02
――事実、それは嘘でもドッキリでもなかった。
写真立ての中で、
彼がテレビで見るのと全く同じ顔で奥さんと聖悟と共に映っているのを見て、私は唖然とした。
「ほ、本当に霧島涼だ……」
「本名は国崎 茂彦(クニサキ シゲヒコ)。名前がダサかったから芸名にしたんだと。」
「…全然知らなかったんだけど。」
「だって言ってねぇもん。」
しれっと答える聖悟。…いや、絶対わざとだろ。
多分、ただでさえうるさい周りがそれ以上に面倒なことになるのを避け、黙ってたんだろう。
まあ、賢明な判断だが。
じーっと写真を見つめている私に、聖悟は面白くなさそうに口をとがらせた。
「何だ那津、あいつのファンだったのか?サインでももらっとくか?」
「いや、別に…だけど。びっくりした…。」
「そうか?」
そう呟いて私は聖悟の横顔を盗み見た。
まさか、本当に芸能人の息子だったとは…
しかし、なんか妙に納得できる部分もある。
その綺麗なお顔もすらりとした身のこなしも『遺伝』という説明がつくわけだ。
…聖悟のこと、芸能人じゃないかと思ったこともあったし、実際。
そんで、ついでにやたら自信満々な性格も受け継がれたとか?
うーわ、あり得そう。
「…なんか失礼なこと考えてんだろ。」
―と、ジロリと睨みつけてくる聖悟。
おっと、感づかれた。
いけない、付き合ってるとこいつの特性・エスパーを忘れそうになるな。
「ん?いやいや別に。ところで、この人たちはどうしたの?」
「…さあな。」
驚くべき反射で表情を取り繕った私は写真を置き、彼を振り返る。
肩をすくめる聖悟に、私は呆れ顔を作った。
いや、さあな、じゃないでしょ。アポとっといたんでしょうが。
ため息とともに、ぐるりと広いリビングを見回す。
――そう、私たちがこの国崎家に足を踏み入れた時、そこには誰もいなかったのだ。
国崎家は私たちの大学と同じ県内にある。
そして車で、さらに高速道路も利用したので、実際にたどり着くまで三時間もかからなかった。
途中のインターチェンジで御当地グルメも堪能できたし、短い道中はなかなか快適であったといえる。
五平餅うまし。
さて、そんなこんなで聖悟の自宅に到着した瞬間、まず思ったことは「でけぇ。」
このひとことに尽きる。
高級住宅街の中のひときわ目立つ三階建ての一戸建て。
これだけでも明らかに三人家族が住むお宅ではない。てか、五人家族のウチより大きい。
部屋数、十数個ってなんだ、ふざけてんのか。
トイレ三つもいらないだろ、なんだ、ふざけてんのか。
それと、ガレージの中に車が何台も停まってるってどういうこと?高級車ばかりって何?嫌味?
なんてセレブリティー溢れる素敵なお家なのかしら。
流石、霧島涼様のご自宅ですわね。
あはは、ごめんやっぱり帰りたい。
聖悟から諸々の説明を受け即座にそう申し出たが、
まあ、本心を口にしたところで帰らせてくれるはずもなく。
羽交い締めにされ玄関に押しこまれるという、異例の入室をいたしましたよ、はい。
んで、いよいよゲイノージンと御対面か!と一般人な私はドキドキと心臓を高鳴らせたが――
運よく彼ら二人とも留守だった、という次第だ。
いや、よかったんだか悪かったんだか。
でも、心臓破裂するくらい緊張したあの時間を返してほしいな、できれば。
「いや、俺はちゃんと言ったぞ、『今日帰る』って。どっか外出してるんじゃね?」
「そう。じゃあ戻ってこられる前に私、帰るわ。」
「…まだそんなこと言ってんのか、お前は。」
「いやいや、君の自宅が凄いってのはもう把握したから。十分っしょ。」
「じゅーぶん、な訳ねーだろ。俺、母さんに那津に会わせるって言ったんだから。」
「あれ?お父さんは来ないんだ。」
「仕事。どうあってもあと三日は帰ってこれないはずだ。」
と、自信たっぷりに言う聖悟。
どうやら今回の訪問は明らかに『霧島涼』のスケジュールに合わせて設定されたようだ。
…それも会えない方向で。
なんでだ?いや、私はその方が嬉しいが…
疑問をそのまま口に出すと、聖悟は苦笑いを浮かべた。
「できれば親父には会いたくねぇし、会わせたくないからな。」
「え?なんで――」
その時だった。
玄関のドアが、けたたましい音を立てて開いたのは。
「せーーいーーごーー!!」
「!?」
大声をあげて入ってきたのは、一人の男だった。
男は聖悟をロックオンするとすぐさまガバッと抱きつき、
「うぉー!聖悟だっ、聖悟だ!!元気だったかぁああ!!」
すこぶる嬉しそうにわーわーと叫びまくって、ぐりぐりと聖悟の頭をかきまぜている。
それは…親しいレベルを通り越してなんだか怪しい雰囲気だ。
私はボーゼンと両者の様子を見ていた。
…うわ、もしかしてそういう趣味だったんですか聖悟サン。
斎藤のこと言えないじゃない。何それ。
どうでもいいけど、大の大人同士が抱きあってる絵面ってなんかコワイな。
つーか、誰、この人。
―と、ここまで思考するのに、所要時間、わずかコンマ二秒。
ふふふ、状況把握能力はパニック時にこそ、真の力を発揮するのだよ。
「こんの…離れろ!クソオヤジ!!」
「うごぉ!!」
抱き締められて好き勝手されているのに苛ついたのか、聖悟は謎の男を容赦なく投げ飛ばした。
鮮やかな放物線を描いて男は吹っ飛び、近くの壁に体を打ちつける。
そして、すぐさま『ああ、痛そうだな』とぼんやり考える私に向き直り、叫んだ。
「那津っ!違うからなっ!俺はそんなじゃねぇから!!」
「あーはいはい。大丈夫、シッテルヨ。」
「棒読みしてんじゃねぇ!俺は那津一筋だから!」
「ギャー!どさくさまぎれに抱きついてくんな!」
「口直しならぬ、抱き直し。あーやっぱ那津、柔らかい。」
「くっそ、離れろ変態!」
…いつの間にか火の粉はこちらに降りかかっていた。
聖悟の両腕にがっちりと体を閉じ込められ、身動きが取れない。
ま、マジで動けない…!この、馬鹿力…っ
「ああ?なんだこの子。」
すると、背中をさすりながら立ち上がった男が(どうやら早々と復活したようだ)、
ようやく私の存在に気付いたらしい。
聖悟の腕をなんとか降り払った私は顔をあげ、近づいてくる男の顔を覗き――絶句した。
「き、霧島涼…?」
「ああ、そうだが。」
少し首を傾げたその男は――まさしく、今をときめく人気俳優、霧島涼だった。
――
どうしよう。なんか、思ってたのと違う。
目の前の二人の様子をじっと見つめ、私はそう思った。
「だからさー聖悟、やっぱ芸能界入ろうよー。」
「断る。」
「えー?なんでー!?聖悟なら絶対二世タレントとして売れるって!つーか俺が自慢したいっ!!」
「うざい、しつこい。」
「事務所にも言っておくからさあ…」
「もう口開くな、鬱陶しい。そもそも仕事はどうしたんだよ。帰ってこれないって言ってたくせに。」
「息子に会うためにスケジュールずらしたに決まってんだろー?大丈夫!うちのマネージャー優秀だから!」
「…マネージャーに同情だな。このダメタレントが。」
ベタベタと聖悟にまとわりつき、辛辣な聖悟にも全く気にせず話しかける霧島涼。
冷たくされることに慣れているのか、単純にMなのか…
いや、Mとかやめて!さらにイメージ崩れるっ!!
つーか、霧島涼のプライベートって本当にこんなんなの?
息子にベタ甘だし、頬、だらしなく緩んでるし。
クールでストイックって何だったの?演技?
あ~でもあり得そうだ。
何て言ったって、国崎聖悟の父親だもんね。
「ごめんなさいねぇ、那津さん。せっかく来ていただいたのに、こんな風で。」
―と、横から話しかけてきたのは聖悟のお母さんの国崎 雅美(クニサキ マサミ)さん。
困ったように笑いながら冷たい紅茶を出してくれた。
彼女もゆるくかかった茶髪ウェーブの似合うかなりの美人さんだ。そして、若い。
私は慌てて雅美さんに答えた。
「あ、いいえ、そんなことないですよ。」
「でもねえ、もう少し息子離れしてくれたらいいと思うんだけど。」
「…聖悟とお父さん、すごく仲がいいんですね。」
「昔からああなのよ。茂彦さん、聖悟が大好きで。」
…まあ、見れば分かるがな。
霧島涼の、聖悟好き好き光線、可視化できそうだし。
これは…ブラコン、ドタコンならぬ……
息コン(息子・コンプレックス)!
新しい、新しいよ霧島涼!新たなジャンルが今ここに産まれたよ!
流石、芸能人!流行の最先端だね!!(?)