国崎、激怒
――カラ、カラン。
炭酸がグラスの中で弾け、泡をだす。
ぎっしり詰まった氷をかき交ぜながら、私はおもむろにグラスを傾け、黒いジュースを飲んだ。
―うん、コーラって、たまに飲むと美味しいよね。
「ちょっと、ナツちゃん、聞いてる?」
「…ん?あー、聞いてる聞いてる。」
私はグラスを机に置き、彼らの方に向きかえった。
麗奈さんの猛アタック宣言から、数日が経過した。
彼女は有言実行派らしい。あの日から、誰が見ても分かるくらいの好き好きオーラを発し、国崎に迫っている。
「…ナツちゃん、麗奈さんスゴいね…。」
斎藤は困ったように苦笑する。
「…だね。でも、元々彼女、国崎狙いだったから。」
「ちぇ、まぁた聖悟かよー。俺、麗奈ちゃん結構タイプだったのになあ。」
ストローを口に入れたまま、水谷が愚痴る。
「…でも、当の聖悟は、かなりイラついてるみたいですけどね……。」
乾は遠い目をして、アイスコーヒーを飲んでいた。
――私と乾、斎藤、水谷は今、
おなじみの大型ファミリーレストランでぐだぐだと雑談している。
『国崎君と2人きりになりたい』という、麗奈さんの希望だ。
国崎は、もちろん置いて来た。
「…ま、いいんじゃない?美男美女で、お似合いでしょ。」
私は今度はメロンソーダを飲んだ。
シュワシュワして美味しいな~。夏はやっぱ炭酸に限る。
「…うーん、ビジュアル的にはいいけど、性格はどうだろう?」
「あの人、なかなか面白いよ。恋する暴走乙女だから。」
「…ブッ、暴走って…!」
「そんな激しい人なんですか?そうは見えませんが。」
「実はそうなんだよ。特に国崎の話になると、さ。」
笑いあう私と3人の男たち。
テーブル席に3人のイケメン+私という構図だが、こいつらと付き合い始めて、もう1ヵ月弱、経つ。突き刺さる視線にも、慣れてきた。
…慣れって、怖いもんだな。
「―あ、そうだ。君ら、麗奈さんとどう?ちゃんと仲良くしてる?」
ぱっと顔を上げる。
せっかく集まったことだし、ちょっと本音を聞いてみたくなった。
うまく付き合えているんだろうか。…上手くいっていてほしいんだが。
―だが、
「…うーん、いい子なんだけど、ね。」
「俺は別に普通だけど、なんつーか……なあ?」
「前も言いましたけど、俺は苦手です。」
…なんだなんだ。
3人揃って茶を濁しやがって。
「…うまく、いってない感じ?」
聞かなきゃ良かったかな。
見た限りじゃあ、普通に仲よさそうだったんだが。
「いや、やっぱナツちゃんといるみたいには、いかないかな。」
「…私といるみたいにって?」
「本音では付き合えないかもって、言ってんの。その点、ナッちゃんは貴重だよなー。」
水谷に頭を掴まれ、ぐしゃぐしゃと撫でられる。
…痛いっての。
――しかし…ううん、残念だ。
いい人なんだけど、こいつらの評価がコレだと、友達としてやっていくには難しそう。
「…ねぇ、斎藤。女の子の方は、どうなってんの?」
私が選んだ子でダメなら、私は君らにまかせるしか、ないではないか。
しかし。
「あぁ、アレ?どうも無理そう。」
斎藤はカフェオレを飲みながら、サラリとそう言った。
…what?
「おい、ちょっと。無理ってどういうことだよ。」
「そのままだよ。女のコたちって、俺たちが選ぶと余計な勘違いするでしょ。
結構色々あたってみたんだけど、君みたいな子は相当レアだから。」
ちっ。それならそうと、さっさと言えよ。やっぱそうなったか。
「…私みたいって…口が悪くて、地味で、男に興味がない?」
「誰も、そこまで言ってないでしょう。自分を卑下するのは止めた方がいいですよ。」
恨めしげに尋ねると、乾にピシャリと反論される。
そして、私と目を合わせてきて、
「ナツさんは口は悪いけど、可愛らしい女性ですから。」
ニッコリと胡散臭い笑顔を浮かべて、断言された。
――けっ。可愛らしい、とか。
私相手に、リップサービスはムカツクだけだから、ヤメロって。
しかも口は悪いってトコは肯定するのか。わざと言ってやがるな?コイツ。
「それは、どうもありがとー。」
棒読みでヒラヒラと手を振って見せた。
「褒めましたのに。」
クスクスと笑いを零す彼。……はー、ウザ。
「…とにかく、そういうことなら、麗奈さんに頑張ってもらわないとね。あの人のおかげで、女子戦力はガタ落ちなんだから。」
アレはかなり助かったから、今後も活用したい手である。
「…へぇ。それで、聖悟とくっつけばいいって?」
「そ。だから、ここ数日は彼女に協力して、国崎には近づかないようにしてるんじゃないか。」
―そう。私は麗奈さんと約束してから、1度も国崎には会わずに過ごしてきた。
約束は、守る方だからな。基本。
「友達が無理なら、本物の彼女になればいいんだと思って、ね。」
私は再度グラスを傾けながら、ぼやいた。
―麗奈さん。
自己中心的で悪いが、私のためにも、どうか1つよろしく頼む。頑張ってくれ。
「ふーん。」
興味なさそうだな、斎藤。なら話振るなよ。
「…でも、ナツさん、それはちょっとマズいかもしれませんね。」
「は?何が?」
「多分、今に酷い目にあうぞ。聖悟から。」
突然、彼らが深刻な顔を作った。
……国崎から?酷い目?
「…なんで?」
マジ不明。
「…ナツちゃんって、自分には鈍感なんだね、他人には敏感なのに。」
斎藤が苦笑しながらそう言う。
―だから、なにが?
え、もしかして私、知らない内に地雷踏んでる?
私は考え込んだ、が、どう思い返してみても、問題行動は特になさ…そう。
?全然分かんない。
「……で、でもいい機会だろ?国崎の猫離れには。」
「……は?猫?」
3人の疑問符はキレイに揃った。
「…国崎がこないだ、言ってたんだよ。私は猫みたいだって。」
人間になりきれていない所が、悲しいが。
「だから、いい加減現実を見て、新しい恋でもしてもらわないとさ。」
フンッと鼻を鳴らした。
…別に親切心からの行動じゃ、ないが、国崎にとっても悪い話じゃないハズ。
これの、どこが悪いっての?
―すると、これ見よがしに、男性陣からため息を吐かれた。
「ナツちゃん…現実をみなきゃいけないのは、君の方かも……。」
「これは、聖悟も苦労するはずですね……。」
「そんなこと言う聖悟も聖悟だけどね……」
だ か ら !
さっきから何が言いたいんだよ!何のことだか、さっぱりなんだってば!なんか馬鹿にされてるみたいで、腹立つっ!
うー、と唸っていると、今度は水谷が、まじまじと私を覗きこんできた。
…何だ、水谷。アップで近付いて来んな。
慣れたとはいえ、こいつら全員顔が整い過ぎてる故、急な接近は心臓に悪い。
「…うーん、猫か。でも、言えてるかもなあ。」
「っわ!?」
水谷は目を少し細めたかと思うと、
突然私を後ろから抱き締めた。そして髪を撫でているらしい。
「ボサボサ頭に見えるけど、結構猫っ毛だしさあ。
なんか抱いてると温かいとか?でもナッちゃん、痩せてるからそれはないか。もう少し太ったら?」
ゴチャゴチャ失礼なことを言う声が、頭上から聞こえる。
…オイ、水谷。私が猫なのは分かったから、離せ。
あと、腰回りを触んな。セクハラだっつの。
「……っだーもう!離ーー」
バコォンッ!!!
すると、突然。
私が催促するのと同時に、なんかもの凄い音が聞こえた。近くで。
…は?今、何が起こった……?