02
「俺、バイクで来たから。」
水谷はそう言い、
「圭と俺は圭の車で行くね。」
斎藤もそう言ったので、
「ホラ、早く乗れ。」
必然的に私は国崎の車に乗ることに。
……なんか、昨日のこともあって、ちょっと気まずい。私は無言で、黒い車の助手席に座った。
「…隠すなって、言ったのに。」
車内、開口1番でそう言われ、ツインテールの髪を持ち上られる。
「…これくらい、勘弁しろ。あの3人に茶化されるのも、嫌だし。」
私はさっきの乾とのやりとりを思い出し、不機嫌にそう返した。
そして、ピシャリとヤツの手を振り払う。
国崎は、フッと笑みをこぼした。
「あっそ。ま、珍しいモンが見れたからよしとするか。」
…上から目線ヤメロ。
私はジロリとキーを入れる男を睨み返した。
「……へぇ、君、ツインテール萌えとか?意外に隠れオタクだね。」
「違ぇ。」
くすくすと笑いながら、国崎は左手で私の頭をくしゃっと撫でつけた。
―そのまま隣の男は昨日とは別人のように、機嫌よさそうに運転を続ける。私はその横顔を見て、ホッと胸をなでおろした。
―よかった。とりあえず、普通に戻ってる。やっぱり昨日のこいつはどっかおかしかったんだな。一安心だ。
人知れず、顔をゆるませた私。
…って……おっと、ダメだ。
私はハッと我に返った。なごんでる場合じゃない。
麗奈さんがあんなに傷ついてるってのに、私がのんきにコイツと会話してるとか。
ここは、ひと言物申しとかないとな。
「…オイ、女の敵。」
思い立った私は、ビシッと人指し指を国崎に突き付けた。
「…?急に、何。」
国崎は眉をひそめたが、私は構わず続ける。
「…麗奈さん、超泣いてたよ。あんな美人泣かすなんて、最低だよ、君。デート1回くらい、してやったらよかったのに。」
「……何かと思えば、その話か。仕方ないだろ。俺、あの人に興味ないし。」
「でもチャンスくらいは与えてやれって!」
一発で切り捨てたら可哀想だろ!
私が熱弁をふるうと、国崎は冷めた目でこちらを見た。
「お前な……俺がいちいち女の相手をしてたら、軽く2ヶ月は予定が埋まるぞ。」
「え、嘘。自分でそんなこと言っちゃうんだ、国崎は。」
「事実だ。それと、この話はもう終わり。」
そう言ったきり、国崎は何も言わずに運転に専念してしまう。
――うーん。モテる男は辛い、ってか?
こんな、何もしなくても女子が寄ってくるようなヤツ、どうやったらオトせるんだろう??
最早見慣れたマンションの駐車場に車を停め、降りて歩く。すると、国崎は何の脈絡もなく質問してきた。
「……じゃあさ、逆に那津だったらどうすんだよ。好きでもない男に言い寄られた時は。」
私は振り返って隣を歩く男を見る。
「…さっきの話は、もう終わりじゃなかったの?」
「や、ちょっと気になったから。」
…なんとも自分勝手な。流石、国崎。
しかし、先を促すような鋭い視線を感じたので、私は答えてやった。
「……うーん、そういう奇特な男もいるにはいたけどね、
デートしてやったよ、1日。」
「はあ!?」
いきなり、国崎は柄にもなく大声をあげる。…声、響いてるけど。
「うるさ。何だよ。」
「…っいや、マジで?」
「マジで。」
なんだよ。流石にデートの1回や2回はしたことあるっての。
どうしてそんなに驚いてんのさ。
ヤツはしばらく何やら考えていたようだったが、やがて視線だけ私に向けて尋ねた。
「…何で?」
何でって。
「誘われたから。」
…に、決まってるじゃん。何言ってんの。
「………。」
「…それに、1日付き合ってやって本性バラせば、大抵の男は逃げてくから。そっちの方が手っとり早いんだよ。国崎もあるでしょ。紳士キャラに騙されてた子に、『想像と違った!』って言われた経験。」
「……ああ、あるな。確かに。」
いくつか覚えがあるのか、国崎は頷いた。
「ま、そんな恋愛的なイミで私に近づくヤツなんてそうはいないけどね。君と違って、人気者じゃありませんから。」
私は腕を組んで自嘲気味に笑った。
……やっぱこう考えると、イケメンよりは普通の顔の人の方が楽な人生を送れるのかな、うん。ちょっと国崎が可哀想に思えた。
「…ま、要するにだな、私が言いたいのは、一遍麗奈さんともデートしてから…
「じゃ、頼んだらしてくれるワケ?」
は?
「何を?」
「だから、デート。」
…さらに、は?なんですけど。
「…誰が、誰と?」
「俺が、那津と。」
瞬間、しんっと辺りが静まり返った。
―そのまま数秒が経過。
私は一瞬の思考の末、国崎に向かって、言った。
「無理。」
きっぱりと。
その返事に、国崎はガクッと肩を落とした。
「…おい、デートくらいなら誰でもいいんじゃねぇのかよ。」
「別にいいけど、君はダメ。2度と言うなよ、そんな恐ろしいこと。」
「恐ろしいって……。」
…本当のことだろ。
想像してみろ、私が君とでーと、なんて。意味不明過ぎて話のネタにもなりゃしねぇ。
「そんな暇があるなら、他の女のコたちと遊びなさい。私を優先してたら、彼女なんかできないよ?」
「はあ……。」
国崎は呆れたようにため息をつき、キッと私を正面から睨みつけた。
「あのなぁ、那津。俺は、女ととっかえひっかえ遊ぶ趣味はないし、そんなサービス精神があるワケでもないの。」
「うん、それは分かってる。大変だよねー、顔がいいと。」
あ、ゴメン。口調がまるで他人事だ。
「…俺はお前と遊びたい。いいだろ?1日くらい。」
は?いやだから無理ですってば。何故にそんな食いつく?
「だーかーらー、嫌だって。行くんなら他の…
「っだー!そのループはやめろ!
俺は那津と行きたいって言ってんだよ!遠慮なく誘われとけ!」
わーまた俺様ですか。つか、なんでそんな必死になってんだよ。
どうでもいいいけど、最近、レアな国崎をよく見るな。
後ろを歩く国崎の前で立ち止まって、私は軽く目をつむり、また腕を組んだ。
「…ったく。私みたいな奴誘って何が楽しいんだよ。こんな、超インドア派に爽やかお出かけは合わないだろ。」
「いや、爽やかって…、なんだその勝手なイメージ。どうしてそんなに卑屈なんだよ。」
negativeは私の代名詞だって言ってんだろ。
ボケが。
「ハハ、君は自信に満ちあふれてるからねぇ、私とは違うわー。ごめんね、陰気で。」
私は軽ーく受け流し、知らぬ間に着いた斎藤たちの部屋(らしい)のインターホンに手をかけた、が。
「待った、流すな。返事聞くまで入れさせねぇ。」
国崎の大きな手に遮られた。
…っち、騙されなかったか。つか、いい加減うぜぇ。
私はうっとおしい国崎の手を振り払った。
「あーもう、だから返事はNO!さっきも言ったじゃん。」
「~~。何でそんなに嫌がるんだよ……。」
彼は苛立ったようにガシガシと頭を掻く。
「そりゃ目立ったりとか、女子の目の敵にされたりとか、逆ナンとか。」
「そんなん、今更だろ。」
「プライベートとなると別だろ、被害が。」
「………。」
そう、ふんぞり返りながら放った台詞を聞くと、国崎はうつむいた。
「…もういいでしょ?じゃ、入ろう?」
何も言わなくなった彼を不思議に思いながら、私はまたドアノブに手をかける。
―だが、諦めないのがこの男だった。
「…じゃあ、実力行使だ。」
「え?」
―トン。
国崎がそう言うなり、私の体は反転し、後ろの壁に押しつけられる。
「っちょ、何――」
パッと顔を上げると、ヤツのバカみたいに綺麗な顔……、のアップ。
顔同士が極端に、近い。
「…今週の日曜、付き合え。」
そして、国崎は低く甘い声で私にささやいた。
…近い。近いって。離れろ。
「……嫌だ。」
恐怖はひしひしと感じる。
だが、私は勇気を持って目は逸らさず、ぼそりと拒絶の言葉を吐いた。
すると、国崎は
「じゃ、今からキスされるのと、どっちがヤダ?」
…とんでもねぇことをぬかしやがった。笑顔で。
瞬間、強張る私の頬と表情。
―!だ、だからそういう2択やめようよ!私には刺激が強すぎるって!!
「ど、どっちも嫌「どっちが、嫌だ?」
ひっ!この男、口は笑ってんのに、目だけ笑ってないぃ!危険!
「………っわ、分かった!じゃあ、1日遊ぼう!」
長らく見つめあった末、私は結局、そう言ってしまった。
……否、言わされた、かな。このアホに。
「忘れんなよ。」
悪魔(国崎)はニヤリと満足そうに笑うと、ようやく私から体を離す。
私はぐったりと力なく頷き、やっと家のインターホンを押した。
―こ、この男の相手、疲れる……やたらセクハラすんの、やめてくれないかな……
…いや、別にしてもいいけどね。私以外には。