02
大学を出て徒歩7分(私計算)。
大きな道路から少し外れた所に、私のお気に入りのコーヒー屋がある。
…コーヒー屋といっても喫茶店のような所で、中でマスターがコーヒーを入れてくれるのだ。
――カランカラン。
いまどき珍しい古風なドアベルがついたドアを押し、店内に入る。
「いらっしゃい。」
柔和な笑みを浮かべ私たちを迎えてくれたのが、この店のマスターだ。
御歳、35歳。独身。丸メガネとヒゲがトレードマーク。
「こんにちは、マスター。」
私はとりあえず挨拶をして、カウンターに座った。
国崎はその隣の席に腰掛ける。なんだか物珍しそうに店内を見回していた。
「那津ちゃん、久しぶりだね。こっちのカッコイイおにーちゃんは彼氏?」
…定番トークしてきやがった。
「違います。友達、しかもなったばかり。」
「仲よさげに手、つないでるのに?」
は、しまった。繋ぎっぱなしだったか。
瞬時に私はパッと国崎の手を離した。なんか汗かいてたし。最悪。
「…まぁ、これは成り行きで。」
「いいねぇ、青春。オジサンはもう枯れ果てたからなぁ。」
聞いちゃいねぇな、このオヤジ。
「…国崎。マスターはこんなんだけど、コーヒー入れるのは上手いから。」
「こんなんって何よ、こんなんってえー!」
口うるさいオヤジだよ、もう。
「はいはい、うるさいから黙っててー。私、ブルーマウンテンね。それと――」
「マスターさん、俺コーヒー苦手なんですけど。飲みやすいのあります?」
ちらりと隣を覗きながら言うと、いきなり国崎に遮られた。おお、敬語だ。
「僕のことはマスターって呼んでよー。そっか、コーヒー苦手なの、君。じゃとっておきの、ブレンドしちゃおうかな?」
「うわ、マスター、実は男好き!?だから35にもなって結婚できないんだって。」
「やかましい。年齢のことは言うんじゃないの。」
マスターは舌を出してそう言い残し、店の奥へ消えた。
―しばらくお互い無言でいたが、ふと視線を感じ横を向く。
…と、国崎がなんとも言えない表情で私を見つめていた。
「…何、国崎。」
目を細めて聞いてみる。
「ん?ああ、なんか那津がくつろいでるの見て、意外な感じがしたから。」
と、なんだかぼんやりとした様子でそう返ってきた。…くつろいでる、ね。
私はふっと笑った。
「……確かにそうかも。私、コーヒーの香り好きだからね。なんか癒される。」
そう言って前を向き、少し黙った。
――マスターの店は感じがいい。
忙しい街の中で、ここだけ時が止まっているかのような錯覚を覚える。
国崎もそう思っているのか、いつもより若干顔の表情が柔らかいような気がする。
「…はーい、おまたせ。」
程なくしてマスターが戻ってきた。手には湯気の立つコーヒーカップが2脚。
「さ、飲んでみて。」
私はいつも通り、香りを堪能してからカップを口に運び、一口飲んだ。
…うん、今日も美味しい。このオヤジからなんでこんな美味しいコーヒーが出るのか、不思議。
「…えっと、国崎君だっけ。最初は何も入れないで飲んでみてよ。」
マスターに促された国崎も、恐る恐る手渡された一杯を一口飲んだ。
すると、
「…おいしい……。」
ヤツの顔は、パッと花が咲いたようにほころんだ。これには私もぎょっとする。
うわ。バックに花が飛んでるよ、花が。
…客観的に見ても、超可愛い。
こりゃファンには鼻血ものだな。なんだ、その汚れなき少年のような表情は。
「やったっ!それ、僕の自信作なんだよ!よかったー気に入ってくれて。」
マスターもなんかやたら嬉しそうだ。…若干引くほど。
「俺、こんな美味しいコーヒー、初めて飲みました。」
「おうおう、嬉しいこと言ってくれるね。もう1杯どうよ。」
「じゃあ、いただきます。」
国崎のカップに新しくコーヒーが注ぎ足される。マスターも同じのを自分のカップに入れていた。
マスターと国崎はすっかり意気投合したようだ。親しげに話す2人を横目で見ながら、この店を紹介して良かったと思った。
……あ、そうだ。
「ね、マスター!私もそれ、飲んでみたい!」
忘れるトコだった。国崎も大絶賛するそれをコーヒー愛好家の私だって、ぜひとも飲んでみたい。
そう思って申し出てみたのだが。
「残念ながらもう無い!また次回、だな。」
…あっさり断られた。しかも笑いながら。
「えーっ嘘!もっと入れといてよ!」
ニャロ、国崎には2杯も入れたくせにい!
男女差別か!?顔差別かっ!?ズルイッ!!
――私は最後の手段とばかりに、じいっと国崎の持っているカップを見つめる。
「…欲しい、か?」
国崎が笑ってそう聞くと、
「うんっ!」
私は素直に即答した。
やったっ!国崎イイヤツ!(単純)
国崎からコーヒーカップを受け取ると、綺麗な茶色を一口すする。
途端、口が緩んで笑顔になった。
「あ、ほんとだ。スッキリしてて美味しいっ!」
オヤジめ、こんないい豆を隠してやがったか。不公平だぞ。
ありがと、とカップを返すと国崎は苦笑して残りを一気に飲み干した。カップを置き、そして呟く。
「…なんか、ここにいる那津って、子供っぽい。」
………。
「…え、マジで?」
自覚ないんだけど。
君の目にはそのように見えたのか?子供っぽい私って、なんかキモくない?
「うん、マジで。」
「…子供っぽいっていや、君もだろ。」
「え、俺も?」
「さっき、ファンにバラまいたら軽く10万は稼げそうな、あどけない笑顔を漏らしてましたけど。」
「うわ、怖いな。気をつけとこう。」
国崎は身震いして、自分に言い聞かすように呟く。
するとカウンターから両腕が伸びてきて、私と国崎の頭をがしっと掴んで豪快に撫でた。
「ハッハッハッ!いいのよ、若者たち!!ここにいる時は存分に子供に戻りなさいっ!お父さんがコーヒー入れてあげるから。」
「えー…こんな父さん、ヤダな。」
髪をかき交ぜる手を振り払って、冷たくそう言ってみる。
…ったく、何でこんなテンション高いのこのヒゲオヤジ。髪が乱れたじゃあないか。
「傷つく言葉を言うなっ、娘よ!反抗期か?」
「…じゃ、俺はこいつの兄?」
「勝手に設定作るなよ。それなら、私のが姉でしょ。」
「お前はどうみても妹だ。」
――なんか、あーだこうだ言いながら、馬鹿らしい設定を作られた(勝手に)
最終的に決まった役(?)は
マスターが妻に逃げられた30男で、国崎が離婚の際引き取った息子、私が再婚相手の連れ子。
……どこの昼ドラだよ。
確実に何度か修羅場を迎えるだろ。私、血繋がってないし。
しかも再婚相手が非常に気になるトコロだな、コレ。
ま、でもある種リアルな偽装家族ごっこも、なかなか楽しめた。国崎も、マスターも楽しそうだったし。よく笑ってたし。
――私も、なんだか楽しい気分になった。
――気がつくと時間はだいぶ経っていて。もう夕日が傾きかけていた。
「マスター、そろそろ行くわ。」
私は席を立った。ついで国崎も立ち上がる。
「ん、またいつでも来てね。」
――カランカラン
マスターの笑顔の見送りを背に、私たちは外に出る。
夕日であかね色に照らされた街。
行きは混み合っていた通りもだいぶ人通りは少なくなっていた。そんな街中を私は国崎と肩を並べて歩く。
「…いい店だったでしょ。」
歩きながら、隣で歩く男に尋ねた。
「……ああ、そうだな。」
…なんだ、そのぼんやりとした返事は。いつもの国崎らしくない。
「どうしたの?」
私は違和感を感じ、足を止めて国崎の顔を見た。夕日で照らされていて表情はよく読めないが、多分笑ってはいない。ヤツも足を止めた。
「…那津は、何で俺をあの店に連れて行った?」
しばらく間があき、ようやく口を開き言葉を発した国崎。言うと同時にその真摯な瞳に見つめられる。
――また、だ。この目。
この真剣な眼差しに射抜かれる。私は思わず目線を下に向けて顔を逸らした。
え、なにこの空気。何でコイツ、こんなマジなの?
私は焦って弁解の言葉を口にする。
「だ、だって、君がコーヒー嫌いとか言うから!コーヒー程美味しい飲み物は無いってのにっ!!」
焦りつつも口を尖らせて、そう答えた。
え、合ってるよね私。これ以外の理由なんて無いんだけど。何を求めてんの?君は。
「でも、お前のお気に入りだったんだろ?いいのか?」
国崎は真面のまま、小さく聞いてきた。
…ああ、なんだ。
コイツ、私のテリトリーの心配をしてるワケか。
私が決めた領域を侵犯してはいないか、と確認しているのか。
……私の言ったこと、覚えてたんだ。
「…別に、いいよ。国崎も気に入ってくれたら私も嬉しいから。」
――うむ。
紳士な配慮はありがたいが、別に気にしてもらわなくてもいい。
マスターの店が広まるのはちょっと嫌だが、国崎は言いふらすタイプでもないし。
――君はトモダチだから。今は、ね。
しかし気遣ってくれたのはうれしく思い、私は歯を見せてニカッと笑った。
「ふーん。」
そっか、と国崎も嬉しそうに笑った。
…やっぱり紹介して、良かったな。マスターの店をよほど気に入ってくれたらしい。
夕暮れの中、再び並んで歩き出す。
「…また、ちょくちょく行ってあげたら?マスターも、息子のように思ってくれてるワケだし。」
「行く時は、那津と一緒に行くよ。」
「そ?」
「俺は、お前の兄貴だし。」
「…まだその設定、続くの?」
「しばらく、これでいこうかな?」
…やめなさい。私の本物の兄が泣くかもしれん
私たちは、そのまま人のいない道を歩き続けた。