焦る不器用と笑う腹黒
――静かに、車は走り出す。見慣れた景色の1部と、溶け込んでいく。
私は窓に寄りかかって頬杖をつきながら、徐に運転手に話しかけた。
「――なんで、君がここにいるわけ?……乾。」
ちらっと視線をそちらに向けると、乾 圭太朗は優雅に微笑んでみせる。
「単なる偶然ですよ?」
「…嘘つけ。家、逆方向だろうが。」
「はは、いやだなあ。ホントですって。買い物がてら、ドライブしてたんですよ。そしたらナツさんを見かけたので。」
……絶対、嘘だ。ナニその胡散臭い笑み。怪しすぎる。
…やっぱ、車が停まった時点でダッシュで逃げればよかったかも…。いや、乾のヤツ、送るっつって無言のプレッシャー与えてきたからな…あの状況じゃ無理だ。相手、車だし。
「―!」
そこで、私はハッと気付いた。相手が引くくらいのスピードで振り向く。
「っ、まさか国崎が君を?」
ヤツの差し金か…っ?
ヤベェ、だとしたら逃げ場、ねぇえええ!!もう乗っちゃったしぃいい!何このハニートラップ!手ぇ込みすぎだろ!
私が顔面蒼白のまま固まっていると、
「…聖悟が、どうかしたんですか?」
乾のほうはきょとん、とした顔で首を傾げた。
「………え?」
お先真っ暗な予想をしていた私は思わず問いかけてしまう。しかし乾の方も『え?』みたいな顔をして私を覗く。気まずい空気が車内に広がった。
――何、もしかしてホントに知らない?国崎と私のこと。…国崎の性格上、絶対協力者使うと思ってたんだけど。
まあ、最近ドタバタしてたから、まだ言ってないのかな?
「――ナツさん?どうしたんですか?聖悟が、何なんですか?」
気がついたら、私の前でヒラヒラと手を振る彼の姿が見えた。
「……あ、いや、何でも無い。勘違いだったみたい。」
――まあ、知らないなら知らないでいい。問題ない。この顔は多分嘘じゃないだろう。
こいつが来たのは本当に偶然で、純粋に好意で家に送ってくれるというなら、それはそれで楽だし。私はホッと一安心して、視線を前に戻す。
前の車が停止し、ちょうど赤信号になる所だった。
信号待ちの間、私がボーっと暮れゆく街並みを眺めていると、ふいに乾から声をかけられる。
「………ナツさん、聞いてもいいですか。」
「―ん?何。」
私も何気なく聞き返す。乾はハンドルを切りながら、普通の調子で私に尋ねた。
「聖悟から、告白されましたか?」
…心臓、口から出ると思った。
「………えっ、だ………はぁっ!!?」
一瞬……いや、多分三瞬くらい意識なかったと思う。失っていたソレが戻ってきたと同時に、私は勢いよく飛び起き、
――ゴンッ!!
「…………あだっ!!」
…強かに、頭を天井にぶつけた。勢いをつけた分だけ痛みが大きい。頭がグワーンと鳴り、視界が歪んだ。…やべぇ、超痛ぇ。頭割れる。
「……えっと、大丈夫ですか?」
乾は頭頂部を強打し、悶絶する私に話しかける。…驚きと呆れが6:4ってとこか。反応としては間違ってないが、なんかムカつく。
「っ問題ない!!」
焦る私は、半ば反射で答える。もはやヤケだ。ヤケクソだ。
「え、スゴい音、しましたけど?」
対する乾は苦笑しながらも冷静にツッコミを入れてくる。
「脳細胞が少し死滅したくらいだ!損傷は無い!」
「…いや、それ結構な重症ですよ?」
「うるさいっ!どうせもう脳みそなんか使わないんだからいいの!」
「………大学生を侮辱してるんですか?」
……ああっもう!君、いちいち細かく返さなくていいからっ!動揺しすぎて自分でも何言ってるか分かんねぇから!!
――ていうか、乾。何故君はそれを知ってるんだ?
乾はクスクスと笑いながら前を向き、再び車を発進させた。
「…まぁ、大丈夫ならいいんですけど。分かりやすい反応ありがとうございます。ふふ、そうですか、やっぱり……」
やっぱりって、何だ。何ニヤニヤしてんのボケが。
「……何、何が言いたいの。」
「いえ、聖悟も頑張ったなぁと思いまして。」
そして、彼はニコリと綺麗に笑顔を作る。
「………。」
私は眉根を寄せ、彼の方を向いた。乾の言葉が不可解だった。
…何だろう。こいつの、まるで母親が見守るような温かい眼差し。
まるで―――
―アイツが私のことをずっと好きだった、みたいな。んで、やっと告白できてよかったな、みたいな。
「ええ、そうですけど?」
「―――!?」
さらりと、いきなり返ってきた返事に思わず絶句。…え、私口に出してなかったのにっ!?
「ナツさん、顔に書いてありますよ、顔に。」
「……あ、そうですか。」
「はい。」
乾は軽い口調でそう言い放ち、私を黙らせる。
くっ、表情から思考を読まれるなんて、未熟!つか、乾が鋭すぎるんじゃない?
もう少し心を落ち着けなければ………やっぱり、ちょいと修行が必要かなー。
「……って、違うでしょう。問題から目を逸らさない。」
うわ、またバレタ。別に少しくらい現実逃避の時間くれたっていいじゃんか。
ぴしゃりと思考を遮断され、私は唇を尖らせた。自然と猫背になり、シートの下に視線をもっていく。しばしの無言の末、私はボソボソと呟いた。
「………だって、そんなわけ、ないじゃないか。」
口から滑り出た言葉は、自分でも驚くほど本音だった。
「…何が、そんなわけないんですか?」
「だから……国崎が、私のこと……」
もごもごと言い淀み、俯いてしまう私。
うが、言えねぇ。恥ずかしい。しかも身の程知らず過ぎる、こんなセリフ。
「――聖悟がナツさんを好きって、ことですか?」
…サラっと言ってくれたけどね。この男は。
乾は、はあ、と大げさ気にため息をつく。理解しがたい、とばかりに。
「…何でそんなに否定するんです?誰が見たって明らかじゃないですか。彼は、貴女のことが好きです。」
続けて『ていうか、気付いてなかったのナツさん本人くらいですよ。』とボヤかれる。
「っ、だーかーらっ!違うんだって!ヤツは私のこと面白がってるの!」
―それに対し、露骨な表現を吐かれた私は、とにかく叫ぶ。誰が見ても、聞いても『照れ隠し』に間違いなかろうに。
「真剣に、告白されたのに?」
じと、と今度は目力で睨んでくるのでうぐ、と一瞬言葉に詰まる。が、
――それは、違うって、乾。
ふ、と自嘲なのか呆れなのか分からない、曖昧なため息をもらすと、私は乾 圭太朗に向かって、ハッキリと言ってやった。
「……全部、何かの間違いなんだって。私のことなんか、好きなはずがない。国崎、気でも狂ったんじゃない?」
「………」
「とにかく、私は認めない。そんで、国崎の遊びにもいちいち付き合ってられない。」
自分のセリフにどんどん心と体が冷めていく。確認するかのような、自分に言い聞かせているような、そんな言葉に。
―あーあ、うざいうざい。もう放っとけって、私のことは。どうせ全部勘違いのマヤカシばっかなんだから。
じわじわと私を侵食する黒い感情のまま、私は乾を睨みつけ、叫んだ。
「…アイツなんか、もう知らないし。乾からもなにか言ってやってよ。私なんか――っ」
だが、そこで、私の言葉は途切れる。なぜなら、隣から発生する異様な雰囲気に気圧されたから。
――あ、れ?なにこの空気。
「……い、ぬい?」
いきなり無言になった彼に私は不審に思い、運転席に顔を向けた。
すると。
「…そんなこと、言いますか、ナツさん。」
口角を上げ、不気味なくらいキレイな笑みを浮かべた乾と目が合った。瞬間、体にゾクッと悪寒が走る。
―え、なにその黒い笑顔。
恐怖に戦く私。ニコニコと笑みを絶やさない彼。…どう考えても、異質な空間だった。
車内に気まずいくらいしん…とした空気が広がり、私はしばらく引きつった顔のまま動けないでいる。
―しかし、その微妙な空気を打開する策を講じる必要はなく。……いや、なくなった、と言うべきか。
――とにかくそんなことを考えてる暇は皆無となった。
ギュルルルルルルッ!!!キィイイイイィ!!
…突如、ド派手な音を立てて、車は止まったから。
車輪は横に滑り、車体は大きく傾く。まるで映画のワンシーンみたいな、通常ではありえないアクションだ。車の中のものが重力に従って散乱してしまう程度に、激しかった。
…なので、もちろん。
「――っだぁああ!!?」
中の人間も、大きく姿勢を崩すハメとなる。私はゴッと嫌な音をたて、左の窓にしたたか頭を打ってしまった。…また。
……シートベルトしてたから良かったものの、かなり危ないってコレ!!
「っ、おい乾!ちょっと、」
非難しようと隣の男を下から睨み付けるが、
「―――っうぁあああ!!?」
今度は、反転。車はハンドルによって素直に進路を変え、ぐるりとその体を回した。
…当然、中の人間も、以下略。遠心力に逆らえるハズもなく、今度は反対側、乾の方へ体ごと倒れこんだ。……ちょ、もう勘弁しろって。
凄まじいカーテクニックにより強制的に体が揺れ動かされ、脳がグワングワンと揺れる。……気持ち悪い。
しかし、運転手はどこ吹く風で。華麗なUターンを決めた後、悠々と愛車を走らせていた。
「――ちょっ、乾!何すんのっ!そして何処行くんだよ!!」
そして、怒り心頭のワタクシ。―当然だ。彼の動向も目的も何も掴めないんだから。
激しい感情のまま、眼鏡の男に向かって食ってかかった。すると、彼は。
「…え、何処って………」
ニッコリ。
「聖悟の所ですけど?」
乾は、前を向いたまま、『それが、何か?』的口調で言ってきた。