なにがなんだか。
「那津ぅ~っ!!」
私がいつものように大学の門をまたぐと、いきなり正面から抱きつかれた。
…っと、危ない。倒れるところだった。
体のバランスが崩れ、たたらを踏んだが、何とかふんばり、転ぶことは無かった。そして、飛びついてきた本人、高宮麗奈を引きはがしにかかる。
「…分かった。話は聞くから、離れろ。あと、目立つからこんな所で泣かないで。」
…そう、彼女は眼を真っ赤に腫らして号泣していた。
―悪いがこんなぐしゃぐしゃな顔じゃ、美人もカタなし、だぞ。校門前で泣かれても、私が困る。
すでに好奇の視線が集まる中、私は彼女を連れ出した。
私は麗奈さんをなだめつつ、人気のない所まで移動した。
「……グス…」
「………。」
麗奈さんはまだ泣きじゃくっている。
目の腫れ方からして、昨晩からずっと泣いていたのだろう。
…なんか、可哀想だ。
――しばらくして、落ち着いてきたのか、麗奈さんは私に話し始めた。
「…那津……私、振られちゃった……。」
本当に、本当に小さな声で、ポツリと言った。
…まるで、そのことが現実であったと、自分自身で確認しているように。
「昨日……那津があの3人を連れ立って行ってくれて、国崎君と2人きりになれたから、デートの約束しようと頑張ってみたの……っでも…、ダメだった…っ!」
さらに透明な筋が彼女の頬を伝う。握っている拳も、かすかに震えている。
「…もう近付くなって…。私がウザいって……拒否、されちゃった…。」
「………そう、か……」
私はただ、相槌をうった。こんな時、何もかける言葉が見当たらない。
我ながら、薄情な女だな。
――声をかけ辛かったが、私は少々の沈黙の末に口を開いた。
「…ゴメン。私の助言のせい……か?」
罪悪感が少し、募る。結果的に、私の言った言葉のせいだったら、私が、悪いのだから。
しかし、麗奈さんは首を横に振った。
「……いいえ、彼が私のことを好きでなかっただけよ。…仕方ないって分かってるけど……っすごく、つらいっ…!」
またも泣きじゃくる女を前に、私は少し哀愁を感じる。
そして、思う。
――ああ、この人は、本当に国崎のことが好きなんだな。……多分、今でも。
彼を想って、こんなに泣けるんだから。
……やっぱ、主人公交代した方がよくない?この人なら、素でお姫様できるって。
私は遠い目をしながらそんな馬鹿なことを考える。そして、再度麗奈さんに視線を戻した。
――でも、このままじゃいけない。こんなんで落ちぶれてるのは、麗奈さんらしくない。
「……で、どうするの。」
「…どう、するって…?」
私が目線を合わせると、麗奈さんはきょとんとした表情を見せた。
「決まってんじゃん。君は選択しないといけないんだよ。国崎を諦めて、別の恋を捜すか、諦めずにヤツを想い続けるか。」
「…え……」
「メソメソ泣いてたって、何も変わんないでしょ。今しないといけないのは、これからについて考えること。」
私は麗奈さんの目をまっすぐ見て、言った。
―失敗したって成功したって、いつだって人は、次に進めていかなければならない。
my持論だ。私はいつもこの考え方である。
…ネガティブなんだか、ポジティブなんだかよく分からないが。
「…え、でも…私は……「昨日、ひと晩泣いたんだろ?
だったら、そろそろ切り替えないと。いつまでも立ち止まってちゃ、チャンスは掴めないから。」
うろたえる彼女を遮り、強い口調で諭す。
―ふむ。
私もおせっかいになったものだ。普段はこんな色恋沙汰、一瞬で切り捨ててやるのにな。一緒にいると情が湧くってヤツか。それとも、なんだかんだで私は彼女を応援したいのかな。
「…まだ、好きなんだろ、国崎のこと。」
私がボソリと呟くと、彼女はビクッと体を震わせ、赤面した。図星のようだ。
「私は国崎なんて忘れることをオススメするが、君は忘れることなんて出来なさそうだな。…ま、決めるのは麗奈さん自身だから、自分で決めな。」
「………。」
麗奈さんは、目を見開いて、私を見る。戸惑いの表情だ。
…情報量が多すぎて、処理出来ないか。ま、じっくり考えてくれ。
私は立ち上がり、その場を後にしようとした、が、言い忘れたことがあったのに気付き、彼女を振り返った。
「……あ、備考までに言っとくと、国崎には好きな人がいるらしい。」
私がそう付け足すと、
「!!な、なんで言ってくれなかったのっ!?誰よ!」
麗奈さんが猛進してきて、掴みかかられた。
コラ、揺らすな。
「…知らないって。私も昨日聞いたばっかだし。」
胸倉を掴んできた手を、そっと取り外す。
……この女、国崎のこととなると、ホント見境ねぇな。
「…コレを聞いてもまだ諦めらんないなら、頑張れ。一応、一途に想い続けて成功した例もあるっちゃあるらしいし。」
……漫画とか映画なら、だけどな。
コホン、と咳払いをひとつして、そうシメた。
そろそろ始業時間だ。行かないと。
「――那津っ!」
歩き出そうとしたら後ろから叫ばれたので、振り返ると、
「ありがとうっ!私、じっくり考えてみるわ!」
と、麗奈さんが私に向かって笑顔を見せた。
うん。元気が出たようでなにより。
その切り替えの速さが、麗奈さんのいいところなんだろう。
私は手をヒラヒラと振り、法学部棟に入った。
「…あれ、ナツさん。今日ツインテールなんですね。」
授業後、廊下を歩いていると、乾に出くわした。
…偶然、じゃねぇな。こいつとは学部が違うし。また待ち伏せしてやがったか。
「…ああ、うん。ま、たまにはね。」
はあ、と息をつき、私は歩きながら答える。
……まさか、キスマーク隠しとは言えまい。
「でも、似合いますよ。その髪型も。」
「そ。ありがと。」
私はバレないように、わざとそっけなくそう返す。
―そこで乾は一瞬沈黙したが、やがて意を決したように口を開いた。
「あの…ナツさん、聖悟に何かされましたか?」
「!」
私は意表を突かれて、思わず足を止めてしまった。
…わ、ヤバい。こんなん、動揺しているのがバレバレじゃないか。
案の定、乾はそれを見逃さず私の顔をじっと覗きこんできた。
「……されたんですね。ナツさん、顔赤いですよ。」
え。また赤いっ!?ちょっと私の顔面どうなってんだよ、全く。
「…ああ、ま、された……かな。」
頬で顔を隠しながら、私はゴニョゴニョと言い淀んだ。…ここまできたら、認めざるを得ないし。
「聖悟があそこまで怒るのは稀ですよ。信二もあの後、宣言通りボコボコにされてましたから。」
うわ、ここにも被害者が。…ご愁傷サマ。
「理不尽だよねー。国崎も。私にだって、怒ってんなら直接殴ってくれた方がまだマシだったのに。」
「男は女性を殴れませんよ。…それで、何されたんですか。」
「ん。…でも、国崎にどうせ聞いてんでしょ?」
「いや、聖悟も何も言いません。」
そうなんだ。
「……じゃ、私も秘密。」
その後も、乾に付きまとわれ、「えー。」だの
「教えてくださいよ。」だの言われたが、すべて受け流した。
……言えるか、ボケ。んなことしたら、顔から火がでるわ。
「ナッちゃんっ!こっち、こっち!」
「信二ー。もっと声のボリューム下げなよ。」
「…那津。何で圭と一緒なわけ?」
予想通りというか、なんというか。ちょうど出口付近に友人×3が待ち構えていましたよ、ハイ。
……君らも暇だな。バイトとか、サークルとかないんかい。
――ま、今日はちょいと用があるからいいけどね。
「……あー、君たち。話があるんだけど、ちょっと移動しようか。」
いつも通り目立っている彼らにそう言う。やはり彼らのファンは、今日もぐるりと3人を囲んでいた。
しかも、今回は麗奈さんというディフェンダーもいないからさらに、だな。
……やはり、彼女。亡くすには惜しい人材だなぁ。
「いいよー。じゃ、俺と信二のウチ行こ!」
私の発言に、ぱっと顔を上げた斎藤がそう提案した。
「へぇ。2人一緒に住んでるんだ。」
「うん。圭と聖悟は1人だけど、ルームシェアした方が家賃安く済むし。」
…成る程ねぇ。
特に断る理由もない私は頷き、そのまま女子たちを蹴散らしながら、駐車場に走った。