04
――膝を抱えたまま目を閉じる。
だが、しばらくそうしたまま鬱鬱とした気分に落ち込んでいたら、ふと疑問が浮かび上がってきた。
――でも。
…もしも、あの時。あの人が私の内に現れなかったら、どうしていたのだろう?
あのまま国崎の腕に抱かれて、私は何を言っただろう?
心の中に、またさっきの出来事がよみがえる。国崎の顔を思い出す。
………………
……
――ドク、ン。
突然。心臓が大きく脈を打ち始めた。
「………あ、れ…?」
ドキドキドキドキドクドクドクドク。
心臓がさっきより、…いや、かつてない程活発に脈を打つ。
そしてその間、脳内スクリーンにはあいつばかりが映し出される。
笑ってる顔、ニヤリと嫌なことをたくらんでいる顔、マジギレしたときの顔、デートしたときの優しい顔、…最後、一瞬だけ見えた、切なげに歪んだ顔―――
さらには、走馬灯のようにいままでの出来事がフラッシュバックした。
――え、何コレ。脳内バグ?
私、死ぬの?室内で?いきなり?死ぬとしたら何死にあたる?
……近いとこで、心臓病?こんなに心臓がうるさく鳴ることなんて、今までなかったから。
――や、待て。違う。
顔に手をあて、思考の渦に身を投じる。頬は、自分でも驚く程熱を持っていた。
コレは知ってるぞ。昔、なんかの漫画で見たことある気がする。
まさか、もしかして、
私はうるさい胸をぎゅっと握り、
自分でも信じられないくらい、すんなりとそのコトバを口にする。
これは、この、感情は――――――
「………惚れ、た?」
………。
「……い、いや、待て。違う、おおおち、落ち着くんだ。」
その一秒後、
私はブンブンと首を振り、即座に自分の言葉を打ち消した。
――こ、これはアレだ。また国崎の毒牙にかかっただけだ。
前もあったじゃないか。国崎マジックにヤラレて混乱したことが。アイツに近づきすぎるとどんな女も思考がこんな風になるんだっ。
今回もそんな感じに違いない!
しばらく。そう、しばらく待ってたらこの動悸もおさまるはず………
……………………。
―しかし。
待てども待てども、一向に顔の朱色は引かず、脈も速くなっていくばかり。鼓動が胸全体で響き、息切れもしてきた。
…本気で病気ではないかと思う。思わず、病院の開始時刻を確認してしまった。
「……っ、何なんだよ…」
私はフローリングの上に寝そべると大きなため息を漏らした。
今夜の私はおかしい。疲れからなのか何なのか知らんが、異常すぎる。
……なにがって?
ずっと、ずっとあいつが――国崎聖悟が、頭から離れないんだよ。どうやっても。
ダルい体を起こして鏡を覗くと、耳まで真っ赤な自分が見返してきた。
―何あれ。赤過ぎでしょ。酔っ払ってんじゃないかと見紛う程だ。
―――もう、意味分からん。こんな女、私じゃない。絶対、どうかしてる。
…告白、原因はアノ告白だ。
男から告白なんて、初めてされたから動揺してるだけだ!それだけだよ、それだけ。別に深い意味は無い!
誰に言い聞かしてんだか、私は自分でうんうんと納得した。
「PLLLL……PLLLL……」
「―――!!」
すると突然。携帯の電子音が鳴りだす。
…私のだ、モチロン。いつも聞き慣れてるはずなのに、思わずビクッと体を震わせてしまった。
――マジで寿命縮んだ。空気読んでよね、この小型電子機器が。
やり場のない怒りを携帯に向け、その辺に放り出していた鞄を乱暴にひっつかんだ。
そして未だに存在を主張し続ける携帯電話を取り出し―――
動きを止めた。
『着信 国崎聖悟』
携帯電話の液晶に、確かにそう表示されているのを見たから。
「…………。」
まだ携帯は鳴り続ける。しかし私は取れない。取ることが出来ない。
――だって、何を話すんだよ?あんだけ叫びまくって、罵って。
気まずいにも程がある。
…いや、会話を無理矢理切って帰って来たワケだから、ヤツが電話してくるのも納得はできるが。
…何より驚いたのは、私の心臓が再び活発に鳴り始めたこと。
『国崎』と名前を見ただけで。
――これ、出たら今度こそ心臓壊れるかも――
そういう、わけの分からない恐怖もあって、なかなか電話が取れない。
「PLLL……PLLL……PLLL……」
コールが続く。
……諦めないな、奴も。早朝にムリヤリ取らせたこともあったしな。
忍耐力があるんだか、何なんだか。とりあえず、何が何でも私を電話に出させたいらしい。
………電源、切ろうかな…………
鳴りやまぬ電子音は無視し、電源ボタンにそろそろと手をかける…………と、
「………………あれ」
突然、プツっと電話は切れた。コールが途中で途切れたので、おそらく向こうから電話を切ったんだろう。携帯画面も通常に戻る。
……………なんだ、諦めたのか。
ホッと安心するとともに、何故か、あっけにとられたような、不服な気分になった。
…なんて、意味わかんねぇな私。電話取らなかったくせにね。フッと自嘲気味に笑みをこぼしてみる。
―ま、なにはともあれ、用無しになった携帯を机に置こうと手を伸ばし―――
「~♪」
「っわ、あああぁ!?」
そのまま、放り投げた。
――な、何、今度はナニ!?この携帯、呪われてんの!?
さっき以上にビックリした私はバクバク鳴る心臓を押さえ、放物線を描いてガシャンと床に落ちた、哀れな携帯電話をみた。
この音は、メールだが…………
不審に思い、チラと液晶部分を覗くと、また『国崎聖悟』の文字。
思わず、ため息がでた。
「……今度は、メールかよ…」
まあ、本人が電話を受け取らないんだ。自然な流れではあるけど……
私は立ちあがり、若干キズのついたブルーの携帯を取り上げる。
そして数分悩んだ後、ランプの光る携帯を開いて、彼のメールを読むことにした。
―メール読むくらいなら、いいか。返信しなきゃいい話だし。…別に特に支障は無い。うん。
自分への言い訳もそこそこに、若干緊張しながら受信ボックスを開く。
「――――!」
開いた瞬間、絶句してしまった。
――恐る恐る開けた国崎からのメールは、たったの4文字しか書かれていなかった。
『会いたい』
ただ、それだけ。
ただ、それだけだったのに。
詳細の全く書いてない、ただの文字の羅列に私はまた心を揺らした。
「…うわぁ………」
携帯を持ったまま、仰向けにゆっくり倒れる。白い天井がやけにぼんやりとかすんで見えた。
自分のカオは確認してないが、どうせ、朱に染まってるんだろう。フローリングのひんやりとした冷たさが、火照った肌にしみる。
「………マジ、か……」
―もう、流石に認めざるを経ない。
名前、電話、メール。それだけでこんなに乱される。
そんな怪奇現象の理由は、ひとつしかない。
――私は、国崎が好きだ。
ここにきて、ようやく私は自分の感情というものを理解した。
――しかし、
「……は、アホらし。」
私はすぐに冷めた表情を作った。
―理解したからといって、何が変わる?確かに、私は国崎がスキらしい。
でも、あいつに気持ちを伝えたところで、面倒なコトになるだけじゃないか。
迫り来る過激派女子とか、陰口、根も葉もないウワサ。そういうのも死ぬ程嫌だが、
―なにより、この感情が、面倒くさい。
国崎限定ではないけど、誰かを好きになるとか、愛すとか、理解できない。
『好き』とか『愛してる』なんて幻想、抱きたくない。
これじゃ、あの女と何も変わらないし、私はそんなの、絶対嫌だから。
だから。
―――こんな感情、消してしまえ。
私は芽生えた気持ちをひねり潰すように、国崎のメールを削除した。