03
――何、ソレ。そんなんまるで…
「…国崎のこと、好きじゃないの?」
思わず、キャラを忘れて話してしまう。
しかし、興奮してきた彼女には気付かれなかったようだ。
笑みを貼り付けたまま答えてきた。
「ええ、もちろん好きよ。決まってるじゃない。彼氏のレベルはいつだって女のステイタスだもの。」
そして狂ったように高笑いする。
…その後も女は、つらつらと自分の自慢話を語っていたが、私はもう、聞いてはいなかった。
腹の底から、ふつふつと怒りが湧いてくる。
――こんな、不愉快に思ったのは久々だ。
何といっても、この女が気持ち悪くて仕方ない。吐き気がする。
―コイツは、一体、国崎を何だと思ってるんだ。ブランドの鞄?都合のいい道具?
だから、『スキ』?
ホントの『国崎』なんか、1ミリも気にしちゃいないじゃないか。
怒りが、体中をめぐる。彼女はまだ、雑音を発している。
狭い空間がさらに凝縮されたように感じ、眩暈がした。
―醜い。醜い。醜い。反吐が出る。
――アイツを思いだす――――
「………れ…」
本当に自然に、口を動かす。
「…は?何?はっきり言いなさいよ!」
彼女も口を動かすのを他人事のように見ていた。
……
…ああ、もういいや。
何でか知らないけど、酷く気分が悪い。
私は心の中で制止する声を無視し、低い声で続けた。
「…黙れよ、ブス。」
どうにでも、なれ。
「……な…っ!?」
女は目を見開き、顔を歪めた。
反対に私はゆっくりと立ち上がり、凍てつくような冷たい視線を彼女に送ってやる。
「…さっきから、黙って聞いてりゃ勝手なことばかり言いやがって……君、何様のつもり?ブスのくせに何が完璧?完璧って言葉の意味、分かってるの?」
「……っ!…ブ、ブスって、アナタの方がよっぽど醜いわよ!」
「誰が顔のハナシしてんだよ。性格がブスだって言ってんの。…何で国崎が君と別れたか、すぐ分かったよ。君、人生で一度でも自分が悪いとか思ったことある?無いだろ?性格が破綻してるんじゃ、いくら美人でも付き合いたいワケないもんなー?」
ニヤリと口の端を上げて、女を見下してやる。
―止まらない、止めれない。
後先を考えなかったわけではないが、とにかくムカついていたのでつっかえがとれたように言葉が溢れてくる。
そんな私の毒を真正面から受けたシノハラさんは、顔を真っ赤にしながら怒りに震えだした。
「…あ、アナタ………本城那津!さっきと全く性格が違うじゃないのっ!」
「そりゃ、そうだろ。さっきのは作ったキャラだし。…ま、台無しになったけど。」
「…きゃ、キャラって。」
「見破れるワケないよね。付き合ってたくせに国崎が性格作ってたことも、気付かないんだもん。」
「!?聖悟も……」
シノハラさんの愕然とした表情を見て、彼女が本当に性格のことを知らされてなかったことを知った。
―哀れな女。でも国崎もこんなろくでもない女になんか、素はさらしたくないよな。
分かるよ。
肩をすくめ虚空を仰ぎ見る。そして私はさらにセリフを紡いだ。
「そ、つまりシノハラさんは国崎に騙されてたってことー。でもお互い様じゃない?君だってアイツを利用してたわけだし。」
「…で、デタラメ言ってると、締めるわよ!」
「デタラメじゃ、ないって。アイツの素はドSな俺様野郎だから。」
「ど…!?」
シノハラさんは目を瞬かせ、驚愕の表情を浮かべる。信じられない、といった風に。ザマアミロ。
…そこで、一瞬の間があいた。
と思えば、
今度はシノハラさんは鬼気迫る勢いで私に掴みかかった。
「…ちょっと待って。じゃ、何でアナタがそれを知ってるの!?」
「…………。」
私を睨みつける彼女を見下すように私も視線を合わせる。
………ま、ごもっともな質問だな。
おそらく誰にも易々とは見せなかった国崎の地の性格を、何故私が知ってるのか?
それは―――
…………
……あれ?何で、だ?
「…さぁ?」
「はあ!?」
や、そんなこと言われても、マジで分からない。
だって、最初からああだったぞ?記憶には、毎回私を弄って楽しむ国崎しか浮かばない。
―むしろアイツが紳士キャラやってたって方に驚きだったからね、私。
本気で悩む私を余所に、彼女は何か屈曲した感じでその答えを受け止めたらしい。
「……そう、アナタは自分だけが彼の特別だって言いたいワケね。自分だけが聖悟のことを理解してやってるとでも?」
…あ、ヤバい。なんかキレたよこの女。そんな解釈、誤ってるってのに。
「やっぱり、許してはおけないわね…」
そんな彼女の不気味なセリフに何か嫌な予感がした私は、身をひねって掴んでいた腕をもぎはずし、距離をとった。
それと同時に、近づいて来る複数の足音が響く。
…いかん、この展開は、まさか―――
「未央ー、帰ったぜー。」
「コンビニ遠いよな、こっから。」
「あれ、例の女のコ、目覚ましたの?」
「アハハ、何この間抜け面ー」
私の悪い予想は的中し、奥の扉が開いたかと思うと、複数の男女が部屋にどやどやと入って来た。
……ひー、ふー、みー…
……は、8人だと!?
うわ、多い!しかも男女比、男の方に偏ってるし!
しまった、実はモンスターハウスだったか!?
今度は私の表情が凍る。逆にシノハラさんは癇に障る笑みを浮かべながら、呟く。
「……ふふ。遊びは終わりよ、本城サン?さっきはよくも私を侮辱してくれたわね。」
そして、
「さ、あなたたち……やってちょうだい。」
最悪な命令を、下した。
それと同時に近づいて来る、妙にガタイのいい男たち。
「なに、ホントに好きにしていいわけ?」
「そうらしいぜー?」
「ちょっと、でもヤルのはやめてよ?女子の前なんだし。」
「ちぇー、マジで?」
「まあいいじゃん。じゃ、よろしくね。ナツちゃん、だったか?」
私は、顔を真っ青にして少しずつ後退したが、すぐに背中が壁についてしまい、なす術をなくした。
男たちが目の前に迫ってくる。私は観念して、目を閉じた。
――これは……死んだかな。私。
やっぱりどこか他人事のように、頭の片隅で思った。