最初の内は楽しかったんですが段々とウザくなってきまして。図体でかいくせに何気持ち悪いこと言ってるんですかって感じですよ、全く。」


テメェの都合か。ここでブラック出されても対応に困るんだが。

……あれ、国崎って君の友達だったよね?悪口にしても酷過ぎやしない?


―と、毒を吐き出してどこかスッキリしたような乾はコホン、と古典的な咳払いをした。


「……まあ、冗談はさておき。」

「…はあ。」


…冗談とか。こんなときに入れるなよ。


「―俺は、本気で貴女と聖悟が上手くいってほしいと思ってます。

嘘なんかつかずに、素直になってくださいよ、ナツさん。聖悟の気持ちも、考えてやって下さい。」


聖悟の為にも、と乾は愛想の良い顔とは裏腹に、真剣な目で私を見た。


「………。」

「ね、ナツさん。」


黙って下を向く私に、諭すような声が降りかかる。車の外から聞こえてくる街の喧騒がやたら遠くなった。

…………うん。分かってる。そんなこと言われなくても分かってる。


―好きだよ。私は、国崎のことが。この間から何回この葛藤を体験してると思ってるの。

んなこと、嫌ってくらい知ってるってば。思い知らされてるんだから。


―でもね、行き着く結論はいつだって同じ。ハッピーエンドなんてないの。望んで、ないの。

ごめんね私、フツーじゃないから。異常、だから。


――ぜんぶ否定、するよ。それが私の為だし、君らの為でもあるんだから。



「…乾、私はね。」


すう、と息を吸う。すると風が海の表面を凪ぐような、穏やかな気分になった。少しほほ笑んでみる。


「確かに嘘つきだし、ひねくれモンだよ。」


そう、不敵な笑みを作ってみせて。


「―でもね、今回は嘘、ついてないよ。」


冷静な、声を響かせる。


「――っ?」


目の前の眼鏡の男が、息をのんだ気配がした。

どんな顔をしてるんだろうな、私は。とにかく、とんでもなく不気味な顔をしているに違いない。


――ほら、いつもの『本城那津』。できあがり。




「国崎のことなんか、何とも思ってないし、興味無い。むしろ嫌いなんだよ。」


スラスラと口からスムーズに言葉を引き出す。心なんか微塵もこもってない、冷めた声で。

どうにも笑いが止まらない、という風に口元には笑みを貼り付けたままだった。


「君は、国崎の気持ちを考えろって言ったけど……私のことは?私にだって、気持ちはあるんだけど?」

「……ナツ、さん」


乾は慎重に私の様子をうかがっている。

それを鼻で笑ってやると、彼の表情は、さらに強張った。


「―私は、あいつにも、君らにも興味ない。―――キライだ。」


国崎にもそう言ったんだけどなあ、とクスクス笑って見せた。


笑う、笑う。あまりにも暗く、黒く。

まるで上界から覗く深淵のごとく。深い、深い闇。


思わず、乾は身震いした。


「っ、ナツさん!」


先程から戦慄してやまない。何だろう、この子の雰囲気は。


「……何さ。」


表情が無い(・・)


「だから、言ってるでしょ。私のことは国崎に関係ないし、国崎のことも私に関連は無い。」


しかし。


「――そして、私はそれを望んでいる―――」


一瞬だけ寂し気に見える表情は、はたして、偽物か、ホンモノか?

眼鏡の奥底に見える瞳は、何を訴えている?


キッと、ブレーキを踏むと、彼女はカクンと体を揺らした後、また彼を見つめた。

もう、その瞳には何も映っていなかった。


「っなに、言ってるんですか!聖悟は、貴女のことが本気で――」

「好きじゃないよ。」


女はちら、と前方を向き、微かに瞳を細めた。


だいぶ暗くなった街角。

しかし開けた道の真ん中に立つその人影(・・)はよく見えたのだ。


男の方もつられて彼女の目線に合わせて顔を動かすと、目を見開き絶句、した。


「…乾、私を愛す人間なんて――」


皮肉交じりの口調で、至極愉快そうに、…いや、聞くようによっては悲しげに――



「いるわけ、ない。」



本城那津は呟いた。それは何も感じさせない、全く普段通りの顔であった。


――フロントガラスの向こう側に、2人の人間の姿が見える。

両者とも彼女たちの知っている人間、そしてソレらは重なり合っていた。


――すなわち、抱き合っている国崎聖悟と、黒髪を揺らす篠原未央の姿が。





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