ヒーロー登場?そして…
――びっくりした、なんてもんじゃない。
予想だにしなかった登場人物たちに私は驚愕に目を見開き、呆然と彼らを見つめた。
…えっ、なに、幻覚?私、ついに目までイカレたのか?
「……ちょっと、ナッちゃん?せっかく助けに来たんだから、もっと喜んでよー。」
「ま、ここまで来るのに結構時間かかっちゃったけど。遅れてゴメンね。」
しかし、私に近付いてくる2人は、間違いなく水谷・斎藤両人だった。
―軽い口調で話してはいるが、2人とも、表情は全く笑っていない。
「っ、な、なんでここが……っ!?」
いち早く我に返ったシノハラさんがおそらくここにいる誰もが思っているであろうことを、代表で叫ぶ。
私以上に驚いているらしい彼女の顔は真っ青だ。他の人たちも、ざわめき始める。
「………。」
斎藤と水谷は私の前まで歩を進めると立ち止まり、私のヒドイ有様に顔をしかめる。
そして、くるりと声の方を向いた。
「……そんなコト、別にどうでもいいでしょ。」
いつもとは違う、斎藤の刺すような冷たい声。
「それよりさ、―俺たちのダチに、何してくれてんの?」
その恐ろしいほどの迫力に、私は震えあがった。
「……っ!!」
息をのむ音がやたらハッキリ聞こえた。
私ですら恐怖を感じたくらいだから、シノハラさんが受けたショックは半端ないだろう。
彼女にはもはや顔色が無かった。青どころか、白。みたいな。
「―で、誰がやったのかなー?これ。女の子に暴力ふるとか、サイテーだぜ?ええ?」
水谷も斎藤の後に続いて、シノハラさんその他を威嚇する。…コイツも普段と全然違って正直、近寄りがたい。
「とっとと出て来たら?それとも、ビビってんの?」
「俺らも暇じゃねぇんだけど。」
ポケットに手を突っ込みながら飄々とけなしまくる彼ら。
…ホントに、ヒーロー、か?どっちかっていうと真の悪役登場、ってカンジですけど!
しかも、もう誰ですかレベルだろ、このオーラ!何だ、君らトランスでもしたのかっ!
「……っち!いい気になってんじゃねぇぞ!」
私が頭の中で色々と突っ込んでいる間に
彼らのブシツケな態度にいらついたのか、助走をつけながら男Aが斎藤の方に拳を振り上げた。
――!
斎藤に迫る男を見て、私は息をのむ。
…や、やばくないか?
さっきから啖呵切ってるけど、斎藤って強いの?見た目、虫も殺せないような優男だよ!?
マンガとかなら、こういうタイミングで現れるヒーローって普通はメッチャ強いって設定だけど、流石に現実ではそれはナイんでね!?
見ていられなくて、ぎゅっと目を閉じる。
すると、
――ドゴッ!!
「っうぐ!!」
次の瞬間、鈍い音のあとに、くぐもったような叫び声がした。
1発で倒され、地面にひれ伏したのは―――
「……弱。図体デカいだけだね。」
――彼に向かって行った男の方だった。
斎藤は、蹴りを入れた足を引きながらつまらなそうに倒れている男を一瞥する。
「……え、強っ」
彼の鮮やかな動きに、私の口から思わずつぶやきが漏れる。
―ウソだ。何このギャップ?スゴすぎて、さっきの男がマジでクズに見える。ごめん。
「…驚いたー?ナッちゃん。これでも昔はヤンチャしてたんだよ、俺ら。」
呆気にとられている私。
横を向くと、いつの間にか水谷が私の隣に座っていた。
…や、嬉しそうに言うことじゃないって、それ。
「…あ、そうですか。」
「反応薄ー。俺ら、地元じゃ結構有名だったんだぜ?ま、聖悟に比べりゃ大したこと無いけどな、俺も宏樹も。」
「へぇ、国崎もケンカするんだ。」
「ああ。今日ここにいるヤツらはまだ幸せだよ。聖悟相手だったら骨折じゃあ済まないからな。」
…わー、こわーい。それで、何が紳士なんだろうね?
「…あ、てなワケで女の子たちは下がっててね。キミたちと違って女を殴る趣味は無いから。」
そう言われて、遠巻きに斎藤と水谷を見ていた女子たちはビクッと体を震わせ、コクコク頷いた。
「信二、こいつら雑魚だから俺ひとりで大丈夫みたい。」
「あ、そー。じゃ見学しとくわ。」
斎藤はぐるりと室内を見渡し、敵の方を観察すると、そのように言った。
対して水谷は何事もなく私の隣であぐらをかいたまま。
…おい、何だよその『ちょっと買い物行ってくるわー』並みの会話。
…引くよ。女子たちみんな顔真っ青じゃん。
「…っこの!なめるなアホがぁああ!!」
「ブッ殺してやる!!」
そして案の定、ブチ切れるゴツイ男ども。
男Aが倒されたことで動揺していたようだったが、彼の完全にこちら側をなめ腐ったような言いように、男のプライドらしきものが発動したみたい。残り全員で斎藤に突っ込んで行く。
「ホント、馬鹿だよね。」
斎藤の口が、ニヤリと歪んだように見えた。
―――
――
「……終わり、かな?」
斎藤はパンパンと手を払った。その体にはキズひとつ見当たらない。
足元には呻きながらゴロゴロと転がっている、複数の男たち。
…いやはや、やっぱスゲェわ。圧倒的って感じ。宣言通り、彼にとって男たちは雑魚だったらしい。
全員ほぼ一発で沈め、容赦なくダウンさせていった。
「オニーサンたち、ケンカする相手は選ばないとダメだよー。ケガするから。」
水谷は水谷で不気味に笑ってるし。
――私、とんでもねぇ人たちと付き合ってるんだなあ。
改めて違う世界の方々だと実感していると、斎藤がこっちに走って来た。
「お待たせ。…ナツちゃん、無事?」
「……無事、じゃないけど、まあ助かった。ありがと。」
「後で手当てするからな。今、圭が車回してる所だし。」
2人は私を起こし、立たせた。途端、激痛がいたる所で起こる。
…う、痛い。おそらく骨まではイッてないと思うが、打ち身とかがヒドイのかな?
顔を一瞬歪めるも、何とか無表情を保ち、私たちはへたり込んでいるシノハラさんの前に立った。
「…さて、始末は済んだし、本題はいろうか?」
斎藤の台詞がやたら大きく響いた。
斎藤は静かにそう言ったが、彼女は俯いたまま動かない。
「…あ、えーっと、篠原未央さん、だよね?聖悟の……何代目彼女だっけな……」
言いつつ、両手の指を折って数える水谷。
…数えられないのかい。アイツ、もしや歴代彼女が3桁いってるんじゃねぇだろうな?
「…信二、それは置いといて。
ね、質問に答えてくれる?何でナツちゃんにこんなコトしたの?」
「…………。」
「…言えないの?」
「…………。」
「話してくれないと分かんないんだけど。」
「…………。」
じっと沈黙を守る彼女に、だんだんと斎藤の目つきが厳しくなる。
一触即発な雰囲気を感じ、私は慌てて彼にストップをかけた。
「ちょ、斎藤。もういいから。」
「…いいワケ、ないでしょ。そんな目に遭っておいて。」
「…ん、まあキズは痛いけど、その人に何言っても通じないし。」
「それは…そうかもしれないけど。」
「男どもは、もう斎藤が倒してくれたじゃん。それで十分だよ。」
言いながら私はシノハラさんを見下すと、しゃがんで彼女と目線を合わせる。
明らかに顔を逸らす女にため息を一つつき、その後ニコリと口元を緩ませた。
「……ねえ、篠原さん。私、君キライだわ。」
「……な!?」