03
「…っはぁ」
―やっと、ソレから解放される、と同時に私は室内の空気を思いっきり吸い込んだ。
全力疾走した後のように、息が切れる。どれだけの時間、唇を合わせていたのだろう。
……ん?唇…を、合わ……せて……?
――!!
ボンッと、突如顔が赤く染まった。
い……今、コイツ、私に……キ、キスした、のか?
…うわ、キス、とか自分の口から出るとは思いもよらなんだ!なんかやたら恥ずかしいんですけどっ!
「那津、顔真っ赤。」
私が人生最高に羞恥を感じている時に、国崎は鼻で笑いやがる。
人にムリヤリキスしといて、笑うとか。…テメェ。歯ぁくいしばれ。
「うらぁっ!!」
掛け声と同時に、私は自由になっている唯一の部位、足でヤツの鳩尾を思い切り蹴った。
「~~ぐっ!?」
不意をついた攻撃に国崎は身動きできず、腹にクリーンヒットした。よほど痛かったのか、腹を押さえて、悶絶している。
…は。股間じゃないだけ、マシに思え阿呆が。
私はその間に素早くソファから起き上がり、ヤツと距離をとった。
「…はっ、おま……このタイミングで蹴るか?普通。」
ソファに寝転んで、苦しそうに息を吐きながら、私を見る国崎。
「じゃ、私は普通じゃないってコトだろ。」
けっと悪態をつく。
私から見たら、君も十分普通じゃないがな。
「……そうだな。頭突きはするわ、腹は蹴りあげるわ……お前みたいな女、他にいるわけねぇよ。」
「褒め言葉と受け取っておこう。」
―いつの間にか、私は恐怖から脱出していた。国崎も、もういつもの調子に戻っている。
私は腕を組んだまま、国崎を見下した。
「…そんで国崎。どうしてそんなに怒ってるわけ?」
「…分かんない?」
分からねぇから、聞いてんだろ。君の気持ちはいつも分からない。
「…さあ、分からん。多分、麗奈さんのこととは思うんだけど。」
おそらく、彼女のアピールが余程うっとおしかったんだろう。それで私に八つ当たりしてんだと、予想した。
「……それもあるけど…、なに、那津。ホントに分かんないの?」
ヤツはジロリと私を見返した。…何だ、もったいぶりやがって。
「…君がなんか苦しんでるのは分かったけど、その内容は知らん。だから、聞いてるんじゃないか。」
すると、国崎は額に手をあて、はぁーっとため息を吐いた。
…なに、その『ダメだこりゃ』みたいなしぐさは。
「……ここまで鈍感とは、なあ…。」
「んなっ、失礼な!君が意味不明すぎるだけだろ!」
これでも結構『鋭い』って、言われてきてんだけど。
腹立つな。
「……まあ、いい。なら教えてやるよ。」
国崎は、1歩私に近づいた。
けど
「あ、ストップ。動くな。話ならここで聞くから。」
私は手のひらを突き出し、制止を呼び掛けた。
…また、さっきみたいなのされたら、今度こそ私の心臓は破裂する。
じりじりと後退する私を見て、国崎は吹き出した。
「……プッ、そんな警戒すんなよ。」
「するわっ!私、キッ、キス、初めてだったんだぞ!」
―うわ。キスとか、口に出すのも恥ずい。また、顔が火照る。
「へぇ~。それは、結構。」
なぁにが結構、だ。ニヤニヤしやがって。
国崎はクスクス笑いながら、ソファに座り、私を手招きする。
「ほら那津、何もしないから、おいで。」
「うさん臭いから、ヤダ。床でいいですー。」
対する私はつーんと顔を背けて、フローリングに三角座りした。
「…信用ねーな、俺。」
男はまたニヤリと笑って、私の傍に歩み寄る。
体をじっと硬くしてみたものの、ヤツは両腕でいともたやすく私を持ち上げ…結局ソファに一緒に座ることになった。
…っち、この細マッチョ。この身体のどこにそんな筋肉があんだよ。
「…どうせ強制なら、聞くなよ。」
ぶう、と不機嫌にふくれて愚痴った。
「床は冷たいだろーが。俺の優しさだよ。」
―どこが。せめてもの抵抗に、人1人分間を空けて座ってやる。
―国崎はしばらく苦笑していたが、
やがて真面目な表情を作ると私を正面から見つめた。
「…ね、那津。俺今めっちゃ怒ってんの。」
目が、笑ってない。
「それは、分かったから。…言ってよ。」
国崎は私の方に体ごと向け、ジロリと睨んだ。
「那津にけしかけられたあの女の相手すんの、ウザかった。毎日毎日、よく懲りないよな、アイツ。すげー疲れた。」
「……それは、素直に私のせいだわ。謝る。」
…けしかけたワケじゃないんだが、結果的にはそうなるかな。
どうやらコイツは、麗奈さんがタイプじゃなかったみたいだ。…この、贅沢者が。
「…あと、那津が露骨に俺を避け出したのも。
どうせ、俺とあの女をくっつけようとか、思ってたんだろ。俺の意見も聞かずにさあ…。」
「………。」
図星。当たり過ぎててなにも言えねぇ。
…だってホントにお似合いだと思ったんだよ。麗奈さんとも約束したことだし。
でも、やっぱ、本人の意向を無視したのがいけなかったか。反省だなー。
「それに」
まだあんのか。
「俺抜きでアイツらとだけ会うとか、納得いかない。」
「……。」
……え、いや、それは私のせいじゃないだろ。…意外とナイーブな男だな。仲間ハズレが嫌、とか。
「え、最後のは関係ある?」
「大アリだし。」
へ。そうですか。
目を伏せていた私はしかし一瞬黙った彼を見上げ、おもむろに手を取った。
「…ごめん。」
国崎の手をそっと包む。
「………。」
「ごめんね、国崎。」
とりあえず誠心誠意をつくして謝る。どんな理由であれ、コイツを傷つけた私が、悪い。
それに、あんな顔されちゃ、いくらなんでも良心が痛んだ。
国崎はしばらくの間、黙って私を見ていたが、やがて肩を落とした。
「…はぁ……那津って本当に残酷だよな。」
「!」
言葉と同時に、掴んだ手をそのまま国崎に引かれ、一気に距離が縮まる。
そして、ヤツの胸に倒れこみ、ぎゅうっと抱き締められた。
――ちょっ!何もしないとか、言ったくせに!!
…とは、言えなかった。
事は私に非があるのだ。これが罰なら、甘んじて受けないと。
「…やけに、大人しいな。どうした?」
言いながら、国崎は私を抱く手に力をこめた。
「…別に……罰なら、受けようと思って。」
ぼそっと呟くと、国崎は突然バッと身体を離した。
……ものすごく驚いた顔をしている…?
どうしたというんだ。