02
いきなりの出来事に目をパチパチと瞬かせる。目の前を見ると、水谷が気絶していた。
…えっと、原因は………
「…缶コーヒー?」
しかもヘコんでいた。スチール缶なのに。
缶はコロコロと足元に転がってきた。
…どうやらコレが、思いっきり水谷の後頭部にぶち当たったみたいだ。
若干、彼の頭が赤くなっている。
…それにしても、すごいコントロールだな。水谷には悪いが、感心するわ。
私は投げた相手を見ようと、視線を後方へスライドさせ――――
――すぐ戻した。
………ヤバイ。直視できない。
何アレ、人間?ターミ●ーターじゃないのか?私、まだ殺されたくないんだけどっ!
…いや待て、見間違いかもしれない。つか、そうであってほしい!
冷や汗をかきながら身動きひとつできない私に構わず、そいつは接近した。
そして、私の肩を掴んで強引に顔を向けさせた。…自分の方へと。
そこで私が見たのは。
―――鬼のような形相の、国崎聖悟様。
…やはりさっき、ちらと拝見したお方は本物だったらしい。
今まで見たことがないくらい怒ってらっしゃる。瞳が炎で燃えあがってるような気さえ、します。
………。
――正直、命の危険を感じた。
私は、責めるように私を睨み続ける男に恐怖する。
「…あ。…えと……国崎…」
うわ、怖すぎてなんかかすれたような声しか出ない。どんだけ怯えてんの、私。
「――…宏樹、圭。話は後で聞くから。あと信二が起きたら言っといて、殺してやるって。」
国崎様は、私から一瞬視線をはずすと、2人に向かって恐ろしく低い声を出した。
…まるで地獄の底から響くような。
背筋が、ぞくっとした。
―っ!
なんか水谷が死刑宣告されているが、もう、どうでもよし!!今すぐこの犯罪者みたいなオーラを出す男から、逃れたいっ!!
…しかし、天への願いも空しく、
「…那津。」
っい、いやぁ!お呼びがかかったぁ!!
―もう、私は俯くしかできない。体もガクブルだ。
そこらのヤクザ者よりはるかに恐怖感を与えてくれる国崎は、一体、何者なんだろう。
つか私、何かしたかっ!?
「……来い。」
腕を引かれて、立たされる。
…何だか分からんが、ここは従うほかあるまい。私は手を引っ張られながら、歩いた。
…引かれながら、斎藤と乾が後ろで
「頑張れ」とか「生きて帰って来い」とか言ってるのが聞こえる。
わ、私、ホントに生還できるのかな……?
明日の日の目は見れるのだろうかっ!?
国崎に連れられ、彼の車に押し込まれた。
――誘拐犯、リターンズ。
…いや、今度のは、シャレになんないな。ホントに誘拐かもしれない。
無言で車を発進させ、結構なスピードで国道を飛ばす国崎。
当然のごとく顔を見ることはできなかったが、かなり怒っている雰囲気だ。
私は助手席に縮こまって座り、ずっと自分の手を見つめていた。
―ちょっとやそっとのことでは驚かない私だが、今回はマジで危機感を覚える。
この私が、かよわい女子のように震えてることしかできないとか、前代未聞だぞ。
…こいつ、なんでこんなに怒ってるんだろう?
どれだけ経ったのか分からないがとりあえず、車が、止まった。
どこかに着いたらしいが、私は硬直したまま前すら見ることができず動けない。
「降りろ。」
私は横からの彼の声に体をビクッとさせ、震える手で助手席のドアを開けた。
な、なに、ここ。どこだ…?
恐る恐る外に出ると、暗い地下駐車場だった。…見た感じ、マンションの駐車場。
…と、いうことは……
「俺の家、行くぞ。」
ですよねーーっ!やっぱ君の家かいっ!
…ヤベェ。監禁されたら……とか。想像したら、体が勝手に震えてきた。
「早く、来い。」
しかし選択肢は無い。またも手を引かれ、歩かされる。
…国崎さん、アナタ、さっきから単語しか言ってませんね。それがまた、私の心臓を速めるんですけど。
――エレベーターに乗り、ついに国崎の家の前にたどり着いた。5階の、奥から2番目の部屋。黒い扉が私たちを出迎える。
―…魔王の城だ……
…ここに来るにはまだレベル足りないんじゃない?出直してきたいなー。
そんなことを考えてると、国崎は無言で鍵を開け、
「っ!?」
私を中に押し込んだ。
…かなりの力だ。玄関ですっ転び、私は鼻をしたたか打ちつけてしまった。
…っぐう。DVか!?めっちゃ鼻痛い。
「っちょ、国崎!何すんの!!」
怒りからか、ようやく声のボリュームが上がってきた。私は男を振り返り、どなりつける。
「……何、すんのって?」
国崎は後ろ手にガチャリと鍵をかけてから、こちらに近づいてきた。
ゆらりとした動作が、また不気味だ。
…こ、声のトーンがまだ低いよぉっ……!泣くよ?いくら私でも、泣くからね?コレ。
「それは、俺のセリフなんだけど。」
急速に距離を縮める国崎に、私は身の危険を感じ、足を滑らせながらもリビングへ走った。
国崎の部屋は存外に広く感じられたが、今の私に余計な装飾を気にしている暇はない。
あちこちと逃げ惑ったが、男と女の体格差からか、すぐに追い詰められ、そして。
「う、わ!?」
ついに、ソファに押し倒されてしまった。
私の体重で、ソファが若干沈む。その上に国崎が覆いかぶさった。
目の前に、彼が迫る。
「……っ!!」
―…ボ、ボコられる!?
私はぎゅっと目を閉じ、体を強張らせて衝撃に耐える姿勢を取った。
…………。
しかし、何も起こらない。部屋の中がいきなり静かになったような気がした。
「…?」
私は恐る恐る目を開けてみた。国崎の顔が完全に視界に入る。
だが。
「…え?」
思わず、目を丸くする。
彼は、…何故か、すごく苦しそうな顔をしていた。
真っ暗な瞳には、怒りはもちろんだが、悲しみ、憎しみなどその他のものも映しているように見える。
「…君……、どうしたの?」
無意識に尋ねてしまう。国崎は明らかに様子がおかしかった。
押し倒されたままなので、互いの距離は異様に近く、吐息が顔にかかるほどだ。
しかし私は、この状況より彼の表情の方が気になった。
「……那津。」
長らく黙っていた国崎が、口を開き、私の名をささやく。
そして、吐きだすように言った。
「お前、やっぱムカつく。」
「……え、……むぐっ」
言うが早いか、大きな影が襲いかかり、私は口を塞がれた。
……国崎の、唇で。
「―――っ、!」
感じたことのない感触に、大いに戸惑う。
…何だこれ。何してんの、コイツ。
…い、息ができな……
酸素の供給不足か、だんだん頭がぼんやりしてくる。
「~んんっ、む!」
私はヤツを押しのけようと胸板を力いっぱい押すが、ビクともしない。それどころか、いっそう激しく私の唇を奪い、貪る。
――もう、わけが分からない。苦しい。
酸素不足だけじゃない、この変な感覚に、私は完全に力が抜けてしまった。