02
――一瞬、ヤツが何を言ったのか全く理解できなかった。なんとか頭にその言葉が入ってきても、やはり意味はさっぱり分からない。
「……罰ゲーム?」
ようやく、目を見開きながら口から出たのはそんなセリフで。
「……あ?」
国崎は怪訝そうな顔を作った。
「…や、アレでしょ。よくある告白罰ゲーム。4人で何か賭けでもした?それで私が君にオチるかどうかとか?」
「……オイ、せっかくの人の告白を罰ゲーム扱いすんな。」
「いやいや、それしかないでしょ。―ああなんだ、友達として好き。とか?」
「俺、今ソレ否定したばっかだろ。」
「…………。」
私は首を傾げた。心からの疑問だ。
「…うーん、他になんかある?君が私にそんなこと言う理由。」
思いつかないんだけど。
「…頼むから、普通に考えろフツーに。何でそんな考えが屈折してんだよ那津は。傷つくぞ、流石に。」
国崎が脱力したようにそう言うから、私もまた考えてみる。
――フツー?普通って、何さ?言葉そのままって意味?
そのまま…『スキ』?
ってことは…………
―――!
バッと顔を上げ、真剣な表情を作って国崎の方を向く。
「………国崎、君、」
まさか。
「…私のことが好き、なの?」
「だから、そう言ってんだろ。」
「…それは、恋愛的な意味で?」
「そうだけど?」
「マジで、告白してる?」
「マジで。」
………………………
ポクポクポク。チーン。
「嘘だーーーーー!!!!」
突如、トマトのように顔を赤くした私は叫びながら国崎から飛びのいた。
「え、え、え、嘘だ、絶っっ対嘘だろっ!?」
「…たっぷり考えた末にそれか?ホントだって。何で人の告白、力いっぱい否定すんだよ。」
呆れたようにフッと笑みをこぼす国崎。
…いやいやいやいや!待て、嘘だろ普通に!!
何故、君が私に本気告白っ!!?
天変地異どころか、宇宙がそっくりそのままひっくり返るくらいありえねぇって!!
「く、国崎。待て、早まるなお、落ち着け!」
「那津の方が落ち着けよ。」
落ち着けるかぁあああ!!そんでまた徐々に近づいてくるんじゃ、ねぇーー!
じりじりと後ろに下がろうとするが、いかんせん、狭い車内である。すぐにドアに背がついた。
しかし、ヤツは進行を止めず、ますます焦る私。
「いやいや、マジで嘘だろ!てか、嘘にしとけっ!あと近付いて来んな!!」
「なに、しとけって。そんなん無理に決まってんだろ。」
「―っ!君、フザけてんだろ!私をからかってんだろっ!?」
「からかってなんか、ない。」
腕を掴まれた。それと同時に視線が絡まり、また私は動けなくなる。
「お前が、本気で好きなんだ。」
また国崎の熱い視線が絡まり、私を動けなくさせる。彼の言葉のひとつひとつが心に突き刺さり、反響する。目の前の男の瞳のなかの自分が、口を開けたままブサイクな顔をしているのが見えた。
――なんだ、コイツ。本気か?本気で――
「…頭、おかしいんじゃないの。」
「……………。」
一瞬の静寂が流れ、
「……はぁ、」
国崎は呆れたように息をつき、私を暗に責めたてる。
…でも、だってそうとしか思えないじゃんか。…国崎が私のことを好き、とか。ありえない。
あ、もしかして君、どっかで頭打ったか?
「…俺は正気だ。何でそう信じねぇんだよ。お前、人の気持ちを読むのが得意なんだろ?」
「……そんな、君じゃあるまいし。全然分かんないって。」
「大体、分かんない方がおかしい。逆に何でそうビックリするんだよ?別に隠してきたわけでもねぇのに。」
「や、最初っっからそんな可能性、排除してたから。ホントに予想外というかなんというか!」
わーわーと、自分でもワケ分からんセリフをぶつぶつ言ってたら。
「…那津。」
近くで自分の名をささやかれて、ぴく!と体が反応する。
て、低音ボイスとか卑怯だろ、この場面で!自分の名前なのに、まるで自分の名前じゃないみたいだ。
耳がゲシュタルト崩壊おこした。
「なぁ、那津。まだ信じられない?」
「……っ!あ、当たり前だろ!そんなイキナリ言われてもっ…」
だから接近するんじゃないって!さっきから心臓がうるさすぎる。
「イキナリじゃないし。……俺が誰にでもこんなことするとでも思ってんの?」
「こ、こんなことって……?」
「こんなコト。」
そして、また重なる唇。
「~~!」
「な?」
数秒後に唇を離すと、国崎は満足そうに笑いながら目を合わせてくる。
……『な』じゃないよ、『な』じゃ。もうヤバい。恥死量超えてる。
…コイツ、絶対顔だけで人殺せると思うんだが。私よりか、断然色気がある。
私は真っ赤な顔を左右に振って、なんとかこの男の魔力から脱し、冷静さを保とうとする。
そして口をとがらせ、反撃に乗り出した。
「……君、絶対おかしい。何で、私なんだ。」
「――は?」
「君ぐらいの男なら、もっとレベルの高い女をいくらでも落とせるだろ。なのに、何血迷ったこと言ってるワケ?」
女なんかよりどりみどり~なんだろ?
何で敢えて私みたいな女を選ぶかな、国崎君は。
「…血迷うって……」
「大方、普通の女子は飽きたから一風変わったヤツと付き合ってみたい、とか思ったんだろ。だったら私は止めとけ。即行で別れたくなるから。」
―そうだ。罰ゲームではないにしろ、『私と付き合いたい』なんて言う理由は、結局はそういうことだろ?だったら、止めておいた方がいい。
自分の性格は分かってるし、何の取り柄も無いし。
…激しく即返品をオススメするけど?こんな欠陥女。
「……んなの、付き合ってみなきゃ分かんねぇだろ。」
「わ・か・る!だから私は………「那津。」
冷たい国崎の手が頬に触れ、本日、2度めのフリーズ。
狭い車内でさらに彼は身を乗り出して密着してきた。
「何も、分かってねぇのな。」
「……あぁ?」
わ、脳内パニくりすぎて思わずチンピラみたいな声が……っ
…笑ってんじゃねぇぞ国崎、こっちにとっちゃ、由々しき事態なんだからっ!
「……くく、お前みたいな奴、他にいるかよ。俺は他の誰でもなく、那津がいい。」
そして何度目かのヤツの温もりと、
「マジで好き、だから。俺と付き合ってよ。」
懇願するような甘い声に、私の心臓が大きく鼓動した。
―――ドクドクドクドク
…ちょ、待てまて。テンポ速いって。ナニコレ。なんでまたこんなに活発に動くんだ私の心臓ぉ!!
早鐘のように鳴る心臓は……もうドキドキというか、バクバクって感じ?すごい苦しい。
止まれ、いや止まったら困るもう少し落ち着けと、バグだらけの脳内に意味不明な指令を送りながら、私はたまらず目を閉じた。
…………
……国崎が、私を好き?
アリエナイ。はぁー?だろ。誰がどう聞いても。
なんだ巨大エイプリルフールか今日は。ドッキリカメラでも出てくるの?そっちの方がまだ納得なんだけど。もしくは夢オチ?
本当に、嘘としか思えない。
――まさか、私を好きな人間が現れるなんて。
自分の中に僅かにある、オトメゴコロらしき物がきゅっと反応して、また顔が紅くなる。
……何だ、キモイぞ私。こんなの、私じゃないでしょ。
今鏡見たら、絶対自分を殺したくなるわ。
――とは思うものの、
今まで感じたことのない不思議な感情に戸惑い、国崎の方はどんな顔をしているのか気になった私。
羞恥心を抑えそっと薄目を開けて彼の顔を確認しようとした、
瞬間。
バッといろんな映像が胸の中に過ぎ去った。―というより、瞼の裏に映し出された。
私は目を見開く。
篠原さんの勝ち誇ったような顔と、麗奈さんの泣き出しそうな笑顔。
そして―――
「……アンタには、分からないわね。一生。」
―昔々の、記憶の隅に閉じ込めていたはずの、あの女のカオ。
「――――!!」
私は瞬時に国崎から飛びのいた。