03
「…本城那津さん、だったか。」
すると、ふいに正面から声がかかる。目を向けると、霧島涼が私を睨みつけていた。
どうやら、ようやく私の存在を認めてくれたらしい。
芸能人らしく、華のある綺麗な顔が真っ直ぐこちらを見つめている。…何とも嬉しくないことに。
…うわ、ついに気付いちゃったか、この息コン芸能人。
別にずっと息子とトーク展開してくれててよかったのに。
私は心の中で舌を打つと、『はい、そうですが。』と営業スマイルを作った。
「君は…聖悟とどういう関係なんだ?」
これまた定番すぎる質問だ。
芸能人ならもう少しひねりをきかせなよ、と私は嘲るように笑った。…もちろん、脳内でだが。
笑顔を貼りつける私と他人を前にうなる大型犬のように臨戦態勢の霧島涼。
漂いだした微妙な空気に耐えかねたのか、聖悟が横から口をはさんだ。
「…彼女だよ、言っただろこの間。」
「聖悟は黙って!それは聞かなかったことにしてるんだから!」
「現実逃避してんじゃねぇよ。アホ親父。」
「アホってなんだ、アホって!」
「最終学歴は俺のが上になるはずだ、高卒の霧島涼さん。」
「!!」
そしてまた始まる、不毛で、全く意味のない、息子と父親の言い争い。
…いや、本当に残念すぎるな、この霧島涼。
これ動画に撮って、適当にネットに流したらあちこちで炎があがるだろうな。
「み、認めん!私は君のような嫁は認めんからな!!」
―と、突然、霧島涼は叫びながら席を立ちなさった。
ズビシッと私に向かって人差し指を突き付け、若干潤んでいる目を細めている。
なんだなんだ。いきなり。
「話飛びすぎだろ、落ち着けよ。」
「いや!分からんぞ、今の若者はすぐ雰囲気で結婚するから!」
や、若者にどういうイメージ抱いているんだ、この人。
つーか、霧島涼ってデキ婚じゃなかったっけ、確か。人のこと言えなくね?
「…まあ、いずれそうなるだろうけどな。」
…あれー?なんか耳を疑うひとことが聖悟サンの方からも聞こえた気がしたんだが。
まいるなあ、この年でもう難聴とは。
「いや、聞き間違いじゃねぇぞ。あと何年かしたら結婚するだろ?俺ら。」
「え、ちょ、何それ。初耳。」
「あれ?言ってなかったか?」
きょとんと(わざとらしく)首を傾ける聖悟。
いやいや、聞いてませんけど。結婚のけの字も話題にあがりませんでしたけど。
確信犯だろ君、絶対。
てか、まだ大学生なのに結婚話って…何それ。
この話題って、こんなに頻繁に出るモン?
乾夫人もそうだけど、妙齢の大人ってなんでこんなに結論急ぐんだろ?
「いや、絶対、ぜーったい認めないもんね!聖悟には後々知り合いのモデルさんを紹介する予定――」
「は?何言ってんの親父。死ぬ?」
「…う、冷たい視線を向けるな。父さん本気で死にそう。」
「死ねばいいと思うよ。」
「うぐっ!」
ぼーっと成り行きを見守っていたら、さらにどうでもいい話題がヒートアップしている。
今更だけどこれ、どうやって収拾つけるんだろ。
無理じゃね?
少なくとも私には無理だ。
この二人の間に割って入るなんていう根性はない……
ヒュッ……ダンッ!!
「――え?」
瞬間、顔のすぐ横に一陣の風が吹き抜けた、と思えば、父子の間に何かが割って入った。
…いや、ちょうど真ん中に位置する壁に、突き刺さったと言った方が正しいか。
よくよく見ると、それは食事用の銀のナイフだった。
刀身の2/3ほどが深々と壁に突き刺さっていて、なかなか抜けなさそうだ。
え、これ誰が――?
たらりと汗をたらす霧島涼と聖悟、そして私が犯人を振り返る。
その張本人はナイフを回しながら、にこりと綺麗に笑った。
「ね、母さんお腹空いちゃった。…お昼御飯にしましょう?」
「……ハイ。」
コクコクと頷くメンズ二人と私。
――ここに『国崎家の母最強説』が発覚した瞬間だった。
雅美さんは、実はダーツの名手だったと知らされた後、
私たちは彼女の言うとおり昼ごはんを食べることにした。
まあ、ちょうどお昼時でお腹もすいていたころだ。異論はない。
何を食べるのかな、と考えていると霧島涼が聖悟の肩に腕をまわし、意気揚々と発言した。
「なら、せっかくだから今日は寿司でも食いに行くか?」
「このクソ暑いのに外なんか出たくねぇよ。出前とろうぜ。」
「私はどっちでもいいわよー。でも今はイタリアンな気分。」
「じゃあレストランだ、検索してみよう。」
あーでもない、こーでもない、と言いあう国崎家。
スマートフォン、タブレットなどの高性能端末なんて持ち出して、色々と調べだす始末。
私はそれを眺めながら、あれ?と思った。
――外食、出前?
「…え?お昼、作らないんですか?」
―というか、この人数ならその方が遥かに経済的でいいと思う。
そう思って何気なく口にした台詞に、国崎家の面々はぴたっと固まった。
え、なんで。
「…那津、その選択肢は国崎家では死亡フラグだ。」
「へ?」
首を傾げた私に聖悟が声をかけてくる。
耳をかせ、と言われて顔を傾けると、聖悟が耳打ちしてきた。
『母さんは料理が壊滅的に下手だ。俺が作った方が何倍もマシってくらい。あの人にまかすと料理じゃないもんが出てくる。』
さらにここ数年、実家ではマトモな食物を食べていない、とも告げられた。
…マジか。
ちらっと雅美さんを覗くと苦笑いを浮かべている。
どうやら真実、ということらしい。
―ならこの立派なキッチンは一体何のために存在しているのか。
全く勿体ない。
清潔で使いやすそうなシステムキッチンを見ながら私は少し考え、
「ああ、じゃあ私、何か作りますよ。何が食べたいですか?」
そう提案してみた。
瞬間、国崎家は、二度目のフリーズ。
…いや、違う。
国崎さん家の息子、聖悟くんだけは『マジで!?』と目を輝かせ、私に抱きついてきた。
ぎゃ!と奇声を発す私に構わず、ソファの上に押しつぶす。
「俺、那津の作ったものならなんでもいいぞ。」
「ちょっと、離れてよ!あと、聖悟には聞いてない!」
「いーんだよ、お前の飯、なんでも美味いから。」
「あー、もういいから離れて!」
ごろごろと私のお腹あたりに顔を埋める聖悟を押しのける。
お前は本当に日本人か?羞恥心、欠如し過ぎだろ!!
というか、自分の両親の前でこんなこと、よく出来るな!?
非日本人の聖悟に対し、私の方は羞恥で顔が真っ赤だ、この野郎。
バクバク鳴る心臓を抑えていると、ふいに静かな声が降ってきた。
「……作れるのか?」
―声の主は霧島涼。
テレビと変わらぬクールな表情で私を見下してくる。
聖悟の前とは打って変わった冷ややかな態度に、
少し違和感を覚えたものの、これが『外用』の彼なのだろう、と思った。
私は頷いた。
「ええ、まあ基本的なものなら。」
「じゃあ頼もうか。家にある残り物なら何を使ってもらっても構わないから。…なあ、雅美。」
「え、ええ…」
霧島涼の隣に座る雅美さんは困惑していた。
料理ベタが暴露された恥ずかしさか、私に対しての申し訳なさか、彼女は少々顔を曇らせ、俯き気味に私を見た。
「あの、那津さん…」
「雅美さん、ご飯は炊いてありますか?」
「…え、いいえ。今日は外食のつもりだったし…えっと、本当にいいのよ?食材だってそんなにないし…」
言いにくそうに口ごもる雅美さん。
その言葉を聞き、断りを入れてから冷蔵庫と戸棚を覗くと…確かに閑散としていた。
だが、なんとか昼食分くらいの食糧はありそうだ。
メニューを頭の中で考え、私は大丈夫です、と頷いた。
「では、少し台所をお借りしますね。」
不安げな雅美さんと、やれるもんならやってみろとばかりにふんぞり返る霧島涼を一瞥し、私は奥のキッチンに入った。
いつも通り手をゆっくりと洗い、冷蔵庫から目当ての食材を次々に取り出していく。
――さーて、作るか。
よく手入れされた包丁を握りしめ、私は調理を開始した。
――
「お待ちどうさまです。お口に合うかどうか分かりませんが…どうぞ。」
十数分後。
国崎家の食事用テーブルには私の手製の料理が並べられた。
本日のメニューは、ツナと大根おろしの和風パスタに、白菜とベーコンのコンソメスープ、残ってた野菜を適当に詰めたシーザーサラダ。あとは小鉢にホウレンソウの和え物をつけといた。
まあ、そう手の込んでいるものではないが…こんな感じでよかったんだろうか。
ちょっと野菜多すぎ?でもベーコン以外、冷蔵庫には肉類皆無だったし…
サラダのドレッシングはなかったから自作したんだけど、こういうのって好みもあるしなあ…
心の中でボヤキつつ、私は何の面白みもない自分の料理をつついた。
聖悟はうまい!とガツガツと遠慮なしに食べすすめ、
しばらく呆然と料理を見ていた国崎夫妻も箸を動かす。
すると、雅美さんはカッと目を見開き、勢いよく隣の夫を振り向いた。
「ねえ、茂彦さん。やっぱり、那津ちゃんをお嫁にもらいましょう!」
――ずっこけるかと思った。
実際、少し口に入れたものを吹いていまった。霧島涼もかなり驚いたらしく、激しくせき込んでいる。
「ま、雅美!?いきなり、何を言いだすんだ。」
「だって、こーんな美味しい料理が作れるんですもの!若いのに凄いと思わない!?私、那津ちゃんに料理、教えてもらおうかしら?」
「ああ、そうしろそうしろ。なんてったって、那津は家事全般、プロ級だからな!」
勝手なことを言う国崎雅美&聖悟。
いや、だから話が飛躍しすぎだろう、君たち。
しかも雅美さんなんて暴走しすぎでしょ。
国崎家では奥さんが一番マトモ、と思っていた私が馬鹿だった。
「そんな、昼飯を作ってもらったくらいで…」
そうだ、頑張れ霧島涼。この人たちに常識を叩きこんでやれ。
…まあ、貴方も大概だが。
「でも、美味しいでしょ?このパスタなんてとっても良く出来てるわ。…ほら、茂彦さんだって全部食べちゃってるじゃないの。」
言われて霧島涼の皿を覗けば、綺麗に空になっていた。…それも、全部、だ。
私が彼の顔を覗くと、霧島涼はさっとそっぽを向いた。
「……まあまあ、美味かった。」
そう呟いた霧島涼の横顔は若干赤らんでいた。
おっと、まさかのツンデレか?
…国崎家、籠絡ちょろすぎるだろ。