君の名は
pipipi…pipipi…
無機質なアラーム音が、狭いワンルームに響く。
「……ん…。」
どうやら我が家の目覚まし時計は、今日も正常に役割を果たしてくれているらしい。
私はスヌーズ2回目でようやく布団をはねのけるのに成功した。
「……ふぁ……」
特大あくびをひとつかまして、寝ぼけ眼をこする。
―私、本城 那津は超低血圧人間であり、さらに二度寝の常習犯でもあるので起きるのに毎回ひと苦労なのだ。
しかし今日はいつもよりは気持ちよく目覚めた感じだ。…いつもよりは、ね。
何故かというと昨日の出来事だ。
全く不本意ながらもしぶしぶ参加し、かきまわすだけかきまわした合コン。
あの人たちがあの後どうなったか、想像するだけで笑えてくる。
見事にフラれて絶望したか?
それともなんとか押し切ってテイクアウトに成功したかな?
…クク、やっぱ性格悪いね、私も。自分で言うのもなんだが。
まぁ実際どうなろうが、私には関係無い。
昨日の私はもういない。あるのは今の『私』のみ。
今後はあのギャルたちに関わらないようにしよう。そしたらあの人たちも段々と記憶から消してくれるだろう。
怒りもさっさと冷めてくれることを願おう。
あのイケメンたちにももう会うことは無いだろうから、気にしなくていい。
―両者とも、また新しい出会いを勝手に求めちゃって下さい。
ただし私に関係の無い所で。
――よし。
昨日のことはもう消去しよう。無かったことにしておこう。そうしてまた私のつまらない日々の始まりだ。
エンジョイ・マイ・オリジナル・ライフ!!
やっぱり人生には多少の面倒くさいイベントもあるよなー。今回、勉強になった。
今度はああいう人種の上手いあしらい方を研究せねばな。応用させりゃ、結構使えそうだ。
―なんて考えながら、
合コンことなどすっかり過去のこととした私は、
いつもの通学路を歩き、いつものように通行人に交り、大学に入り、講義を受け――……
――だがしかし『いつも』のように済んだのは、ここまでだった。
昼下がり。
私は例によって昼食を食べ終わった後、小説を開き携帯音楽プレイヤーを鳴らして自分の世界に浸っていた。
今日は天気がよかったので、大学内にあるオープンカフェの白いイスに座ってカフェオレを飲みながら。
なんとも快適、かつ優雅な空間。
「何、読んでんの?」
それを突如ブチ壊したのは、背後からの一人の声。イヤホンをつけていてもよく聞こえた低く甘い声。
―ものすごく聞き覚えがあった。しかも、ごく最近。正確に言うと、昨日。
つ ま り … ?
私は恐る恐る後ろを振り向き…絶句した。
そこには。
私の座っている席の後ろにはなんと、
もう会うことは無いと思っていたイケメン――あの、3番目の――が、いたのだ。
って、えーー!?
ななな、なんですとーーーっ!!?
「…っ何で、ここに!?」
慌てて本を閉じ、鞄に突っ込む。
柄にもなく動揺して、他人のフリをすりゃよかったのについ声に出してしまった。
男は気だるげに椅子の背にもたれかかり、フッと軽く笑う。
「…だって俺ここの大学の理学部だし、専攻。聞いてなかった?」
その言葉にまたも絶句。
おいおい、妹の彼氏の~ってくだりはどうした!?ギャル子!こんなに近くにいるじゃねぇか!!いや、自己紹介聞いてなかった私も悪いけど!
「那津。」
若干パニックに陥っていた私にヤツの声が降りかかる。ゾクリと背中に悪寒が走った。…危険信号だ。
頼むから名前、呼ばないでくれるかな。この男、声にまで色気があるようだ。
―しかし、私の気持ちなど露知らず。男は眉根に皺を寄せながら続きを話した。
「それで、何で昨日帰ったんだ?バイトじゃなかったんだろ?」
確信を秘めた、やたら責めるような口調もプラスして。
……バレとるーー!!?いや、バイトはあったけど!いや、若干嘘だけど!
しかも何でコイツ、こんな不機嫌(?)ぽい顔してんの?
意味分からんっ!てか、美形ってなんでこんなに迫力あるのさ!?怖いよっ!
…いつもの冷めた私はどこへやら。思考回路はショート寸前♪ってこんな感じだろうな…。
まだ5月だってのに、変な汗が止まらねぇよ、ハハ…。
――それでも、なんとか冷静さを取り戻そうと努力する。
落ち着け、本城那津。ここでうろたえたら、もうなんかグダグダだ。
そんなグダグダな女になんかなりたくない。そうだろ?
自分の日常を取り戻すんだろうが。これくらいするっと切り抜けろ。
…よく考えたら、慌てる必要は全くないぞ。悪いことは(多分)してないはず!
自分で自分にエールを送りながら、私は今日初めて男と目を合わせた。
綺麗な茶髪と切れ長な瞳が視界に入る。男は改めて見ると本当に整った顔をしていた。
私はそれに少し気後れしてしまいそうなのを押し込めて、
「…いや、ホントにバイトだったんで。」
シンプルかつ余計な内容を含まない返答をした。
…ま、本当のことだし。若干ね。
すると、ヤツも私の方を見てニヤリと笑った。
「…へぇ?計算じゃなくて?」
…………え。
表情が固まった。
今度は別の意味で背筋が凍る。ブワっと、嫌な汗も吹き出る。
……何だこの男。何を言ってるんだ。
「…何が計算だって言うんですか?」
かなりのショックを受けながらも、慎重に聞いてみる。
ここは本当に陽のあたるテラスなんだろうか?さっきまで暑かったのに今ではシベリア並みに寒く感じるんだが。
私のリアクションに満足そうに頷いた男。またもニヤリと笑いながら至極楽しそうにまだまだ話す。
「全部。最初っから最後まで。今のそれが素でもなさそうだな?まだ少し違和感あんだけど。」
そっけなく言い放たれたその言葉に、コイツはすべてを理解している、と思った。
衝撃音。
ガーンと頭を殴られたみたいにヤツの放った言葉が頭に響く。
…あぁ、こいつは、やられた…
昨日の茶番が全部見破られたってのか。この男に。この私が。
……嘘だろ?
よほど私が変な顔をしていたのか、目の前の男は吹き出した。
「くくっ、何その驚いた顔。俺に言わせりゃまだ白々しさが残ってたよ、昨日のキャラ。まだまだ未熟だな。」
うるせぇ。
ピキッと額に青筋が浮かぶ。
―あのな、私はあのキャラ作りには自信があったんだよ。
それをあんな短時間で、しかも君みたいな男に見破られるなんて思ってもみなかったからショック受けてんだよ。放っとけよ。
私は目だけで男にそのように伝えると、ふとあることが引っかかった。
コイツに分かったんなら、他の3人にもバレたんだろうか?
『キャラ作られる』ってなかなか良い気分じゃないよな。それで文句つけに来たのか?それとも単にあざ笑いに来た?
…どうであれ、何か逃げたくなってきたな。ダメかな。
この男、このまま側にいると危険だ。
ホント予測不可能すぎて、次に何が来るか全く分からない。マジで有害以外の何物でも無し。
「黙ってないで、なんか言ってよ那津。」
あーもう。
今考え中だから話しかけるなって。あと呼び捨てヤメロ。昨日知り合ったばっかの癖に何その親しさ。
まあ、でもずっと黙っているわけにもいかない。私は口を開いた。
「…気付いたんだ?どうして?」
肯定。そして何でもないフリをして理由を問う。
…内心、ボロボロなわけだが。
まったく、今まで親にさえ気付かれずにコレで中・高を乗り切ったってのに、よりによってこんな性格の悪そうなヤツにバレるとは…なんとも屈辱的だ。
ぶつくさと心の中でぼやく私をヤツは笑みを崩さないまま覗き込んできた。
「まあ、俺もお前と同じ…ってか、似たようなもんだし?と、いってもレベルが違うけどな。」
「え…」
私はヤツの言葉を心の中でリピートして考えた。
『同じ』、だと。
ああ、そういえばコイツも昨日と性格が違うな。
…なるほど、多重人格者か。
多数の性格を使い分け、人と表面上の付き合いをするヤツ。確かに私と似たようなもんだな。
ふーん。それで親近感(?)が湧いて私に近付いたのかな。
…そのまま放っておいてくれたらよかったのになあ。
やっぱ珍獣扱いか。ちくしょう。
私は、はあと息をついた。
――もう、それだったら。
「…ふう、だからあんなに私を見てたってわけ。穴があくかと思った。」
いいや、面倒くさい。素でしゃべってしまえ。
この男の前ではとぼけたって無駄だろう。
私がなんか気にくわないことをしたのなら、素直に謝ろう。そんで静かに去ろう。それが1番てっとり早い。
すると私の変化に気付いたのか、ヤツは口角をあげた。
そして嬉しそうな笑みを浮かべる。ニヤニヤ笑いでないホンモノに近いもの。
『やっと正体を現しやがったな…』みたいな?
………私、悪役じゃ無いんだけど。そして君もどっちかっつーと悪だろ。
「…うん。お前はなんか俺と同じニオイがしたから。」
そう言いながら、ヤツはいつの間にか私の目の前の席に腰掛けていた。
…ちょ、それ困るな。
コイツは性格はともかくとして外見は文句なしにカッコイイ。
なんか、テラスにいる他の女子たちがめっちゃこっち見てるんですけど。
…明らかに敵意こみで。
…オーケイ、みんな、落ち着こうじゃないか。
コイツと私は知り合いですらないぜ?というか、むしろこっちからテイクアウトをお願いするよ!
誤解してもらっちゃ困るな、ハハハハーーー……
………
「…オイ、お前いきなりひとりで考え込むタイプ?言いたいことあるなら、口に出して言えよ。」
ハッと気付けば、不審そうな顔が私を見ていた。
―おっと、いけない。トリップしてた。
ちなみに考え込むのは私の癖ですから。直すつもりもありませんから。
「…えーっとゴメン。それで君は何の用で来たわけ?文句でも言いに来た?」
――さて、気を取り直して本題だ。
とっとと済ませて、コイツとはさっさとおサラバしたい。
罵倒でも何でもどんと来い。免疫ならギャルたちとの対戦でついたから。
しかし予想に反し、彼は怪訝そうな顔を作った。
「は?お前に何の文句があるんだよ?むしろ、言うんならあの女どもにだろ。」
アレ、そうじゃないんだ?
さらに彼は美しいお顔の眉間にシワを寄せ、苛立ったように吐き捨てた。
「全く、那津が帰ってから散々だったよ。場が完全に白けちゃってさ、俺も他の3人もお開きにしようって言ったのに、あいつらすがりついて止めようとしたんだぜ?しかもスゲー顔で。
あれは引いたな…つーか萎えた。」
ほほぅ。それは俯瞰して見たかったな。さぞ恐ろしい顔だったことだろう………
ていうか君、結構饒舌に話すじゃん。素は案外おしゃべりだったり?
「あー、それはご愁傷さま。」
「人事だな。お前のせいだってのに。」
「ま、そうだけど。つーか私、あの合コンつぶそうと思って参加したし。」
「あ、やっぱそれが目的か。ハハッ、性格悪いなー那津は。」
「君こそ。お互いさまでしょ。」
それから私と彼は昨日のギャルたちをネタに、時折毒を吐きながら話した。