02
途端に、黒髪を揺らし勢いよくこちらを振り向く篠原さん。
私は意地悪く、笑った。
「へぇ、口、聞けるじゃん?」
「……っ」
しまった、というように彼女は顔を紅潮させる。
「まー、嫌いなのはホントだけど?君は自分のことしか考えないから。いわば、自己中だねー。」
彼女を眺め、にこにこしながら全く穏やかでないことを吐く私。
……あー、言いたいことは言ったはずなのにまたモノ申したくなってきた。
ゴメン、小さい女ですから?ワタクシ。
息を吸い込み、笑顔を作ったまま話し出す。
「…大体さぁ篠原さん、人を人とも思ってないもん。そりゃ国崎だって逃げ出したくなるよ。君みたいなストーカー女、恐ろしすぎるから。
しかも関係ない人を誘拐してボコるって、手が古すぎ。コレ、何年前のドラマ?マジないわー。
あとさ、今、何時だと思ってんの?一日にこんなイベント盛り沢山じゃ、疲れるって。こっちの都合も考えてよ。それにさー……」
ベラベラベラべラ。
マシンガンのごとく口が動き、言葉が出てくる。…体は超疲れてるのに、口だけこんな動くって不思議だな。
「…………」
篠原さんはポカンと口を開けたまま、私のセリフを聞いている。
「…ナツちゃん……」
「スゲェ…やっぱ怒ってたんだ。笑ってるけどなんか笑顔が黒い…!」
斎藤の呆れた声&水谷の感心したような声が聞こえたが、口が忙しい私は何もツッコまない。
ザ・スルーだ。
ただただ、今までのストレスをぶちまけた。
―――
――
「……な、ナッちゃん。そろそろストップしたら……?」
「多分、もう20分ほど経ってるよ…?」
「…だって!だから………ん?アレ、もうそんなに経った?まだまだ話せるのにー。」
――完全に日が落ち、夜も更けてきたころ。
誰が点けたか知らないが、電灯が煌々と灯り、薄暗い室内を照らす。
そこには、ぐったりとする斎藤、水谷、そして篠原さん。
対照的に、蘭々と目を光らせ、さらに言葉を紡ごうとする私。
――が、映し出されていた。
えー?何で皆そんなに疲れてんのー?
「…………はぁ。いいわ、いい。…もう、分かったから。」
最終的に、篠原さんまでそう言いだした。さらに「コイツヤバいわ」みたいな目で見てくれる。
―よせやい。そんな目で見られると、照れるぜー(黙れ)
「あ、ホント?言いたいこと分かってくれたー?」
「…ああ、ええ、うん。ハイ。もうなんかボロボロよ……」
心身ともにホントに疲れてるような様子を見せる彼女に、私は一応満足した。ふっと笑顔がこぼれ出る。
「ん、じゃーいいかな。…斎藤、水谷。そろそろ帰るよ。」
そう後方の彼らに言いながら、踵を返そうとすると、
「ああ、……ってええ!?いいの!?これで!」
斎藤の、驚愕に満ちた声が追ってきた。
「えー。いいも何も……私は満足したし?」
ここまでやるつもりは、無かったけどね?
「っ、だって!そんなに痛い目に遭ったのに?」
「あーいいの、いいの。こんなん、どうせすぐ治るし。疲れたからもう帰りたいわ。」
「…………。」
どこか渋い表情を作ってじっと私を見る斎藤。しかしやがて諦めたように肩をすくめた。
「………ま、ナツちゃんがそう言うなら俺らは何も言わないけど……」
彼は嘆息しながら静かに私の肩に手を回すと、
「……次、こんなことが起こったら、どうするか分かんないからね?」
鋭い眼差しを、篠原さんに向けて放った。
「………!!」
疲れ切ってる中、一瞬で体感温度零度を体験した彼女は、ブルッと体を震わせ、
「…そ、そんな気持ち悪い女、頼まれたって、もう近付かないわよっ!!」
捨てゼリフを吐くと、また俯いた。
―流石、斎藤。しっかり釘刺したね。
私は斎藤にフッと笑いかけると、再度篠原さんの方を向いた。
「…じゃ、私はそろそろ行くけど……」
そして、彼女の瞳を覗きこむ。
「…な、なに?」
「……そうやって可愛げのある未央チャンの方が、私は好きだよ?」
鮮やかな、笑みを残して言ってやった。
「っ!!?」
突如顔に血が上り、真っ赤になった彼女。
―こういうトコ、可愛いんだけどな、と思いながら私はまた口を開き、
「ちゃんと改心して、人のこともっと考えられるようになりなよ?そしたら国崎レベルの男なんて、一発で落とせるからさ。じゃーね。」
ヒラヒラと手を振りながら、斎藤とドアを目指して足を踏み出した。
――
よろよろと、コンクリートを踏みしめる。
…うう、カッコつけてあんなこと言ったけど、やっぱまだ痛いや……
「大丈夫?」と声をかけながら支えてくれる斎藤に相づちを打つ。
――と私はふと、聞きたかったことを思いだした。
斎藤の方をちらりと見る。
「……あ、そうだ。斎藤。さっきの質問答えてよ。」
「…さっき?」
「うん。あの、何でこの場所が分かったかってヤツ。よく探せたよね?」
「ああ、それは―――」
「…な、何なのよ、あの女……!」
「まだ顔赤いよー、未央チャン?」
「う、うるさい、水谷信二っ!気安く呼ばないで!!」
「ハイハイ。…………あのさぁ、聖悟はもう諦めた方がいいぜー?ナッちゃん相手じゃ勝ち目無いって。」
「っ何で!?」
「だって―――」
「麗奈さんが見つけてくれたんだよ。」
「聖悟とナッちゃん、もうチューまでしたらしいから。」
「なつぅうううぅ!!!」
――斎藤のトンデモゼリフと、
案外近くで聞こえた、水谷の何言ってんだコノヤロウセリフと、
私の名前を呼び衝撃音と共に彼女が現れたのは、
全く、同時だった。
「…………」
―全員の動きが止まり、何度目かの静寂が辺りを包む。
通常の人間なら一時停止するのが普通だろう。
もうどうリアクションすればいいか、分かんないような状態だ。
「………っ、え……う、はっ!?」
一番に発声したのは私だったが、
視線をあちこちに飛ばしながら、言うべきことを見失ってしまった。
……
…あ、いや、ちょっと待とうか。これ、どこからとっかかればいい系?
斎藤に理由説明させる?水谷のセリフの弁解?それとも、彼女の対処?
…おいおい勘弁してくれよジョニー…
突っ込みどこ、多すぎるぜ?俺に全部拾えと?
――しかし、展開は待ってはくれない。
混乱する私を余所に、入ってきた人物は突然抱きついてきた。
「那津ぅ!!大丈夫!!?」
…もちろん、相手は例の、高宮麗奈お嬢様だ。
見てるだけで男はイチコロであろう上目使い+涙目で私の腰あたりにひっついてくる。
…色気の無駄遣い禁止令。誰を悩殺する気だ?君は。
私はどうしたものかとため息をつき、一応返事を返した
「……うん、大丈夫…」
―だから、とっとと離れろ。
押しつけられてる腰とかアバラが痛いから。
「ああ、よかった無事で!居場所はすぐ分かったんだけど、うちのSPに連絡を取ってたら手間取って来るのが遅れてしまったの、ごめんなさいね……。あ、でも那津、貴女ヒドイ怪我してるわ!すぐに手当てをしなきゃ……」
私の心の声は聞こえないらしい、基本KYの麗奈さん。
私にしがみついたまま落ち着きなく話し続けた。
って………は?居場所はすぐ分かった?SP?なんのこっちゃ。
「……麗奈さん、君どうやって私の場所を…」
「…ああ、那津の携帯のGPS機能を使って場所を特定したのよ。
ウチの社員は優秀だから。……って、そんなことはどうでもいいわ!何されたの?警察は呼んだ?あと……」
…以下、略。なんか同じような事繰り返していた気がするが聞いていない。
――や、どうでもよくないっすよ?高宮サン。
胸はって言われても、それ普通にやっちゃいけないことだろ!
てか、そんなことしたのか!?怖ぇよっ!!