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脳内計算  作者: 西山ありさ
本編
56/126

03



―狭い裏路地を抜けると、いつか国崎と2人で歩いた大通りに出る。

今は平日の午後。幸い、道にはたくさんの人がいた。


――とりあえず、S大まで行こう。あそこなら隠れ場所がいっぱいある。

そう思い立った私は、出来るだけ体をかがめ、人ごみに紛れながら、走る。


なに、私は逃げ足は速いんだ。アイツに見つからなきゃ確実に逃げ切れる――


「那津っ!待て!」


……見つからなきゃ、ね。


動きがピタリと止まった。国崎が私の行く道に、横からイキナリ現れたのだ。

……てか、追いつくの早っ!!


当然、急いでUターンし、駆けだす。国崎も私を追いかける。


―リアル鬼ごっこ、スタートだ。恐怖すぎる。

走りながら私は大声をあげた。


「っだー!何でそんなとこにいるんだよっ!!」

「お前の行動パターンなんか見え見えだっての!どうせ大学に行くつもりだったんだろっ!」


……ええ、図星ですけどっ!?

ギリ、と唇を噛んでさらに走るスピードを上げる。後方で舌打ちが聞こえた。


「おい、待てっての!話があるっ」

「私は無いわー!とにかく消えろボケェ!!」


地面を蹴り、走りまわる若い男女。傍から見てるとアホらしい追いかけっこだが、両者とも必死だ。

……特に、私。


――絶対、捕まってたまるかぁああああ!!!!



――



「はっ…はっ……」


走り始めて、どのくらい経ったか分からない。

だが、着実に2人の距離は縮まっていた。単純に体格と体力差だ。

私はもう、息も絶え絶えだった。対するヤツは、多少息を切らす程度。


―っ、水族館の時の思ったが、コイツ、体力ありすぎだろ!

いや、私はかなりナイ方だがっ!


私はついに商店街の表側……かなり大きな道路に出た所で、足を止めてしまった。


「…もう、追いかけっこは終わりか?」


国崎の声が、静かに響く。

私は、国崎から見てほんの数メートル前にいる。もう獲物は目前、とでも言うように、彼は嘲笑った。


……ちょ、何その悪役のセリフ。

嫌みのようにゆっくりと近付く男を私は睨みつけた。


「……っは、う、る……さい!」


ぐいっと額の汗を拭う。後から後から流れ出る汗を忌々しく思った。


「…相当辛そうじゃねぇか。もう諦めろって。」

「……私、は!捕まら……ないっ!!」

「まだそんなこと言うのか?」

「…………」


近づく国崎。もうヤツの顔がしっかり確認できるほど距離が近い。

だが。


…まだ、だと?

はっ、私がこんな所で止まった理由が分からないのか?


――最終手段だ。私は息を大きく吸いこんだ。



「…イケメン好きの女子のみなさーーん!!噂のS大の王子様、国崎聖悟君がデートのお相手を探してるそうですよーーーっ!予約は速いモン勝ち!!さぁ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!!」



ありったけの声が、辺りに木霊した。


「っ、おい!?」


動揺する国崎の言葉は、


きゃあああああああ!!!―という、もんの凄い歓声でかき消された。

…というか、最早悲鳴に近い気もするが。


そして、ぞわっと、女子たちがどこからともなく現れた!

流石、S大学の近くということもあって、彼を知る女子大生が集まる。だが、何も知らない一般の女性も、イケメンを一目見ようと群がった。

―そうして、国崎はあっという間に女子軍で囲まれてしまった。


『国崎君!私っ私とデートしよっ!!』

『いや、私と!!』

『うっさいブス!生まれ変わってから言えよ!』

『聖悟くんが決めてっ!どんな子がタイプ?』

『オニーサン、マジかっこいいね!若い子に飽きたらアタシでもっ!』

『ババァはスッこんでろ!顔の皺何とかしなっ!!』


ギャーギャーと罵詈壮言が飛び交う中、私はこっそりその集団から抜け出し、ニヤリと笑みを見せた。


「っ那津!待てよっ!!」


中心にいる国崎の声が聞こえた気がするが、私はそれを空耳と信じ、ゆったりと歩きだす。


―やはりこんな時頼りになるのは、恐るべき女子パワーだな。これほど有効な兵器もなかなか無いよ?ホント、助かったわー。


優雅に歩を進め、国崎と女子軍が少しづつ遠のいていく。

つんざくような女子の叫び声も段々と小さくなり、やがて消失する。


私はまた、口を歪めて笑った。


――私を甘く見るなよ?国崎。君から逃げるためだったら、何だってしてやるさ。



―――

――



「……さて、と。どこに行こうかな……」


女子の波から遠ざかるように上手いことすり抜けた私は、あてもなくふらふらと彷徨う。


国崎の登場のせいで、残念ながら大学とは反対の方向にしか行けない。

…故にその近くにある自宅にも帰れないわけで……

行き場を無くした私は、こうしてただ移動しているしかないのだ。

…立ち止まってると、追いつかれるかもしれないしね。


―チラリと腕時計を覗くと午後5時を回ったところだった。

まだ、バイトまでも時間がある。


「…ハァ………」


どうにもツイてないな、私。

ため息をひとつついて、とりあえず道路に沿ってぐねぐねと曲がった道をたどって行った。



――



しばらく道なりに歩き、足を止めたのはバスの停留所の前だった。

そろそろ体力的にも限界で、体が休息を要求していたので、私はベンチに座って休むことにした。


――…裏道を通ってきたから、そう簡単には見つからないハズ。

しばらく休んだら、どっかの店に入って隠れよう――

そう思って、背もたれにもたれながら、リラックスする。


空を仰ぐと、古ぼけた屋根の隙間から夕暮れの景色が覗いた。涼しい風が吹き、体を癒してくれる。

私はフッと口を緩め、そのまま、視線を正面に戻した。


座っている私の目の前を、幾人もの人が通り過ぎる。

学校帰りの子供、散歩中のお年寄り、慌ただしいサラリーマン………


みんな、歩幅も違えば表情も、雰囲気も違う。みんな、違う。


……ああ、いつか考えてたっけ。こんな大勢の人が皆他人なのは、なんだか不思議だって……

でも、別に何も不思議じゃないよね。人は、知り合いより他人の方がよっぽど多いから。


そして私も、その一部だ。

人の波に流れて、ほぼすべての人の『他人』として、生きていく。

道行く人々のように、何の関わりも接点もなく。


でも――――


『好きだ、那津。』

『…欲しくて、たまらねぇんだ。』


国崎のカオが、また音も無く浮かんでくる。

こっちが恥ずかしくなるような、ストレートなセリフと共に。


―――…何で、君は、他人のまま終わらせてくれなかったんだ。


こんなに人がいるんだ。日本だけでも人口は1億3千万ちょっと。

男も女も、もういらないってくらい、いる。


なのに、どうして、君は、私を見つけてしまったんだ。

明らかにスルー推奨女なのにね。



私は、君に――――

――…出会ってよかったんだろうか?



「~~あー、くそっ」


私はぐしゃぐしゃと頭を掻き、バッと勢いよく立ちあがった。


――ダメだ。立ち止まってると余計なこと考えるっ!


…しかも、もーコレ何回思い出してんの、私。

そしてその度に赤面するなよ、本城那津の分際で!この阿呆っ!

しっかりしろ!と、自分で自分を叱り飛ばしながら頬を叩き、私は大股で歩き出す。


……挙動不審?分かってるって、そんなこと。今更でしょ。

できれば見ないで下さい。ええ、目に毒ですから。


―よし、遠くに行こう。できるだけ遠くへ行って、頭を冷やさねば―――

そう思ってしばらくずんずんと歩いていると、


――――キキッ


軽快なブレーキ音が、した。

灰色がかった白い車が私の目の前にキレイに停まる。


「――え?」


驚いて目をパチクリしていると、運転席側のウィンドウが開き、運転者と目を合わせる。


中の人物は、ニコリと笑った。







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