02
――そんなところで、じっと痛みに耐えながら私は今から演じるキャラを決めた。
上手く乗り切れるか分からんが……やるしかない、か。
突如、私は体をガバッと起こし、
髪を掴むシノハラさんの手をはずして、彼女の目の前に立った。
「な、何よ!」
いきなりの私の行動に動揺するシノハラさん。
私は彼女など目もくれず、
「……ごめんなさいーーーっ!!」
ベタっと、勢いよく地面に頭をつけた。
必殺、THE☆ジャンピング土下座。よい子はマネしちゃ、ダメだからね☆
「………え、…は?」
ぽかん……と口を開け、間抜けな顔を作るシノハラさん。
…でも、顔が顔だから可愛いな。君、これくらい愛想あった方がいいよ、うん。
当然の反応、ありがとう。
私は一瞬顔をあげて、相手の反応を確認した後、また地面にべたりと頭をくっつけた。
そんで、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいーーっっ!!そうですよね、私みたいなやつが国崎君に近づいてんじゃねーよって話ですよねっ!あの人なんて、マジで雲の上の存在なのに調子乗ってましたあぁあ!」
頭をガンガン地面にぶつけながら息継ぎなしで、まくしたてる。…つか、「叫ぶ」レベルだな、もはや。
この部屋いっぱい響き渡る私の声は、ある種不気味だ。
周辺住民の皆さん、騒音しつれーい。
「…ちょ、ちょっと何
「やっぱ身分不相応だよ…国崎君、優しいから私もつい傍にいたいな、とか思ったりして……。ああ!スイマセン、こんなこと言ってキモイですよねっ!」
「……いや、だか
「いえ!言わなくても分かってますっ!!全部私のせいですから!…あぁ、もう嫌だ……何で私、いつもこうなんだろう…下手に夢ばっか見てテメーいくつだよマジで死にたくなってきた……」
「…………。」
異様な威圧感と鬱オーラ全開の私に、どう接すればいいのか戸惑う彼女。
最初の勢いは、もう無い。
私はかなーり引きながら自分を見つめる女に気付かれないように、ニヤリと笑った。
…よかった、どうやら有効だったようだ。
私の、気弱×鬱キャラ。
…ま、意外とハマリ役らしいからな、この性格。ホントの中身とは172°くらい違うけどー。
――そう、相手が毒を吐くなら、その前に毒を抜けばいい。
こんな病気みたいな鬱キャラだったら、怒鳴ったりする気力も失せよう。
顔を俯けながら、心の中で「やった!」と呟く、と
「…だ、だからっ顔上げて!とにかく私の話を聞きなさいっ!」
焦ったようなシノハラさんの声が頭上から降ってきた。
私はさらに追い打ちをかけるべく素早くキャラに戻り、至極ゆっくりと頭を上げ、すぐに俯いた。
目の端には涙。口はぎゅっと結んだまま。
「…何ですか……もう私のことなんか、放っといて下さい……」
プラス、地獄の底を這うような、ドス暗い声。
――鬱度、MAXである。
あは、危なすぎて近寄れないよね、こんな女。フツーは。
ハッキリ言って、私でも逃げ出すわ。こんなヤツがいたら。
ギロリと下から睨みあげてやると、彼女はう、と声にならない声をもらす。
「な、何よ、この女……!報告と全然違うじゃないっ!」
そして頭を片手で抱えながら、ボソボソと言葉をこぼした。
…………報告?
「………あの、」
「!な、なに!?」
気になったのでふいに声をかけてみると、思いっきり顔をそらされた。
…そんな警戒しなくても。
キャラとはいえ、そこまで引かれると那津ちゃん傷つくわ。
私は涙(偽)をぬぐい、顔を上げた。背中は木箱にくっつけ、地面に座ったままだ。彼女の綺麗な顔を見上げて口を開く。
「そういえば、何で私のこと知っていたんですか?他校なのに。」
―初対面ですらないのに、この状況。おかしいよね、流石に。
「……ぁ、ああ。そんなの簡単よ。私、S大学にトモダチがたくさんいるもの。」
彼女は、まともな質問に気が緩んだのか、少しほっとした顔をして答えてくれた。
………………トモダチ、ねぇ。
いつもの、あの女子どもの何人かがこの人のお友達ってことか。成る程な。…なら、さぞ屈折しまくったウワサがこの人の耳に届いてるんだろうな。
私は納得したように頷いて見せた。
「じゃあ、国崎……君、のマンションで会ったときには、もう私のこと知ってたんですね……」
「…そうっ!で、その子たちから、アナタがいつも聖悟にベタベタくっついてるって聞いたのよ!」
途端、パッと顔に生気が戻り、私に詰め寄る彼女。
…ゲ、ちょっと確認してみただけなのに元気取り戻してきた。
単純だが、立ち直りも早いのか。この人。
麗奈さんとちょっと似てるかも。……もちろん悪い意味で。
「…う、嘘です!そんな、ベタベタなんておこがましいっ!出来るワケないじゃないですかぁ!く、国崎君とは、ただの友達ですよぉ……」
とにかく調子乗られたらまずいので、また反撃、そして反論。
…妙な誤解されるのだけは避けたいからね。
わたわたと手を振りながら顔をゆがめる私に、相手がちょっと怯むのが見えた。しかし、今度は簡単には引いてこない。
「嘘よ!今日だって聖悟と一緒にいたくせに!!」
「だから、ソレもただ偶然会っただけでっ!」
「偶然でマンションの前まで来る?どうせ、アナタが言い寄ったんでしょう!」
「………っ」
「何も言わないってことは図星?ホント、ムカつく女ね!」
…っく、私が押されてるだと……?
やはり元から狂ってるヤツに対抗するのは無理があったか?
「――だからっ!それは誤解で…」
「――違うっ!アナタは……」
私も負けじと叫び返すが、シノハラさんはさらにそれを凌駕する勢いで、責め立ててくる。
…うーわ、ヒートアップしちゃってるぅ……これ、どうすりゃいいのさ。
こうなったらヤケだ、と私は息を切らしながらもまた相手に向かって食ってかかった。
――
何分か経ち、この意味のない口論に私も疲れてきた。多分、向こうもナニ言ってるか覚えていないだろう。
だんだんと双方の言葉づかいも荒くなってきた。
「…はぁっ、そんなこと、分かってますって……」
「…げほっ、だったらアナタは何でまだ傍にくっついて……」
…ちなみに、議論自体は一歩も進んでいない。
…あーーっ面倒クセーーー!!
コイツは人の話を聞いてるのか?ことごとく私のセリフを打ち消しやがって。
自己中か?自己中なんだな?
国崎も、よくこんな女と付き合う気になったもんだっ!
会話を重ねるごとにだんだん苛立ってきた私は、
つい、この人に会ってからずっと気になっていたことをしゃべってしまった。
「…貴女は国崎君と、もう別れたんですよね?だったらそんな執着する必要、無いじゃないですかっ!!」
薄暗い部屋の中、私の声が響く。それ故に、その後訪れた静寂が、やたら重く感じた。
――言って、すぐに後悔した。数秒前の自分を抹殺したくなるくらいに。
…私の阿呆っ!こんなこと言ったら、相手をさらに怒らせるだけだろうが!
焦った私はマジで殴られるかと思い、身を硬くするが、
予想外なことに、彼女はいきなり口を歪めて笑いだし、やたら甘い声色で答えた。
「だって、欲しいもの。」
「……え?」
私がとぼけた顔を素でしてしまうと、シノハラさんはさらに笑みを深くする。
「…聖悟は最高の男よ。あのルックス、スタイル!まさに完璧な私に釣り合うと思わないっ!?」
「………」
「今日、水族館で会ってやっぱりどうしても欲しくなった……
聖悟だってカワイイ彼女が欲しいでしょう?もう1度付き合うべきなのよ、私たちは。」
そこで、彼女はまっすぐに私を見て来た。目には、なにか狂気のようなものが宿っている。
「私の、完璧な生活のために、聖悟は必要なの。」
冷たい、声だった。