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脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
124/126

予測不能の幸せ




それから月日は流れ、2年と半年後―


季節は3月。

ようやく日差しも柔らかくなり、春の陽気がそこはかとなく感じられるようになってきた頃。

早咲きの桜がちらほら咲いている中、S大学ではたくさんの人々で賑わっていた。

その人の群れは大学内にある講堂に集まっており、式の開催を今か今かと待つ。

学生たちは正装をし、慣れ親しんだ校舎を眺めながら友人と語り、その父兄は立派に成長した我が子の晴れ姿をカメラに収めたりなどして―。

――そう、本日はS大学の卒業式なのである。


卒業生たちは4年という長い学習期間を終え、社会人、あるいは大学院生としての一歩を踏み出す。

卒業式は、言わばその人生の節目ともいえる行事である。

卒業生たちは『一生に一度だ、よい式にしたい』とばかりに自分を飾り立て、皆色とりどりの袴を翻していた。


だが、そんな中――真黒なスーツに身を包み、ぼんやりと隅に立っている女子生徒がいた。

それは、何の変哲もないフォーマルなスーツだが、

卒業式という晴れ舞台においてその衣裳を選択する女子は少ない。

よって、彼女は変に周囲から浮いていた。

…まあ当の本人はそんな視線など、全く気にしていないのだが。


「あ、いた!おーい、ナッちゃん!!」


―と、そこに明るい大きな声が響き、女子生徒は顔を上げる。

そしてよく見知った男が手を振っているのを見て、彼女も少し顔を和らげた。


「ああ……ドーモ。」


――女子生徒の名は本城那津、22歳。

本日をもって、S大学を卒業する卒業生である。



『探したよ―』と軽口をたたきながら那津に近寄ってくる男、水谷信二。

彼も同じく本日の卒業生であり、那津の友人だ。

那津同様に黒いスーツに花を指しているが―なんだか大人っぽいというか。

雰囲気が違うので、普段の彼ではないようだ、と那津は思った。


「いや、分かりやすいね。スーツって。男は大体そうだけどさ、女子では珍しいよね?」

「だって、袴高いじゃん。着付けも自分じゃできないし…」

「はは、相変わらずの守銭奴だなー。」

「…悪いか。」


からからと笑い、那津の頭を小突く水谷に、口をとがらせ、むくれる那津。

するとそこに、また新たな人物が近寄ってきた。


「ナツちゃん、久しぶりー。」

「あ、信二と一緒でしたか。」


斎藤宏樹、そして乾圭太朗である。彼らも同じくS大学の卒業生、そして那津の友人だ。

リクルートスーツをばっちりと着こなし、革靴を鳴らしてこちらに歩いてくる。


「おー、宏樹、圭。俺も今来たとこ。」

「あれ?ナツさん、スーツですか?」

「袴借りる金がなかったんだとさ。」

「えー見たかったけどなあ、袴。ま、ナツちゃんらしいといや、らしいけど。」


合流した途端、わいわいと会話をしだす男たち。

那津を取り囲み、たわいのない雑談を繰り広げる。

時折、那津も会話に巻き込んで大きな声を上げ、はしゃぎ――

ふと、那津は『君たち、』と声をかけた。


「ん、何?」

「どうかしましたか、ナツさん?」

「…ちょっと、離れてくれないかな?」

「は?」


ぼそりと呟いた那津に、綺麗に疑問符を並べた三人の男たち。

実は、先程から遠巻きにこちらを(主に目の前の三人の美男子を)覗く女子生徒たち視線が非常に痛いのだ。

ギラギラと刺すような眼差しを一心に受けている那津は(こういった視線はすぐ気付く性質である)、心中で大きくため息を吐いた。


…相変わらず大人気の友人たちであった。



彼女が言わんとすることに気付いたのか、水谷はニヤニヤと嫌な笑みを作る。

そして口を開いた。


「なんだ、まだ気にしてんの?それ。」

「まだ、って…慣れたことないんですけど。」

「嘘でしょ。だって、あいつの彼女、もう2年もやってる癖に。」


あいつの彼女。

そう言われて那津の肩がびくりと上がった。

『お、図星か?』、『ほらね?』と揶揄するように、彼女の様子を笑う男たち。

そいつらを睨みつけながら、那津は唸った。


…そう、確かにその発言は的を射ている。

大学2年の頃から付き合っている那津の彼氏は、それはもう美形で整った顔立ちをしている。

その憎たらしいくらいに綺麗な面に、芸能人かっ!とツッコミを入れたくなるほどだったが…

実際に、何度かスカウトの話があったり、彼の父親は現役俳優だったり。

あながち間違いでもなかったりする。


…まあとにかく、設定からしてそんなトンデモナイ男なのだ、彼は。

当然のごとく、ソレと一緒にいる自分も、奇異の視線にさらされ続けてきた。


だけど、それでも『全く気にならない』ことはないのだ――と、那津が口を開こうとしたその時。



「違うぞ。2年と『半年』だ。」



そう、耳慣れた声が近くで聞こえた、と思えばいきなり腕を引かれた。

あっという間に引き寄せられ、彼の腕の中に包まれる。


――うわ、まさか。


そう思い那津が真上に顔を上げた時――予想通りの人物がそこにいた。

件の那津の彼氏、国崎聖悟が満面の笑みで自身を抱き込んでいたのだった。


「聖悟…」

「何?」

「離して。」

「嫌だ。」


至極当たり前のことを要求し、それを彼は何でもないことのように否定する。

…この問答も何度目だ、と那津は思う。

いつだって、彼が那津の思い通り動いてくれたことはない。

スキンシップ過多な彼にとって、あまりそういったことに慣れていない那津の反応は面白いらしく、こうやって那津をからかって遊ぶことが大好きなのだ。

…相変わらず。


――ああ、馬鹿みたいにニコニコしやがって。

…殴ってやりたい。


「なー那津。なんで袴じゃないんだよ?」

「は?」


心の中でそんな物騒なことを考えているうちに、頭上から声が降ってくる。

見ると聖悟が面白くなさそうにスーツ姿をじろじろ見ていた。

なんでこいつらは私の服装をそんなに気にしているのか、と疑問に思いつつも那津も答える。


「レンタル高いから…って、君は卒業袴なんだね。」

「親父から送られてきたからな。」

「相変わらずの息コン…」


那津は呆れたように息をつく。

確かに今日、聖悟は高そうな真黒な袴を着こなしている。

それも、ものすごく似合っているのだが……


普通、男子が一回きりの式のために新品の袴を購入するか?

なんという気合の入れようだ。本人でもないのに。


――まさか卒業式に来ていないだろうな、あのダメ俳優…


注意深く周囲に目を通し、その存在を探し始める那津。

すると背後の聖悟から声がかかった。


「まあいいや。親父から那津の袴ももらったから、帰ったら着替えて写真撮ろう。」

「…え?何、あの人私の分まで!?」

「ああ、なんか知らんがもらったぞ。安心しろ、ちゃんと着付けてやるから。」

「いや、遠慮する!」


と、即座に断る那津。

…手つきが怪しすぎる。

絶対着替え以外の『何か』をやるつもりだろう!とばかりに噛みつく彼女を、聖悟は適当にはぐらかした。


「ほらほら、式が始まるよ。早く中に入ろう。」


――そのうちに、斎藤が二人に声をかける。

色んな意味で目立っていた両人を遠巻きに見ていたのだが、

流石に式の開始時刻に会場に入っていないとまずい。


――続きは帰ってからにしろよ。


三人の男たちはそう言って笑った。



「今行く!」



那津はバッと腕を払いのけ、聖悟の拘束から抜け出した。

そのまま走り出す彼女の後ろ姿を見ながら、聖悟もゆっくりとその後をついて行く。

振り返りベーっと舌を出す那津が可笑しくて、彼はふっと笑みを漏らした。

だが、ふと真剣な表情を作る。


――何も変わらない、見慣れた風景。穏やかな日常。

ーが、それももう終わってしまう。


変わらないものが変わるときが、ついにやって来たのだ。

誰にでも訪れる、『別れ』とともに。






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