02
チャイムが鳴る。今日の授業も滞りなく終わった。
窓をのぞくと雲1つない青空が広がっている…が、私の心境は曇天模様だ。まるで、ロンドンの街中のような。
今朝から悩みすぎて頭が痛い。そのくせ何の解決策も糸口も見出せないから、腹が立つ。
――私らしくないな、絶対。
ハッと自嘲気味に笑ってみる。こんなぐじゃぐじゃな感情、知らない。
私はもっと飄々としていて、受け流し上手だったハズ。
なんだってんだ、もう……
片付けながらまたも思索にふけっていると、ふいに3人の影が私の席の前に現れた。
…あれ?デジャビュか?前もこんな……?
「本城 那津。この間はよくもやってくれたわね。」
低い声が聞こえた。…あは、嫌な予感again。
恐る恐る上を見上げると、件の3人のギャルたちがいらっしゃいました。
すっかり忘れてたな、この人たちの存在。今まで授業、かぶってなかったのか。
なにやら面倒なことになりそうな予感だけが、する。
心の中でそっと舌を打った。
「昨日、あのイケメンたちとカフェで仲良さ気に話してたんだって?」
「……。」
もうそんな噂が出回ってんのか。…仲良くはありませんけど、まあ事実といえば事実。
「ホンット、なんでお前が!?こんな地味ブサイクよりもっと可愛いコがいるだろが!」
激怒して、叫ぶギャル。
…そんなこと私に言われましても。少なくとも、君はそのカテゴリ外みたいですけど。
「何とか言えっての!!このメガネ!」
眼鏡をバカにすんなよ。全国何万人の人がかけてると思ってんの?
常々思っていたが、『メガネ』って悪口なのか?
…何とか言え、と言われたので、口を開く。
「…ごめん。今、君らの相手してる暇、無いんだよね。」
本当だよ。今他のことでメッチャ悩んでんだから。
「ハァッ!?何だよ!調子こきやがって!」
「テメェさえいなきゃ、今頃彼氏出来てたかもしんないのに!」
「マジ、ウザい!死ねば!?」
あーうるさい、うるさい。どうせあの合コン、私がいなくても失敗だったって。
それにあいつらが欲しいんなら遠慮なくあげるから、もってってよ。
「っこのっ!!」
無言で睨みあげる私の態度にしびれをきらしたのか、ギャル子の1人が手を振り上げる。
――あ、殴られるな。あんま痛いのは嫌なんだけどなー。
しっかし、スゲェ顔。ゴリラ顔負けだね。
他人事のようにそんなことを考えて、来るはずの衝撃を待つ。
しかし、待てども痛みは起こらない。…アレ、痛くないな。はずしやがったか?
何故だか届かない衝撃を疑問に感じ、そっと目を開けてみる。
「何してんの、お前。」
聞こえてきた声と共に、私が見た光景。
――国崎が振り上げたギャル子の腕を掴んで、立っていた。
…わぉ。またも王道展開だな。これで私が超美少女ヒロインだったら完璧なのにねぇ。
そうぼんやり思っていると、
「せ、聖悟くん!!」
手を掴まれた女子の、1オクターブ上がったような声が聞こえた。
「ど、どうしたの?こんな所まで来て!」
「会いたかったよ、聖悟君!」
パアッとバックに花を咲かせて、上目使いに男を覗きこむギャルたち。
さっきとはえらい変貌ぶりだ。最早尊敬の域だよ、君たち。
しかし、国崎は不機嫌そうに彼女らを一刀両断した。
「俺は全く会いたくなかった。今度コイツに手ぇ出したら、女でも容赦しないから。」
その刺すような声に、ギャル子たちは猫かぶりスマイルのままピシッと固まる。
それを横目に国崎はぐいっと手を引っ張り私を教室の外へと連れ出した。
…痛いっつの。自称紳士はどうしたんだよ。今日はのっけから地、丸出しじゃん。
「離せ。」
とりあえず教室から出て即刻手を振り払った。国崎は険悪な顔をしながら軽く舌打ちする。
…舌打ちしたいのは、こっちだ。アホゥ。こんな、脳内がぐしゃぐしゃなときに会いに来やがって。
「何、ケンカ売ってんだよ。」
「…別に。どーでもいいでしょ。」
つーんと顔をそらす。最近既存のキャラまでも崩壊してきてるな、この男のせいで。
「何だよ、何怒ってんだよ。」
「君に関係ない。」
言い捨てて速足で歩きだす。…君は知らないだろうが、こっちは頭ん中がカオス状態だっての。
「待てよ。」
国崎は難なく追いつき、私の横に並ぶ。ついてくんな。
「…理由を教えろ。」
「理由なんて、無いし。」
「嘘つけ。」
「嘘じゃない。」
「那津。」
国崎の漏らした声に反応し、私は何故かぴたっと足を止めてしまった。
場所は中庭の隅だ。振り向くとヤツと目線がかち合う。
「…何が、あった?昨日と様子が違う。」
国崎の熱い視線が私を貫く。私は居たたまれなくなって、顔を俯かせた。
「……何もな「言えよ。」
肩を掴まれ、強引に目線を合わせられる。
国崎の顔は迫力がある。こっちが委縮するには十分過ぎるくらい。
今の私はまさに、蛇に睨まれた蛙、だ。
「――っ、」
ぎゅっと、唇をかむ私。
――見れない。ヤツの顔が。自分が今どんな顔をしてるか、知ってるから。
声も、肩にかかる力も、…追い詰めるような、視線も。
すべてが私を苦しくさせる――
「…っ君が、悪い…」
息がつまりそうで、居心地の悪さから抜け出したくて、つい本音が零れる。
「…俺が?何で?」
そう、さっきとは打って変わって優しく言うから、私はそれに甘えてしまった。
「…っ分からないっ!君のせいで、もうなんか頭がぐちゃぐちゃだ!!
国崎になんか会わなきゃ、こんなことにならなかったんだ!
いちいち私をからかいやがって!
君なんて、最低だ!変態!アホ!女たらし!」
ひといきに言葉を並べ立て、ありったけの声量で叫ぶ。
TPOというものも、何を言ってるかすら意になく、ひたすら文にもなっていない罵詈雑言を口から出す。
まるで小さい子供のように散々わめき散らす。
―こんなの、只のワガママだ。分かってるけどやめられない。それほど、私は参っていたのだ。
しかし国崎も何も言わずにただ聞いているだけで。
止める者がいないので、私は思う存分気持ちを吐きだし続けた。