02
――
「――意地っ張りだし、そのくせ本音隠すのが上手いんだか、下手なんだか……」
「あー分かる分かる。最初からそんな感じだよ、ナツちゃん。」
「しかも、人の気持ち、全く考えねぇし。」
「それも、同感。」
―その後も延々と続く国崎とマスターの話し合い……
ってか、私の愚痴。
私は眉をヒクつかせながら、その拷問に耐えていた。
…おい、真剣なハナシはどうしたんだ?後半、私の悪口しか言ってないじゃん。
黙れや、クソ男どもが。そろそろブチ切れんぞ、コラァ。
かなり頭にキテいた私は、脳内で国崎を半殺しにするが、
「――…だからさ、ホントに分かんない。アイツの心はどうすれば手に入るのか。」
――それ故に、彼の唐突な告白に対処出来なかった。
セリフに気持ちが着いていけずに、いきなり心臓が跳ね上がる。思わず顔を上げた。
っな、なにをまたコイツは…!
「アイツの行動に振りまわされて、一喜一憂、気分が落ち込んだり浮いたり。…マジで、らしくねぇしダサいよな、俺。」
……え?これ、本当に国崎?
淡々と言葉を吐き出す彼に、私は驚いた。
弱々しい、掠れたような声は、平生の彼からは想像もつかない。
顔はもちろん見えないわけだが、多分疲れた感じだ。声の調子からして。
「おーおー、初々しいねぇ。」
…そして、それをわざわざちゃかすマスターは、かなりのツワモノだ。
国崎も口を尖らせた。
「…るっさいな。仕方ねぇだろ、こんなん初めてなんだから。」
「そこが、カワイイんだって。…んで、どーにも我慢できなくなった国崎クンはナツちゃんに告白したんだ?」
「…言い方ムカつくな。……あぁ、そうだよ。告って、見事玉砕。
簡単にオチる女じゃねぇって分かってたんだけど…流石に、面と向かって『嫌い』は効いた……」
ハァと大きなため息を吐き、がくりと国崎が項垂れた気配がした。
………………
…国崎、これが君の本音か?
何でこんな弱ってんのさ、たかが私に振られたくらいで。
気にするなよ。もう忘れろよ私のことなんて。君は最強俺様イケメン君だろう?
こんな姿、全然君らしくないじゃないの。
…胸が、痛い。ズクズクと膿んでいくみたいだ。
麗奈さんの時に感じた痛みは、彼女の同情或いは罪悪感だった。
――なら、これはどんな種類の痛みなんだろう?
「……でも、」
国崎はまだ続ける。
…もう、話すなって。分かったから。てか心臓が痛いから。ホントに。
「…どうしても、那津が欲しいんだ。断られたって諦められねぇ。」
「っ~~!!」
ボッ!!と音をたてて顔が朱に染まる。
爆弾投下。
顔面温度は最高温度41℃まで達しました。
どうすんの、これ。めちゃくちゃ顔が熱い。火傷しそう。つーか、する。
…なんっつー恥ずかしいことを、コイツはさらっと言えるんだ!!
自重!少しは自重しろっ色気の!!
理不尽な怒りを国崎に向けて、心の中で罵倒する。
その間も、心臓がありえない程速いペースをキープしつつ、鳴っていた。
…まだ正体不明の胸の痛みも、消えてないのに。
「へぇ~諦められない、ね。」
さらにその直後に、マスターのニヤけた顔が容易に想像できるようなセリフ。彼はくっくっと喉を鳴らして笑った。
…もう君ら、皆死ね。特にマスター、地獄に堕ちろ。何この羞恥プレイ。私を殺すつもり?
私は胸をぎゅっと押さえながら、2人に気付かれないようにそっとため息をついた。
……
…やっぱ、ダメだな………これは、本当によろしくない。捨て置いたはずの感情がまた戻ってきそうだ。
全然ふっ切れてないじゃん、私――
マスターはまた下に、というか私に目線を送りながら国崎に言った。
「……そっか、ホントに本気なんだね。」
「あぁ、」
まさに当然のごとくさらりと返す国崎。
……だからそういうコト言うの止め――
「……しかもアイツ、最後、様子がおかしかった。」
―!瞬間、びくっと体が反応する。
赤くなった頬が一瞬で白く変わった気がする。
……な、に?
「……様子?」
「俺のことが嫌いだって言う前、何かに怯えるような…そんな仕草をしたんだ、那津は。」
ドクン、ドクン。心臓が鳴る。やたら大きい音で。
「…あの怯え方は異常だ。絶対何かあった。」
ドクン、ドクン。
「…そうだな、何か嫌な記憶でも思い出したりしたのかもしれない。友人関係、学校問題、あとは…」
ドク、ドク。
「家庭の事情、とか。」
ドク、ン。
その言葉を聞いた瞬間、本気で息が止まった。そして、眩暈がした。またフラッシュバックが脳内で起こる。
「――っ、」
あまりの衝撃に私は頭を抱え、声にならない声を漏らした。
嫌悪と憎悪と苦しさで胸が痛む。視界が歪み、吐きそうなくらい気持ちが悪い。
――ちっ、
荒々しくなりそうな息を整え、忌々しげに、小さく舌を打った。
――やっぱり、国崎に会うわけにはいかない。
君は鋭すぎるんだよ。エスパーも大概にしとけよ?
何で、そうやすやすと人の事情まで見抜いてしまうんだ。
…会ったら、すべて暴かれてしまう。
私の気持ちも、誰にも言いたくない過去も―――
君は、危険だ。
私は鋭い棘を刺されたように痛む胸を押さえ、改めてそう思った。
―そこまで言った国崎は、ふっと軽く笑い、
「…ま、あくまでも想像だけどな。とにかくあいつは何か隠してる。そこをまた聞きださねぇと。」
ガタ、と椅子が動く音がした。
それを聞いて、あぁ、ようやく去ってくれるのか、と安堵する。
心はかき乱れ、動悸も激しいままだが、ホッと息をついた。
――とっとと帰れ。これは、この胸の痛みは、修復に時間がかかりそうだから。
「じゃ、マスター。そういうことだから、那津が来たら連絡して――「国崎君。」
――え?
席を立ちかけていた国崎にマスターが声をかける。彼だけでなく、私も怪訝に思った。
…何、何の用なのよマスター?
きょとん、と目を丸くする私にマスターは苦笑いをして、
「……ごめん、ナツちゃん。ここは国崎君を応援したいわ、俺。」
そう、呟いた。
―――ha?
え、え、ちょっと、待て。ま さ か ……
「国崎君、実はナツちゃん今ここに居るんだ。」
「はっ!!?」
……嫌な予感、的中。
マスターが『ここ』と指差した場所は、もちろん私の居るカウンターの裏だった。
――ガッシャーーーン!!!
それとほぼ同時に響く破裂音。
私はカウンターの裏を思いっきり蹴った。テーブルの上の食器や花瓶が音を立てて下に落ちる。
――国崎側に。
「っああ!なにしてんのナツちゃん!!この皿高いのにっ…「るっさいマスター、死ねハゲっ!!」
破片が飛び散り、マスターの悲痛な叫び声が聞こえる。
急いで身を引く国崎とは目を合わせず、立ちあがった私は、マスターに悪態をつきながら裏口まで走った。
扉を勢いよく開け、裏路地を抜ける。外は風が強く、私の黒髪を揺らした。
――っだああ!あんのクソ馬鹿三十路男!!
何、バラしてんだぁあああ!!!!
国崎に、見つかってしまったじゃねぇか!しかも、最悪なタイミングで!!
マジで殺す!!後で、マスターん家に火ぃつけたらぁあああ!!