02
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バス停にたどり着くと、乗客の列ができていた。今から帰る家族連れがほぼ、だろうか。やたら騒がしい。
…どうやら、まだ、バスは来ていないらしい。私たちも最後尾に並ぶ。
「――で、この後どうするの?」
隣で眠そうに立っている国崎に聞いてみる。
他に予定はあるのだろうか?―べつに、もう帰ってもいいけどね、私は。疲れたし。
国崎はちょっと考えるようなそぶりをみせた後、口を開いた。
「そうだな…帰すにはまだ早いしな…。どっかで飯でも食うか?」
「…『帰る』じゃなくて『帰す』なんだ?」
「当たり前だろ。……どうせもう帰りたいとか思ってんだろうけど。」
ジロリとこっちを見る。
―おっと、ご名答。よーく分かってるじゃないか。
私は笑って誤魔化しといた。
「それにこういう機会でもなけりゃ、お前は絶対デートなんかしてくれないしな。これで別れるにはもったいない。」
…要するに、まだ弄り足りないってことか?
……っつーか。
「…これ、デートなの?」
私が真剣な顔をしてそう聞くと、国崎は眉をひそめた。
「……今更、何を。そういう名目だろうが。」
「や、でも、私は君の友達なワケだし、デートとは言えないんじゃ?」
普通に遊びに来た、くらいだろ。このノリ。
……アレ、そもそも友達同士でもデートってするのか?経験無さ過ぎて、わかんね。
すると、国崎は何か複雑な顔を作ったかと思えば、
「…じゃ、するか。デートっぽいこと。」
「…は?」
ぎゅっと、手をつないできた。
彼の右手が私の左手に重なり、温かい体温がダイレクトに私の手に伝わる。
…しかも、ノーマルなヤツじゃなく……
「デートっぽいこと、そのいち。恋人つなぎ。」
――だった。
「…オイ、何してんのさ。」
ブンブンと手を振り、絡まった指をほどこうとするが、しっかりと握られているようで、全く効果がない。
「那津がデートみたく無いって言うから、それっぽくしようと思って。」
「あー…もう十分わかったからいいっす。離して。」
君って奴は……まぁた変なこと考えやがって。そういう意味で言ったんじゃねぇよ、コッチは。
「ヤダ。お前、全然分かってないし。とりあえず雰囲気だけで味わっとけよ。」
余計なお世話だ、バーロー。確かに誰かと手ぇつないだのなんて数年ぶりだが、何故、君とする必要が?
「…だからって――「バス、来たぞ。いい加減静かにしないと、もっとレベル上げたことすっぞ?」
…………ハイ、一瞬で黙りましたとも。
私はハァ、とため息をつき、繋がれた手をそのまま放置した。
――うーわ、なーんか、また失言したな私。思ったことすぐ口に出すのはよくないな、うん。ホント。
つか、そのいち、って全部でいくつあるんだ?
―――
――
「…で、バスの中でもつないでるの?」
ステップを踏んで、2人バスに乗り込んだ後、私は視線を落としてつながれたままの左手を見つめた。
……つなぐ意味、無いだろ。暑いし。
「ん、別にいんじゃね。公園に着くまでくらい。」
しかし、国崎はいつもと変わらない調子だ。私の方を見もしないあたりが憎らしい。
…だから、『別に』って、ナニさ。
行きといい、帰りといい……バス内って何かのアピールポイントだったりする?もしかして。
―どうせ言ってもスルーされるだけなので、私はヤツをそのまま無視して放置することにした。
…………
…いや、放置してソレを考えないようにしようと努力した、の方が正しい。
なんか、なんつーか……ワケも無く顔が熱くなっていくんですけど。
こうやって手ぇつなぎながら電車乗るカップル、よくいるけど、彼らは恥ずかしくないんだろうか?
…私は無理だ。見られるのもそうだが、手と手が絡んでるって事実自体に、すげー緊張する。
しかも、相手がコイツだしなあ……何の罰ゲームかな、コレは。
…つか、私、今日、いくつ罰ゲームした?軽く4、5コはやった気がするけど?
国崎のテンションも、今朝からおかしいし。
むしろ、このデートが罰?
……いやいや、何のだよ。そこまで悪いことやってないよ、私。
あ、もしや厄日、パート2?
「……那津、ナニ考えてんの?眉間にシワ、寄ってるけど。」
じっと1点を見たまま思考にふけっていた私に、隣から声がかかる。
「……厄日…デート……?」
「は?」
…おっと、ゴメン。考えてたことがそのまま口に。意味分かんない上に不吉なひとりごとだよな、今の。
「…あ、何でもない。気にするな。」
右手を振りながら怪訝そうな顔をする男に詫びを入れると、
「あーー!あの人たち、おててつないでるよー!」
「らぶらぶだねーーっ。」
前方から元気な声が飛んできた。前の座席に座っていたガキども(計3名)がわざわざ気付いてくれたらしい。
……声、デカイっての。
横にいる母親らしき女性も、にこにこ笑いながら「仲いいですね。」とかホザくし。
――こういうの、フツーは「こら、ダメでしょ」とか注意するだろ、母親なら。
いらんフォローいれてないで、さっさとそいつらの口を塞げ。
子供相手に舌打ちは大人げないと思ったので、親の方に八つ当たりしといた。……頭の中で。
―だが、なにはともあれ、うるさいガキどものおかげで乗客の注目が一気に集まってしまった。
典型的日本人な私は気まずくなり、国崎の背に隠れる。
「……クッ、照れた?」
私を覗きこむ国崎は、至極楽しそうな笑顔を浮かべていて。
……むかつく。私は小声で怒鳴った。
「……そう思ってんなら、離せよ、手!!」
「ダメ。こういう時の那津、可愛いから。」
「~~!」
コイツは……っ!さらっとリアクションに困るようなこと、言うなっての!!
私は赤くなった顔を隠すように俯き、すべてに耐える姿勢に入る。
まだ騒いでるガキ、見守る母親、興味津々にこっちを見てくる野次馬ども………そして、目の前のこの男。
――ここに、私の味方はいないな……
敵ばかりの現状況に嫌気がさした私は脱力し、早く着いてくれるのを祈るばかりだった。
はあ……
―――
――
そんで、十数分後。やっと……や っ と !!
バスはR広場に到着した。
私はバスを降りると同時に国崎の手を振り払う。
そして。
「I am freeーーー!!」
おおーきく手を振り上げ、ガッツポーズ。
―ヤバい。この爽快感、ヤバい。両手が空くだけで、こんなに解放された気分になれるとは。
「………そこまで、嫌がるって…」
国崎が後ろでボソボソ呟いてるが、もうスルーだ。無視だ。
――とにかく、後は飯食って帰るのみっ!今日、これ以上のイベントはもうないだろうっ!!うん、断言できる!
私は公園の芝生を踏みしめながら、後ろを振り返った。
「よしっ、国崎!どこに食べに行くーっ!?」
「……急に元気になったな。」
「もーちょっとで今日が終わるからね!!」
「お前、今日を何だと思ってるわけ?」
試練だよ?色々と。
国崎はポケットに手を突っ込んだまま、ぶすっとした顔で何やら考えていたが、やがてニヤリと口角を上げた。
……嫌な顔。そして、悪い予感。
「――じゃ、俺の家で食うか。」
何だと?
―――
――
「いーやーだーっ!!嫌だって言ってるじゃんっ!」
「往生際が悪い。ホラ、ちゃんと歩けよ。」
――広場から歩くこと……20分?いや電車も乗ったし、もっとか?
…よくわからんが、とにかく、
駄々をこねながら、国崎に引きずられながら、私は彼のウチに強制連行されていた。
ちなみに、私、涙目。そして、度々私の悲痛な叫びが響く。
「っ、なんでわざわざ家!?その辺の居酒屋とかでいいじゃん!」
「食費が安く済む。」
「今更節約とか、男としてどーなのっ。」
「あー悪かったな、ケチくさい男で。」
……くっそ!何言っても軽く流しやがって!いいから手ぇ離せーーーっ
「それに、ほら。デートっぽいこと、そのに。彼氏の家に行く。」
「『ほら』、じゃないっ!却下!」
だから君、彼氏じゃねーだろおぉ!それ、いつまで有効にする気だっ!?
―ガンガン言い争っていたら、(主に私が、だが)いつの間にか国崎の住むマンションが、もう目前にあった。ソレが視界に入った途端、冷や汗が身体から噴き出る。
……もう嫌な予感しかしない。
またこの間みたいな展開が起こったら、今度こそ私、死ぬかも?
「っ!もーやだ!帰るぅー!」
数日間で何回ココ来るわけ?私っ!?
「だから、帰さないって。」
愉快そうにささやく国崎。
―こういう時の国崎の顔は、嫌に輝いて見える。
気のせいか、黒いシッポとツノが生えてるような………
……って、典型的な悪魔って奴?
あははははは…………笑えねぇ。