02
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――
「――はっ、ここまでっ来れば、いいんじゃない?」
「そうだな。だいぶ走ったし。」
公園を抜け、さらに5、6分ほど走った私たち。今はバス停横のベンチに2人、座りこんでいる。
「……お前、息切らしすぎ。」
「は、…うるせっ。」
そう、コイツは私と同じ距離を走っていたにも関わらず、息ひとつ乱していない。対する私は、無様に深呼吸を繰り返す。……体力無いんだって。
――しばらく座っていると、ようやく息も整ってきた。家から持ってきた水を口に含みながら、隣の男をチラリと見る。
――うん。相変わらず、キレーな顔してやがる。
麗奈さんも絶賛のシャープな顔立ち、ダメージジーンズも履きこなす長い足、案外ついてる筋肉。
第一印象、花マルだもんなー。こりゃ、モテるわけよな。
そう思って、遠い目をしていると、国崎が私に視線を合わせてきた。
「……どーした?さっきから人の顔をジロジロ見て。」
「…んー、いや、君はモテるなーと思って。」
世の中は不公平だな。この男はDNAから何か違うんじゃないか?
「……別に、んな大したことはねぇよ。」
「はー、あれで大したことないとか言うんだ。スゴイねー。」
「ケンカ売ってんのか。」
苦笑する国崎は、ゆるく私の頭にげんこつを落とした。ひゃ、ゴメン。怒んないでー。
「………でもさ、君の彼女になる子は、大変だよねー。」
私が何気なく言ったひとことに、しばらく笑いながらじゃれていた国崎が、ピタリと動きを止める。
……しかし、彼の少しの変化に、私は気付かない。
「…何で。」
「や、だってさー。よっぽどの美人じゃなきゃ、釣り合わないでしょ、実際。」
例えば麗奈さんとか。一緒に並んでて、ビジュアルが堪えられるくらいの美女じゃなきゃねえ。
「女子って、自分が勝てると思った相手は徹底的に蹴落としにかかるからさ。彼女になる女の子、精神的にも強くないとねー。」
他人事みたいに、カラカラと笑う。
―あーでも、そう考えたら中々恋人できないよね、国崎。もしくは続かない、とか。
私は並み以下の一般ピーポーで助かったよ、うん。
「……そう、か…」
はあ、とため息をつかれた。
「そんな落ち込むなよ。君ならすぐにキレイな恋人が見つかるって。」
「…いや、そうじゃねぇよ。」
そう言って、もう一回ため息を吐く国崎。
…?なんだあ?
「……あ、それで結局どこ行くことにしたの?」
少し疑問に思ったものの、こんな話ばっかりしてても重いので、私はさっと話題を転換した。
「あぁ、水族館。この近くにあるから。」
国崎の方ももう気にしていないのか、何気なく返ってきた返答。
――まさかのaquarium。ぶっちゃけ、意外だな。
「……へぇ、何年ぶりかな、そんなの。何で行くの?」
「このバス。20分くらいで着くから。」
彼がそう言うと同時に、バスが停留所に停まった。
……タイミング、いいな。最近のバスは空気も読む仕様なのか。(違)
―――
――
今日は、日曜日。休日。―故にバス内は大変混雑していた。
座れる座席はもちろん無く、私も国崎も立ったままだ。
……これで20分、か。キツイな……
吊革にしがみつき、バスの入り口付近で振動に耐える。
…くぅ。こういう時、もっと手足が長けりゃなあ……隣で悠々と立っていられるヤツが、憎らしいぜ。
国崎を恨めしげに下から見上げていると、ふとヤツと目が合った。そして、くすっと笑われる。
「…立ってるの、きつい?」
「いや、別に…。バスとか久々に乗ったから。」
図星なクセに、なんだか悔しくなった私は、フイと目線をそらした。
すると。
「――!?」
ぎゅっと、国崎の腕が、後ろから私の腰にまわされた。背中をヤツの胸に預けているような格好になる。
「……ちょっ、何してんの。」
「ん、別に。こうした方が楽だろ。」
国崎はそう言って、自然に私の頭に顎をのせてくる。
……や、確かに楽だよ。もたれられるから、楽ではあるけど。…そういう問題じゃ、ねぇし。
「…違う。あのねぇ、前も言った気がするけど、こういうのって軽々しくするもんじゃ…
「那津、いいにおいする。なにコレ?」
………。相変わらず人の話をきかねぇな。国崎は。
ちょっとは聞いてくれてもいいだろ。空しいんだけど……心が。
「………におい?あー、あれかな。香水。」
ダメだこりゃ、と脱力しながらも質問に答える。
「香水?そんなんつけるんだ、お前。」
「失礼な。…ま、私のじゃないけど。」
「…もらいモン?誰から?」
「麗奈さん、……君が振った。」
そこで、国崎は若干渋い顔をした。
「……ふーん。つか、そんなこといつまでも引っ張るんじゃねぇよ。」
引っ張るよ。
「まだ諦めてないっぽいからな、彼女。今度はちゃんと相手してあげなよ?」
「………はあ。」
また、ため息かよ。今日3回目じゃん。…何悩んでんだろ?こいつ。
「……?ま、いいや。とにかく、腕どけて。」
「あと、15分くらいだろ。このままで、いい。」
…それ、君が決めることじゃ、無いだろ。
―だが結局、国崎が私を離すことは無く、水族館に着くまでこの体勢は変わらなかった。
―――
――
「おーーっ。魚おいしそーっ。」
「オイ、水族館でそれは禁句だろ。」
暑苦しいバスから降り、広々とした大きな空間=水族館に足を踏み入れた私たち。
様々な大きさの透明な水槽、薄い水色に統一された館内、うごめく海の生物。
すべてが、日常とは違う、カンペキな別世界へと客を誘う。
――ホント、なんか久しぶりだ。中学…いや、小学生以来か。水族館なんか来るの。
でも、子供のころとは違った視点で見れて面白い。
私は年甲斐もなくハシャギまわり、次々と展示物や動物を見て回った。
「……楽しいか?」
ペンギンに目を奪われている時に、隣にいた国崎に話しかけられた。
私はくるっと彼の方を向くと、にこりと笑って頷く。
「うん、楽しい。ここに引っ越してきて1年少し経つけど、こんなトコがあるなんて知らなかったよ。」
「都心から少しはずれてるからな。俺も、来たの2回目。」
へぇ。
「1回目は、彼女とのデートだったり?」
「………さあ?」
……図星だな。その絶妙に空いた間が、すべてを物語っている。
…ま、別にどーでもいいけど、知ったからには深く聞いとこうかな?
「…じゃ、ちょっと複雑な心境じゃない?『ここに来ると、アイツを思い出す』とか、ならないワケ?」
「――だから別に女と来たとか言って、「違うの?」
「…………。」
私が意地悪く問い詰めると、彼は、ちょっと気まずそうな顔を作った。
―くく。またいつもとは違う国崎だ。おもしろい。
にまにまと笑う私にたじろぐ国崎。
彼は何やら言い訳を考えているようだったが、やがて諦めたように頭をがしがしと掻いた。
「~そうだけど。でも、そいつとはすぐ終わったからな。むしろ、思い出したくもない。」
「へえ。」
―お。ついに認めたな。正直なのはいいと思うよ、うん。
――しかし、こいつにそこまで言わせるとは、何者だ?その女。余程すごい人格の持ち主なんだろうな?
「で、どんな女の子だったの?」
その人、目指そうかな私。目を輝かせて、わくわくして聞く。
しかし、
「……お前には関係ナイだろ。次、行こうぜ。」
国崎は本当に触れてほしくないらしく、それから何度話を振っても答えてくれなかった。
………このケチ男ー。
―――
――
イルカショーを見たところでちょうどお昼時になったので、水族館に隣接するハンバーガーショップに行くことにした。
快晴の中、国崎と2人、歩く。
「っはーー。なんかめっちゃ水しぶきかかった……。」
ずぶぬれなんですけど。…あのイルカ、やりおる。
私の髪からポタポタと滴がおちて、乾いた地面にしみを作った。
「いいじゃん。動物に好かれてるってことで。」
水もしたたるいい女の私を見下し、ヤツの方は楽しそうに笑っている。……隣に座っていたハズの国崎は、全くの無事だったりする。―何だろ、この差。
「……でも、こんなんじゃ店、入れないよ。」
でっかいタオルでも常備しときゃよかったなー。いくら天気がいいとはいえ、すぐには乾かないだろうし。
ふむ、と困り顔を作る私に対し、国崎さんはニヤリと嫌~な笑顔を見せた。
あ、これやべぇ。―と思ったときにはすでに遅し。
「じゃ、俺が拭いてやるよ♪」
ばふっっ
素早く私の後ろに回ると、自分のミニタオルを私の頭にかぶせてきやがった。そしてわしゃわしゃと濡れた髪をかき混ぜられる。
……いや、『♪』ってなに!?君のキャラじゃねぇだろっ!
「っぶは、やめろって!自分でやるからぁーー!」
やーめーれー!ただでさえボサボサの頭がもっと酷いことにぃ!
「遠慮すんな。」
1ミリもしてない!
私は頑張って逃げたが肩をがっちりと掴まれてしまったので、結局、彼にされるがままになってしまった。
………っち。もっと身長高けりゃよかったのに。…あと、手足。学生時代、成長が手ぇ抜いたな。
「……ほら、乾いたぞ。完璧。」
「…どこが。」
―国崎が手を離したとき、やはり髪の毛がもっさもさになっていた。なんつーか、寝ぐせが3くらいレベルアップしたような感じ?…んー、うまく言えないな。
―とにかく、かつてないボリュームに驚きだぜ。どうしてくれんだ、テメェ。
仏頂面で睨むと、不謹慎にも、ヤツは大笑いして下さった。
「ぷっ…ははははっ!!面白ぇなその髪型!斬新でいいんじゃね?」
黙れボケ。指さして笑うな。斬新すぎて、もはや誰も着いて来れないよ?コレ。
「……うぜぇ。国崎、私トイレ行って直してくるから、適当に注文して席とっとけ。」
私は苛立ったまま店内に入ると、すぐにトイレに向かった。
……流石の私も、コレは恥ずかしい。とっととクシでとかしてこよう。