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脳内計算  作者: 西山ありさ
本編
39/126

03



―――

――



エレベーターがチンッと小気味のいい音を立てて5階に到着した時、私はもう、ぐったりとしていた。

なんやかんやで、結局抜け出すことが出来なかったのだ。

――この、悪魔サマから。


……あークソ。1回でいいから逃亡成功してみてぇなー

今回も敗北かよ。なんで私には『逃げる』コマンドがナイんだろうな?


ここまで来たらもう無理だ、と私は諦めの表情を浮かべ、彼に続いて吹きさらしの廊下を歩いた。

すると。


「…え?」

「は?」


私と国崎は一緒にマヌケな声を出してしまった。


―国崎の家の前に、誰かが立っているのが見えたからだ。

ぴったりとドアに背中をつけて、本人が帰ってくるのを待ってるみたい。


…夕日に照らされて顔はよく見えないが………国崎の知り合いか?誰?


「…国崎、誰かと約束してたの?」

「…そんな予定はなかったはずだけど。」


不審がる私たちはさらに歩を進め、その人の姿を確認した。


――女、だ。

艶のある長い黒髪に、細い手足、小さい顔。真っ白なワンピースを着ている。


……え、何。マジで何者?

麗奈さんとタイプは違うが、並ぶくらい。清楚で可憐な美少女じゃないか。


私は驚きに目を見開き、首を傾げたが、隣の国崎の渋い表情と、駆けよって来た彼女の第一声で彼女が誰なのかを、ハッキリと理解した。



「――聖悟っ!よかった、また会えて!!さっきは、なんでいきなり逃げ出したりしたの?」



――あ、例の国崎の元彼女かこの人。成る程、と。



国崎の元カノさんらしき人は、目を輝かせながらそのまま国崎にしがみつく。

そして、上目使いに彼を見上げた。


「…聖悟……会いたかった…」


…いや、会いたかったって、アナタ。

感動の再会シーンを演じてる所悪いけど、家で待ち伏せしときゃ、100パー会えるだろ。アホか?


国崎も同じ気持ちらしく、口元を引きつらせたまま彼女に話しかけた。


「……何で、家まできたんですか。俺たち、もう別れたはずですよね。」


……!瞬間、背筋にゾクゾクっと悪寒が走った。

…け、敬語っ!!この俺様ドS男がっ!?


驚いて国崎をバッと振り返ると、彼はもうすでに完全にキャラチェンジしていた。

顔の表情まで違う。顔は微笑んでいるのに、どこか冷たい空気。


――すげぇ、鮮やかな早業だ。しかも違和感ない。

……そうか、コイツ、他の女子にはこうだっけ?付き合ってた彼女にまでコレだったのか。


「……く、くっ、」


理由は分かったが、私からすればコイツがこんな敬語紳士キャラを演じているなんて、おかしすぎる。つい含み笑いが漏れてしまった。


「………」


…国崎が無言で私の手をつねってきたので、無理矢理笑みをひっこめたが。

…スイマセンって。もう笑わないよ。地味に痛いから離せや。


私は口を不自然に引きつらせたが、そんなことは眼中にない

……っつーか、私の存在自体が目に入らないらしい女は、話を続けた。


「そんな…だって、私、あなたのこと諦められないんだもんっ!」

「…でも、もう1年も前の話ですし、今更……」

「今更じゃない!私は本当に…っ!」

「でも、あの時きっぱりと別れたのは事実でしょう?そうですよね。」


あくまで紳士(偽)に接する国崎。

だが、やんわりとした拒絶を繰り返す奴にしびれをきらした彼女は、とんでもないことを言い出した。


「で、でもっ聖悟も私のこと、まだ好きなんでしょっ!?」



…………


………………


………は?


この衝撃発言には、国崎も私も完全に固まった。

何、言ってんの?この女。え、今の日本語?


「……えっと、それは、どういう?」


国崎も困惑顔だ。当然のごとく。


「ごまかしたって、私には分かってるわ。」


だから、何を?


私の心の声に答えるがごとく、女は自信満々に息をすいこんで、続いて言葉を紡いだ。

…正直、あんま聞く気ないな。なんか、麗奈さんの時と同じ既視感。



「私、1年前にあなたと別れた後、毎日後悔したわ。そしてずっと聖悟のことばかり想ってた…

今日水族館に行ったのも、あの日の思い出が忘れられないからよ。そしたら、聖悟に会えるなんて!しかも、今日、この日にっ!

それで確信したの、あなたも私のこと、まだ好きなんだって!!」



…………


……あ、ゴメン、ストップ。やっぱ聞かなきゃよかったわ。

てか、またデジャヴかなコレ?話が長い上に、後半意味分かんねぇよパート2。


私は超冷めた目で、目の前の女を見返す。


――この女、何なんだ?コワいんだけど。

美人のくせに、とんだ勘違いストーカーだよ。そこまで断定できる自信は、どこから生まれるのか。

この人と比べたら、麗奈さんが普通に見えるから不思議。


――とにかくこのストーカー女から離れたくなった私は、彼女が(自分に)酔っている間に、私と同じく激しく引いている国崎に小声で話しかけた。


(……ね、国崎。私帰ってい?)

(は?ダメに決まってんだろ。)

(だって、私が居たらさらにヤバい状況じゃん。あの人、コワいし。)

(…………それは、確かにそうだが……)

(頼む。私、まだ死にたくないから。)


手を合わせて必死で頼む。

――あ、ヤバい。もうちょいで、あの人がこっち向く。

お願いしますって。国崎さん。


すると、


(……はぁ、分かったよ。下手にコイツを刺激してもアレだしな…)


私の必死の説得が通じたのか、国崎も肩を落としながら了承してくれた。


……っしゃ!なんだ、コイツにしちゃあ、あっさりOK出たな。それだけヤバい相手ってこと?

ま、何にしろ、ラッキー……


「……何、内緒話?そういえば聖悟、この人は誰なの?」


ひそかにほくそ笑んでいると、横から美しい顔が私を覗きこんだ。

うわ、き、気付かれたっ!

一瞬固まった私は、笑顔を貼り付けたまま、ギギ、と首を彼女に向ける。


「…ヤー、ハハハ。タダノ国崎クンノ友人デスヨー。今ソコデ会ッテー…」

「何で片言なんだよ。」


…だから、怖いんだってば。察せよ、国崎。


「…国崎クンノ、彼女サンデスカ?可愛ラシイ方デスネ。」

「えー、そんなことないですよぉ。可愛くて美人で性格よくて、聖悟とお似合いなんてー。」


…そこまで言ってねぇし。勘違いが冴えるなあ、ったく。


何かと言いたいこともあったが、私は別にそんなことを気にする立場ではない。スマイルを浮かべ、彼女に向かってさっと手を上げた。


「……デハ、私ハ用ガアルノデコレデ!国崎クントゴユックリ~」


そして、その左手を左右に振りながら駆け足で来た道を戻り出す。後ろは一度も振り返ること無く、エレベーターまで走っていく。

その顔は、気持ち悪いくらいの笑顔だった。


――あばよ、国崎の元彼女とやら。もう二度と会うことはないだろう。


とにかく、幸運にも今から家に帰れるっ。

国崎から逃れることに成功した!その点では君、よくやったよ!



―走りながらにやける私に、これからの展開を予想し、ため息をつく国崎。


2人とも、気づくことはなかった。


……長い黒髪の女が、妖しげな笑みを浮かべたことを。



―――

――



「……はー、つっかれたぁ……。」


―黄昏時、というのだろうか。今にも落ちそうな夕日に、薄暗くなっていく空。

そんな幻想的な景色を眺めながら、私は一息ついた。


後方を見ても、国崎のマンションはもう見えない。あの勢いのまま、結構歩いて来てしまったようだ。


…あとは、電車とかを乗り継ぐだけ、か……本当、長い一日だったな。


ふと足をとめ、首元にぶら下がっているペンギンを見る。

光をはじいて輝く銀色、そしてなめらかなトルコ石は、海面のように穏やかできれいな色をしていた。

私は目を閉じ、今日のことを思い返してみる。


…発端から意味不明だった今日のデート。

色々とトラブルもあって、酷い目にあった気もするが。

笑いあって、喋りまくって、ふざけて。


「……なんだかんだで、楽しかった、かな……」


言いながらくすっと、ひそかに笑みをこぼす。

…こんなこと、国崎には絶対言えないな。きっと調子に乗るだけだし。


「っし、帰るかー。」


んーっと伸びをした後、足を突き出し、歩き出した。


てくてくと、薄暗がりの中を歩く。周囲に人気はないが、別に、深夜にバイトをしている私にとっては、いつものことだ。

気にせず、ずんずんと歩いて行く。

1歩、2歩、3歩。何ら変わりない、普段の歩幅。


――しかし、



ドカッ!!



衝撃。4歩目を歩いたところで、何者かに、背後から殴られた。

…いや、正確にはよく分からないが、後頭部辺りに鋭い痛みが、走った。


「……っ、な……に………」


視界が、ぼやける。思考がだんだん停止していく。


薄れゆく意識の中、私の背後にいた相手が口角を上げ、呟くのを聞いた。後ろにいたヤツは――確かに、こう言った。


『消えて』と。


意識はそこで途切れ、すべてが真っ暗になった。






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