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脳内計算  作者: 西山ありさ
本編
48/126

02



―――

――



「……ねぇ那津、本当にいいの?」

「ん?何が?」


部屋からこれまた煌びやかな廊下に出たとき、麗奈さんに呼びとめられた。篠原さんは先に行ったから、ここにはいない。

私と麗奈さんが広い廊下の中央で向き合う。


先程から終始無言だった彼女の様子は……なんか変、だ。怒っているわけでもなく、悲しんでいるわけでもない。

そう、私を心配している……ような。

………何故に?


「…なにがって、国崎君とのことよ。もう彼とは会わないって、本気?」

「?うん、そのつもりだけど?…麗奈さんもその方がいいんじゃないの?」


なにを、そんなに心配してるの?

恋にお邪魔なヤツが消えるだけじゃん。好都合でしょ。君にとっては、むしろ。


私は首を傾げたが、麗奈さんは俯いてしまい、顔が見れなかった。

無言でそのままの体勢を保っていた彼女はしばらくすると、ギュッとこぶしを握りしめ、決心したように私に視線を向けた。



「……ううん、私、聖悟君のことは諦めることにしたから。」

「……へ?」



何だって?

その衝撃の一言に、私はポカンと口を開けたまま固まってしまった。


「…なんで?」


…さっきから疑問符ばかりだな、私。

…でも、本当にワケ分かんない。あんなに泣いて苦しんでいたのに。君。しかも国崎と私のことを問い詰めて来たじゃないか、たった今。


怪訝そうな顔を作る私を見つめ、麗奈さんは静かに微笑みながら続ける。


「…私ね、那津の話を聞きながらいろいろ考えたんだけど、彼が幸せならそれでいいって、最終的に思うようになったのよ。」

「しあ、わせ?」

「そう。だから国崎君を応援したい。」

「…………」


国崎の応援って……何だ?何が、国崎の幸せ?

全然分からない。けど、


「……それで、君は本当にいいの?」


麗奈さんが自己犠牲を払おうとしてるのは分かった。


彼女の穏やかな目に、不安げに瞳を揺らす自分の姿が映る。

だが、それでも麗奈さんは、綺麗にほほ笑んだ。


「いいのよ。那津の話で決心がついたわ。…それにね。私、那津になら負けてもいいって思えるもの。」

「え?」

「消えるのは私の方にするわ。聖悟君にもそう言われたんでしょ?」

「…え、ああ……そうだけど…」


何で、知って…?


「―だから、貴女は聖悟君の傍にいなさい。」


呆気にとられる私を余所に、麗奈さんはキラキラした笑顔でそうしめた。

その顔は本当に晴れ晴れとした様子で、なんか色々とふっ切れたみたいだ。


…対照的に、私は頭の中がパンク寸前で。もう彼女が何言ってんのかすら理解できない。



「……っ、麗奈さんそれどういう――

………むぐぁっ!?」



疑問を晴らそうと、私はさらに問いかけるセリフを言おうとしたのだが、途中でいきなり目の前が真っ暗になり、何か大きなもので包まれた。

そのまま腰辺りに手を回され、キツク抱き締められる。


……え!?また真っ暗じゃん!なに、何コレ、誰?


あまりのことに体が硬直する。またもや混乱に陥った私の耳に、麗奈さんの落ち着いた声が聞こえてきた。


「あら、こんばんわ。……遅かったのね。」


「………どうも。」


「――!」


麗奈さんに言葉を返した人物は、

私のすぐ傍で聞こえた、馴染みのある低い声の人は、

会話のネタであった、国崎聖悟本人だった。



――



身体を抱いている人物が特定されるや否や、私は腕をぐっとつき出して暴れだす。じたばたと、それはもう、勢いよく。


―てか、ナンデ君ガココニイルンダ!?


そして来てすぐこの状態って何事っ!?頭、狂ってんじゃないか?こいつ。

…篠原さんがこの場にいなくてマジで良かった。約束ソッコーで破ってるし。


「く、国崎!?なんでここが…「うっせーな、黙ってろ。」


…うぁ、いつもより口調荒っ!なに、コイツも怒ってるの?

ちょ、涙目なんですけど私。本気で怖いんですけど。


――しかし、あまりにも彼のオーラが黒いので、私はしぶしぶその場で縮こまってるしかなかった。

その間、麗奈さんと国崎の会話が続行される。


「…じゃあ、那津を連れて帰ります。色々とありがとうございました。」


…保護者か君は。コイツが親父だったら私泣くな、きっと。


「そう、見送りはいらないようね?」

「……はい。」


…わ、麗奈さん、なんて穏やかな笑顔。私もそんな顔がしてみたいもんだ。無理だけど。…最近は特に。


ニコニコほほ笑む麗奈さんと、顔が見えない国崎。

何だかピリピリした微妙な空気の中、じっと息をひそめて、私は彼らの会話を聞くことに徹した。

――つーか、それしかできないんだけどさ、この状況では。

口をはさめる雰囲気でも無いし。


「…ねぇ、聖悟君。」

「……何か。」

「ふふ、そう身構えなくてもいいわよ。…これで、最後だから。」


――最後、だって?

私は驚いて顔をあげようとしたが、またもやたくましい胸板に頭をおしこまれる。

まるで――お前は、何もするな、とでも言いたげに。

……横暴な。


しばらくの間。

があいて、すうっと息を吸い込んだ麗奈さんが静かな声で続けた。


「…あのね、貴方にとって私は鬱陶しい女だったかもしれないけど、私、聖悟君のこと、本当に好きだったわ。」

「…………。」


国崎の体の隙間から覗き見た麗奈さんの表情や声は真剣そのもので。私は思わず変な顔を作った。


…ええ?何を言い出すんですか、麗奈さん。

1年越しの告白を何故今言うんだ?しかも、コレ私、超邪魔じゃないか。

激しく立ち去りたい……彼女の声を聞くのが、なんか怖いし。


……しかしソレすら許してくれないのが国崎という男で。

私はもはや、腕すら動かせなくなった。―拘束力、半端ない。


「…貴方は覚えてないわよね、入学式のとき、私を助けてくれたなんてこと……でも、その時から私、聖悟君に片思いしていたの。」

「……そう、ですか……」


国崎が今何を考えてるのかは全然分からないが、回された手が少し強くなったように感じた。


「……まあ、返事なんかいらないわ。もう分かり切ったことだし、ただ聞いてもらいたかっただけだから。それに、貴方にはもう好きな人がいるみたいだし?」

「………すみません。」


麗奈さんはふっと息を吐くと、笑いながら軽い口調で言葉を紡ぐ。


「…っふふ、別に謝ることなんてないわよ。私と貴方の好きな人が違っただけ。そうでしょ?好きな子がいる男を追いかけることほど難しいことは無いから……」


彼女は言いながら、腕の間からひょっこりと顔を出す私に笑いかける。


そして、



「だから、私はもう、退散するわね。」



高宮麗奈は、キレイに、あまりにも鮮やかに笑った。


でも、何処か胸が切なくなるような笑みに、私の心の奥はズキ、と痛んだ。

彼女の心と繋がっているかのように、私の胸がきゅうっと、締めつけられるように痛む。

麗奈さんの気持ちが、じかに伝わるように。


「……っ、」


その苦しさに、息が詰まったようにかける言葉を亡くした。

そして、実感する。

――この人はホントに国崎のことを諦めたんだ、と。


冗談かと思ったが、彼女の言葉ひとつひとつに本気を感じた。

これは、真面(マジ)なハナシだ。笑えないジョークには出来ない。


―そう思うと、自分が失恋したわけでもないのに、すごく胸が苦しくなった。

別に、何の責任も感じてるわけじゃない。

ただ、苦しい。


「……高宮さん。」


ふいに、国崎が発言する。

表情は相変わらず見えないが、麗奈さんと同じく真面目な口調。

だが、


「…何?」

「アンタは、いい女だな。」

「………へ?」


真剣な声から一変。明らかに口調の変わったヤツに、私と麗奈さんのマヌケな声が重なった。

彼女の方は無意識に声を出したんだろうが私も結構驚いてしまった。


――アレ、素じゃね?この国崎。


しかし、私たちの反応などお構いなしに国崎はまた話しだす。


「美人だし、潔いし、俺には勿体なさ過ぎて、付き合うなんて出来ない。もっといい男がお似合いだよ。」


国崎の腕が緩み、私が解放される。今度は肩に手を置かれ、彼の隣に並んだ。


私がヤツを見上げるとヤツとも一瞬だけ目を合う。

だが、すぐに彼は前方を向き、



「ゴメン、ありがとな。」



国崎聖悟は、最後にそう締めくくって、ニヤッと、笑って見せた。


「………………。」


瞬間、麗奈さんは無言のまま、そのまま石化したように動かなくなってしまった。


「れ、麗奈、さん?」


顔の前で手をふってみるも、反応ナシ。


え、大丈夫か?この人。てか、何でいきなりフリーズ?


そんな彼女を背に、国崎は恐る恐る麗奈さんの顔を覗きこむ私の腕を、引っ張った。


「じゃ、行くぞ。那津。」

「…って、えぇ?ちょ、この人このまま放っとくの!?しかもナニ綺麗に終わろうとしてるわけ!?全然分からん!」

「いいんだよ。終わったんだから。」


いいわけねーだろっ!

麗奈さんはあんだけ君一筋だったんだぞ!?それで、ここにきて『ハイ、もう終わり』!?

人の気持ちがそうコロコロ変わってたまるかっ何か相当なコトがあったからだろうが!


…あーもう分かんね。誰か、ぷりーず説明!!


「だーーっ、ハナセ国崎!麗奈さんに聞っ……「必要ねぇ」

「でもっ……」

「那津。」


自分の名前を呼ばれ、声も動きも止まる。顔を上げた瞬間、ぶつかった視線が妙にアツかった。


「いいから来い。さっさとしねぇと、俺、本気で何するか分かんねぇぞ?」


―――!!


今度は私の顔がフリーズする。


あ、……あぁ……またでたよこの男のブラックサイド……!

ここ最近、何回やってんのそれぇ………

また体感温度下がって来たんですけどっ!?


そんなの、


「…あ、う、はい。行きます。」


こう言う他ないじゃない。へタレな私は。


結局、ヤツに引きずられながら、私はこの豪勢なお屋敷を後にしたのだった。


――広い廊下に、高宮麗奈ひとりを、残して。






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