03
「那津……?」
国崎はいきなり動きだした私を怪訝そうな顔で覗きこんだ。
―それはそうだろう。愛の告白をした相手が、いきなり無言で距離をとってきたのだから。
―しかし私はそれどころではない。いっきに正気に戻された、気がした。
――久々に見た、悪いユメで。
今度は違う意味で心臓がドキドキする。すごい量の汗をかいてる。
顔色も悪くなってるのではないだろうか。
「……那津、本当に大丈夫か?」
…そんな声で話しかけんな、阿呆。勘違いな私の心拍数が、また上がるだろ。
――そうだ、勘違い。これは勘違いなんだ。昔みたいなミス犯したら痛いぞ、自分。
……一体、何を浮かれてたんだろう私は。
愛とか、そんな虚像。
ずっと昔に信じるのは止めたはずなのに。
「……国崎。」
私は彼を制止し、至極ゆっくりとした動作で向き直った。相変わらず超絶カッコイイ国崎の呆けたような顔が月夜に照らされる。
――全く、バカじゃね?この私に、告白してくるとか。客観的にも釣り合うワケ、ないし。
一瞬忘れてたけど篠原さんとの約束もあるわけだし。
…それに、思い出したよ。
私には、スキとかいらないから。
だから、容赦なく―――
「……私は、君が嫌いだ。君なんか大っ嫌い。さっきも言っただろうが。もう関わんな!」
「…………!」
――振りきってしまえ。
高鳴る鼓動を全無視し、冷静な声のトーンまでもっていく。次第に顔の赤色も引き、無表情になった。
「っ……なん…で、」
国崎は私の雰囲気の変化に驚きを隠せない様子だ。
でも、私は淡々と先を続ける。
「……元々、私と君は『友達』のはずだろ。だから一緒に遊んだりとか、行動したわけだ。でもそれ以上となると、『恋人』となると話は別。―彼女なんて、誰がなるか。」
けっと悪態をつき、国崎を睨みつける。
「そんな面倒事はゴメンだ。愛とか恋とか私に求める方が間違ってる。」
「………っ、な…」
珍しく、感情むき出しな彼は絶句した。それを見てクスクスと揶揄するように笑う私。
「……何、そんな驚くこと?自分が振られるワケないとでも思ってたの?君。これだから自意識過剰の俺様クンは困るなぁ。」
―もちろん安い挑発だが、流石の国崎も、この状況下では冷静さを失っていたらしい。
カッと顔を赤くして、喰ってかかってきた。
「何だと…っもう一遍言ってみろ!」
私の両腕を掴み、強い口調で問い詰める。怒りまかせに見えるが、相当動揺しているようだ。
…瞳が、揺らいでいるから。
「…何度でも言ってあげるけど?私は、君が嫌い。要するに告白失敗ってわけ。分かった?」
「―っ」
驚愕を全面に出す、いつもの彼らしからぬ表情を見るのは辛いものもあったが、私は冷静に徹し、すらすらと鋭利な言葉を並びたてる。
「……ああ、そうだ国崎。それとさ、『友達』じゃないんならもういいよね?」
「………は」
彼の顔が、また歪んだ。
「もう、解放されてもいいよな?君らとのトモダチごっこも、ついでにこれで終わりでいいじゃん?」
「―っ!おい、那津!」
国崎の声を無視し、私は唐突に会話を切って助手席のドアを開け外に転がり出る。
「…じゃ、サヨナラ、国崎聖悟クン?これに懲りたなら、とっとと新しい彼女でも作れば?――私には、関係ない話だけど。」
そう捨てゼリフを吐き捨て、手を振る。
そのまま私は、振り向くこと無く走り去った。彼の呼びとめる声も聞かず、ただひたすらに。
―耳にはまだあの悪夢の声が反響していた。
――――
―――
――
――ガチャッ!ドタ、バタン!!!
「……はっ、……はぁ………」
息が切れる。自室の扉を勢いよく開け中に入ると、私は玄関にへたりこんだ。
「……くっ、は……っ、…気分、悪……っ」
吐きそうになるくらい精神的に弱ってる。うずくまったまま動けなくなってしまうくらいに。
………久々に、本当に久しぶりに、アイツの顔が出てきた。
でも昔よりはるかに鮮明に思い出した。…それだけで、こんなに心が不安定になるなんて。
…まだ引き摺ってるのか、私は。ハッ、全くアホらしい。もう何年も前のことなのに。
―でも、彼女の夢を見る度に、私は思い知らされるんだ。
自分の小ささ、取るに足らなさ、そして
「……愛、なんて所詮嘘だろ。」
『愛情』への憎悪。
ぼそりと呟くと、ズキっと、刺すように胸が痛んだ。
…は。何傷ついてんの、自分。悲劇の主人公にでもなったつもりなのか?自分に酔ってんのかよ、バカか。調子のってんじゃねぇよ。本城那津の分際で。
自嘲気味に自分を詰っているとだんだんと鬱な気分になる。
―本当、最悪な気分だ。どこまで私という人間は最低なんだろう。
―酷いことを言って、また人を傷つけた。遠ざけた。
悲しそうに私を見つめて来た国崎のカオが、また頭をよぎる。彼のコトを考えると、また心が痛んだ。
……でも、これでいい。よかったんだ。
つまらない女にひっかからなくてよかったな、国崎。そろそろ君も正気に戻ってくれることを祈るよ。
――こんな女。誰も好きになんかなるはずないんだから――
だから私は、独りで、いいんだ。
愛されなくても別に構わない。
最初から、そう言ってるじゃないか。何で放っといてくれないんだ。
どうでもいいじゃないか。私なんか。