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脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
119/126

突撃お宅訪問in国崎家

*natsu side*






「さ、準備はいいか?那津。」



聖悟はにっこりと笑い、私に向かって手を差し伸べてくる。

…降り払いたい、この掌。

眉をひくつかせる私は、しかめ面を返してやった。


「いや、いいもなにも…ホントに行くわけ?」

「何を今更。この間言っただろ。」

「私は、承諾してない!」



悲痛な叫び声が、狭い私の部屋の玄関に響いた。





――8月、夏休みまっただ中。

本城家から帰ってきた私たちは、

それぞれバイトだの集中講義だの飲み会だのに行き、日数を消費していった。


私の場合は、主にアルバイトだ。

夏に非常に長い休みを与えられる大学生は、一カ月や二カ月ずっとバイト漬け、ということも可能。

ここで働きまくって、ある程度貯蓄を作っておくことが肝心なのだ。

故に私はほぼ毎日、何かしらのバイトを入れていた。



本日もバイトを終え、くたくたになった私は扇風機を回しながら一息ついた。

そして、もらった給料明細を見て、にやりと不気味に笑う。

すこぶる順調だ。

この分で行くと、7~8月で20万は固いだろう。

これでお金の余裕ができれば自動車学校にでも通うのだが……


――ピンポーン。


頭の中で生活費と雑費を差し引いた金額の算段をしていると、聞きなれたチャイム音が耳に届いた。

―なんだ、誰だこんな時間に。

重い腰をあげ、ドアの前まで歩く。

そして鍵を開け、取っ手に手をかけた所で―ふと思いだした。


あれ?なんかこんなこと前にもあったような。



「那津―っ!」



あ、と口を開くよりも先に取っ手が外側から引かれ。

ドアを壊さんばかりの勢いで、男が倒れこんできた。





「――で?」

「何?」

「何、じゃなくて。この状況、何?」


私は隣の男を睨みつけた。

突然の訪問者――国崎聖悟は、相変わらず整った顔に笑みを浮かべ、私を抱き寄せる。

あー暑苦しい。

電気代かかるから、極力クーラー入れたくないのに。


「なんだ、彼氏が彼女の家に来ちゃいけないのか?」

「いけないことはないけど、君はいつも登場が唐突過ぎるのだよ。」

「仕方ねぇだろ。忙しくて会えねぇし、那津、メールも返してくれねぇし。…色々たまりすぎて死ぬかと思った。」

「………。」


…その結果が、これか。

いや放置した私も悪いが、それもせいぜい4日程度だぞおい。反動が半端なさすぎて笑えない。

私はため息をついた。


――そう。

いつかの再現のように、大型犬よろしく私に飛びついてきた聖悟。

そのまま勢いでぺろりと頂かれてしまいまして、今ココ。

まー要するに、狭っくるしい一組の布団の上で、いちゃこらしてるわけだ。


…くそ、言わせんな恥ずかしい。



「ああ、そうだ那津。」

「…ん?」


火照った熱を冷まそうと顔に手を当てていると、聖悟から声がかかる。

振り向くと予想外に真剣な表情の彼と目が合った。



「今週末、俺んち行くぞ。」

「…………は?」



その口から飛び出たのは思いもよらぬ一言で。

私は体をひねった不自然の体制のまま、固まった。


「俺、実家は△△市だから、車で行けば三時間程度で着くぞ。何泊する?」

「え。」

「特に何も持ってく必要はないと思うけど…一応着替えと洗面用具と…」

「いやいやいや、待ってよ!」

「何が?」


何が、じゃないだろうが!

だから君は毎度、話が唐突過ぎるって言ってんだろぉ!!


「き、君の実家に…私が、行くの!?」

「そう言ってんだろ。」

「何で!?」

「お前ん家に行ったんだから、今度は俺の家だろ。そうじゃなきゃ、フェアじゃねぇだろ?」


何がフェアだ。『フェア』の意味を辞書で調べてこい。

元々、私の実家に来たのだって、聖悟の要望だったではないか。

『国崎家お宅訪問』なんて、何故そんな試練が私に課されているのだ。


…ああもう、頭痛がしてきた。



「あのね、少しは私の都合を考えてよ。」

「直前じゃないと何かしら予定を入れて逃げるだろ、お前は。」

「……。」


まあ、図星ですけど。


「それに、今週末はオフだろ?確か。」


何で知ってるんですか。


「あ、ちなみにもうあっちには言ってあるから。」


それは用意周到なことで。


「―で、何か質問は?」

「…もういいです。」


ニヤニヤと笑う聖悟を睨みながらも、結局、私は諦めて白旗を上げることにした。

というか、それしか選択肢はない。

拒否したって無理矢理連れていくんだ、どうせ。

んで、おしおきだなんだってエロいことしてくるんだ、どうせ。


ああ理不尽。

しかも人を追いつめて楽しむ悪趣味は相変わらずだよ…!

いや、知ってたけど。うん、ずっと前から知ってたけどね。


嬉しそうに頬に唇を寄せてくる男を、

私はせめてもの抵抗、とばかりに押しのけた。



――



「…せめてさ、どんな人たちか、とか。情報を頂戴よ。」


時は飛んで約束の週末。

私はぶすくれながらも手を動かし、荷造りをしていた。

傍で胡坐をかく聖悟は至極満足そうに見守っている。

その様子がひどくムカついたので、少し質問を投げかけてみた。


「俺の両親?」

「そう。他に誰がいるのさ。」


聖悟はひとりっ子だ。そして三人家族で一軒家に住んでいるそうなので、家族に会わせる、と言われて該当するのは彼の親しかいない。

私が促すように視線を向けると、彼は少し考えるようなそぶりをした。


「んー、そうだな。母さんは普通の主婦で、時々介護ヘルパーのパートをやってる。」

「へえ、お父さんは?」

「………。」


すると聖悟は唐突に黙った。

すっと顔にも表情が無くなって、冷気すら漂い出す。


…な、なに?なんか地雷踏んだ?



「俺の、親父か。」

「う、うん…できれば教えてほしい、けど。」


もしやものすごく仲が悪いとか…それとも言いにくい事情でもあるのだろうか。

だったら無理して言う必要もないけど…

遠慮がちに顔をあげ、恐る恐る聞いてみた。



「…今、9時か。確か今日…」

「へ?」

「ちょっとテレビつけてみろ。」


しかし、ごくりと唾を飲み込んだ私に、聖悟はなんだかよく分からない指示をしてくる。

…テレビ?え、何で?

もしや何かはぐらかそうとしているのでは、と疑いにかかったが、聖悟はいいからつけろ、と言ってくる。私は首を傾げながらリモコンをとった。



『――今日のゲストは俳優の霧島 涼(キリシマ リョウ)さんです。』

『どうも、こんにちは。』

『いやーやっぱりカッコいいですねえ!私、ずっと霧島さんのファンでして、』

『ああ、そうなんですか。ありがとうございます。』

『ところで本日公開の霧島さん主演映画ですが、ズバリ見どころは――』



流れ出したテレビ番組では、リポーターとゲストが会話を繰り広げている。

内容は新作映画の番宣のようなものだ。

大げさに頷くアナウンサーと主演イケメン俳優が大写しになっている。


私はしばらくその画面を眺めた後、再度彼の方に向き直った。


「で、これが何?」

「那津、こいつ知ってる?」

「こいつ…ああ、霧島涼?知ってるよ。映画やドラマで活躍してる俳優でしょ。」


霧島涼。

世間に疎い私でも知っている、超有名イケメン俳優だ。

四十代半ばにも関わらず、若々しくすっきりとした顔立ちは嫌みがなく幅広い年齢層に支持されているらしい。

出場したドラマは数十本にもおよび、最近では映画の主役も堂々とこなす大ベテラン。

性格はクールでストイックで、特に自分の演技に対しては厳しく――



「これ、親父。」

「………は?」



それで、後なんだっけ…と考えていたところ、思考がぶちりと切れた。

というか、断絶させられた。

テレビ画面に向かって突き付けられた指先は、真っ直ぐ霧島涼を指している。


ああ聞き間違いかな、と一度自分を納得させたが、

聖悟は飄々と、だから、こいつだよ俺の親父、と繰り返した。


… な ん だ と ?



「情報は以上だ。さ、荷物できたか?そろそろ行くぞ。」

「…え?……え!?」

「行くぞ。」


聖悟はフリーズした私を引っ張って、荷物と一緒に外へ引きずり出す。

そのままドアに鍵がかけられ、バッグが車のトランクに積まれ…

私がようやく人間語を話せるようになったのは聖悟の車が走り出した後だった。




…え、ちょ、マジで何なの、これ。

ドッキリ?ドッキリなの?







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