表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
117/126

02




****************



「…また来たんですか。」

「来ちゃ悪いか?」


この問答も、もう何度目だろう、と思う。

いつも通りランドセルを背負った小柄な小学生は、不服そうに息をもらした。


――あの日から、学校帰りに公園に寄り、ナツと駄弁って帰るのが俺の日課となっていた。

むしろ、それが毎日の楽しみだったと言っても過言ではない。


ナツはその年齢にしては頭の回転が速く、豊富な知識をもっていた。

下手すれば俺と同年代の奴らよりずっと『オトナ』で――

――だからなのか、彼女といる空間はひどく居心地がよかった。


また、彼女の冷めた口調が耳に届く。



「悪いです。ここは私のテリトリーですよ。」

「公共施設、って言葉、知ってるか?ナツ。」

「知ってますけど。バカじゃないですか?」

「……この野郎。」


言いながら手を伸ばしてがしっと小さな頭を掴む。

すると一瞬でナツは鬱陶しそうに手を払いのけた。

…軽く凹む。


「おにーさんも飽きませんね。さっさと帰ったらどうですか。」

「俺はここが好きで来てるんだよ。お前こそ帰れ。」

「嫌です。」


やっぱりナツはこちらを見ないままスパッと否定した。

夕暮れが滑り台の銀色に反射し、ナツの横顔も橙色に照らす。

その目はどこを向いているのか、全く動かない。


俺はその様子をぼんやりと眺め、おもむろに聞いてみた。



「…なあ、お前、毎日ここにいるのか?」



少なくとも俺が来たときは毎回いた。それも、いつも一人で、だ。

気にならない方がおかしい。


「まあ、大体は。」

「何で?」

「だから、宇宙人を待ってるんですって。」

「でも嘘だろ?」

「嘘ですけど。」


しかし、ナツはいつもそんな調子で。自分のことは何ひとつ話そうとしなかった。

テキトーなことを言ってあしらい、嘘をついて逃げる。

それが、何故かすごくイライラした。

――お前には関係ないと、突き放されているようで。



「おにーさん、家族が心配しますよ。早く帰ったらどうですか。」



そしてしきりに『帰れ』だの『どっか行け』だの言ってくる。

それも心配から、というわけではなさそうだ。

―口調や表情を崩さず、あくまでも淡々と無表情で言ってくるから。


それがさらにムカついて、俺は口をとがらせた。


「俺の名前は唯月、だ。いつまで『オニーサン』って呼ぶつもりだ?」

「おにーさんはおにーさんだからですよ。」

「………。」


―と、また生意気な口を聞いてくれる。


――この、クソガキ。


ぴきぴきと、額に青筋を浮かべる俺。

このクソ生意気な餓鬼をどうにかしてやりたい、とイタズラ心が湧きおこる。

そして。



「おらっ!」

「――っわ!?」



ほとんど勢いでやったようなものだった。


金属のはしごから背を離し振り向くと同時に

、俺は彼女の体をランドセルごと思い切り押し、滑り台を滑らせてやった。


ナツは反射で体をじたばたと動かしたが、衝撃に逆らえずそのまま滑り落ちる。

直下の砂場に、ぼふっと小さな体が飛び込んだ。


「……っぺ、けほっ!何するんですか!?」


砂ぼこりが舞う中、ナツは勢いよく上がり、口から砂利を吐き出す。

やや湿った砂で服も少し汚れたようだ。

眼鏡の奥の瞳が俺をギロリと睨んだ。


「…悪ぃ。」


しれっと謝罪の言葉を口にしたが、誰がどう聞いても本意ではないことがミエミエだ。


それよりも、俺は自分のなかで気分が高揚していくのに気付き、驚いていた。

ナツの視界に自分が入っているのを初めて見て、なんだかふわふわと落ち着かなくなったのだ。

また、立ち上がった彼女のあまりにも細い体躯に対しても、驚きを禁じえなかった。



「うわ、誠意もなにもないんですか!人を無理矢理押しといて!おにーさん、それでも人間ですか!?」



びしっと人差し指を突き付け、叫ぶナツ。

ふと我に返って顔を覗くと、彼女は顔を真っ赤にして怒っていた。

――必死すぎだろ。

俺はぷっと噴き出した。


「…くくっ」

「…何を笑ってるんですか。」

「怒った顔、初めて見た。」

「人の話、聞いてますか!?」


また怒らせてしまったらしく、今度は地団太を踏み始める。

ムキになっていちいち声を荒げるナツはいつもより幼くて、年相応に映った。

俺はまた笑った。


「だから、悪かったって言ってるだろ。」

「…謝られてる気がしませんケド。」

「わーったよ。ちょっと待ってろ。」



そう言い残して速足で向かった先は、公園横の歩道にある自動販売機。

俺はポケットを探って硬貨を数枚掴み、ソレに吸い込ませた。

ガコン、と音と共に下から出てきた缶を拾い、また元の場所に戻った。



「ほら、これやるから。許せよ?」



手の中の戦利品――缶ジュースをナツの目の前に突きだす。

すると、ナツは少し驚いたように目をパチクリと瞬かせた。


「…何です、これは。」

「何って…ジュースだけど。あ、嫌いだったか?オレンジ。」

「いえ、別に。…ですけど。」

「なら受け取れよ。奢ってやる。」


ずい、と汗をかいた缶を突きだす。

でもナツは困惑した様子で、中々受け取ろうとしない。

何を気にしてるんだ、とこちらの方が首を傾げたかった。

それどころか。

―しばらくしてナツは首を横に振った。



「いえ、いりません。大丈夫ですよ、もう怒ってませんから。」



そうして、いっぱしの大人のような冷静な対応をされた。

先程とは打って変わって、彼女は冷静な表情を作っていた。



「…なんだよ、せっかく買ったのに。」



俺が不機嫌になるのも無理はないと思う。

これでは、まるで俺の方が聞きわけのない子どものようじゃないか。

謝罪をしろと言ったのはそっちだろ、と、またしてもガキっぽい考えが口をついて出ようとした。


「いいんですって、本当に。おにーさんが飲んでください。」

「俺、ジュース苦手なんだよ。ほら、やるって。」

「なんですか、ソレ。…ちょっと!」

「遠慮すんな。」


こうなりゃこちらも意地だ。

俺は拒否するナツの小さな手に缶を押し付け、強引に持たせてやった。

ナツは慌ててジュースを俺の方へ突きだす。


「いらないって言ってるじゃないですか!ほら、返しますから!」

「いーや、お前にあげたんだからそれはもう、お前のだ。いらなきゃ捨てろよ。」

「……はあ。」


もういい、餓鬼だろうがなんだろうが構わない、といった具合に腕を組み、そっぽを向く。

どうあっても受け取らない俺に、ナツは呆れたように肩を落とした。




「…わかりましたよ。」



―最終的に、折れたのはナツの方で。

彼女はいただきます、とつぶやいて缶を開けた。


――お、やっと諦めたな。

口をつけて中身を飲むナツを見下して、俺はニヤリと笑った。


「うまいか?」

「…まあまあですね。」

「普通に美味いって言えよ。まったく素直じゃねぇな、お前は。」

「元々の性格ですから。」


俺の押しに負けたのが悔しかったのか、ぶすくれた顔のままジュースを飲み込むナツ。

『大体、おにーさんの行動は考えられません』だの、

『中学生にもなって普通、こんなことしますか』だのぶつくさ言っている。

どうやら一連の行動で、彼女の機嫌を大幅に損ねてしまったようだ。


でも、缶に口付けちびちびとジュースを飲む姿はなんとも可愛らしく、

無理に押し付けてよかった、とうっかり思ってしまった。

きっと性格が歪んでるんだな、俺。

思わず自嘲してしまった。




「ああ、もうこんな時間か。」


―そのうちに、いつも通り俺が帰る時間になった。

ナツはまた定位置に戻り、俺は鞄を担いだ。


なんとなくこのまま立ち去るのは名残惜しい気がしたが、時間も時間だ。

早くしないと夕飯が抜かれるかもしれない。


俺はじゃあな、と手を振り滑り台に背を向けた。


「おにーさん。」


―すると、ナツが呼びとめる。

これは非常に珍しい――というか初だ!?


俺は足を止め、即座に振り向いた。


「何だ?」

「いえ、あの。」

「ん?」


何かいいかけ、口をつぐみ――を繰り返すナツ。

何だというのか。

俺がはっきりしろよ、とヤジを飛ばすと、

じゃあ言いますよ、とナツは半ばヤケになったように呟いた。


滑り台の上で彼女はくるりと俺の方を向く。

黒目がちな大きな目が俺をいっぱいに映す。



「ありがとうございます。」



言いながらナツは、はにかむようにほほ笑んだ。


それは、相当な衝撃だった、と今でも記憶している。

他人から見ればそれは明らかにぎこちなく、『笑顔』とも言えないモノだったかもしれない。

でも、それでも俺には十分すぎるくらいで。



「――おう。」



やっとそう呟いた俺の顔は、真っ赤だったと思う。




―――

――



―まいった。


5時間目、体育。種目、サッカー。

俺はボールを追いかける同級生たちを眺めながら、ぼうっとした意識をなんとか保たせる。


―何がまいったかって、そりゃ、あの生意気な小学生のことだ。

いつも赤いランドセルを背負って、公園の滑り台の上に座って、どこかを見ている不思議な女の子。

体は小さいくせに口調はやたらと大人ぶっていて。

冷たい視線を送ってくるわ、大抵無表情だわの、礼義知らずの変わった子どもだ。


―でも昨日、あの一瞬だけ見せた笑顔はとてつもなく可愛いと思って。

家に帰ってからもずっと頭を離れなかった。



「…これが『ギャップ萌え』ってやつか…?」



声に出してみるとなかなかに恥ずかしい現状だ。

考えるだけで顔が赤くなる。


なんだこれ。どうしちまったんだ、俺。


……もしかして。



「いやいや、でもアイツはまだ小学生だぞ?そんなロリコンの気は…。

ん?あ、でも年にすりゃ三歳差か。それほど……」



―問題は、ない。

そう結論づけた時、すとんと心の中になにかが収まった。



「なにブツブツ言ってんだ!走れよ唯月!!」

「っせーなあ!」



―と、前方からの怒鳴り声で現実に引き戻される。

パッと叫ばれた方向を向くと、味方チームの奴らがゴール前に詰めている。

俺は頭をガリガリ掻き、そっちの方向へ走った。


「っち、本城だ!おい、マークっ」


―ああ、くそ。


「無理だ!もうボールとられた!」


―もう。


「クソ、来るぞ!」


―分かったよ。



勢いをつけて右足を蹴る。

相手の不意をついたシュートは誰にも阻まれることなくゴールネットを揺らした。


途端、あがる歓声。

ばしばしと背中を叩いてくる仲間たち。


だが、俺はそんな叱咤激励の中、小さく息をついた。



認めるしかなかった。


――俺は、ナツが好きだ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ