謎の少女との出会い[過去編]
*ituski side*
※番外編です。本編とは時間軸が違います。
読み飛ばしてもらっても本筋に支障はありません。
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俺の名は本城唯月。
今年、中学三年生になったばかりの14歳だ。
自分で言うのもなんだが、俺は人よりも少しばかり恵まれているらしい。
ろくに勉強をしなくても、テストではいつも学年で上位の方が取れるし、
そこまで本気で取り組んでいなくても、部活の大会では優勝するし、
特に何もしなくても、男女問わず人が寄ってくる。
要領がいいのか器用なのか知らないが、今までの人生はそう苦労することなく飄々とやり過ごせた。
多くの人から褒められ、羨望の眼差しを受けた。
人からみればなんてうらやましい奴だ、と思われるかもしれない。もしくは嫌みな野郎だ、とか。
―だが、俺自身は別に、そんな風に思ったことはないのだ。
確かに才能や学のない奴を見て優越感に浸ることも時々あったが、自分には決して満足しない。
というか、何をしても物足りないし、つまらない。
あまりにも平凡で平坦な毎日に飽き飽きしている――
―が、かといって、優しい両親や気の合う友人たちに囲まれて過ごす日々に不満があるわけじゃない。
それなりに裕福でお金の心配もないし、仲間とバカやってるのは楽しいし、自分が不幸だ、と思ったこともない。
だから。
俺は十分に『幸せ』なんだろう。
…ただ、充実も謳歌もしないだけで。
満足はしない、でもそれ以上も望めない。
そうやって、空虚な自分自身を抱えて来た14年。
俺はずっと自分には何が足りないのか、と考えていた。
そんな頃だった。あいつに出会ったのは。
―――
――
夕暮れ時、学校から家へと帰る道中。
俺はふと、通学路の途中にある公園に目を向けた。
なにか意図があったわけではなく、単なる偶然だ。
景色を眺めるように、そこに視線をやった。
もうだいぶ遅い時間だったので、遊んでいる子どもや横で待機している保護者はいない。
まったくの無人だ――
――いや、いた。
目を凝らして見ると、一人の人間がぽつんと滑り台の上に座っていた。
小さな女の子だ。
ランドセルを背負っていることから小学生…それも3、4年生といったところか。
膝を抱えて一人座る姿に少し違和感を覚えたが、
その時は、特に気に留めずに視線を戻し、家に帰った。
――だが、女の子は次の日もそこに座っていた。その次の日も、そのまた次の日も。
だいぶ遅くなった、と思って走って帰った日も、滑り台の上にいた。
そこに住んでいるのではないかと思うほど、そいつはずっと公園の滑り台を陣取っていた。
公園の少女を見かけるようになって一週間あまり。
流石の俺も、その存在について気になりだした。
何故毎日公園にいるのか?何をしているのか?親はどうしている?
疑問はいくらでもあった。好奇心がむくむくと湧き、おさえられない。
――今日の放課後。もしそいつがいたら、話しかけてみよう。
そんなことを思いながら、俺はいつもよりだいぶ早く部活を切り上げ、公園に向かった。
――
公園に着くと、やはりそいつはそこにいた。
いつも通り、滑り台のてっぺんに腰かけ、どこかを見ている。
俺はおもむろに近づき、その子を見上げた。
「――すべらないのか?」
あげた第一声はそんなものだった。
何を聞こうか迷ったが、まさか『ここ数日毎日見ていた』なんてストーカーじみたことを言えるわけがない。無難に現在の状況をうかがった。
「すべりませんよ。」
女の子はふい、と俺の方に顔を向けたが、すぐに視線を正面に戻した。
そして、ぽつりとそう呟いた。…嫌に大人びた口調だ、小学生のくせに。
大きな黒いエナメルを担ぎ直し、さらに聞いてみる。
「なんで?」
「すべるために登ったんじゃないんです。」
「じゃあ、何してるんだ?」
「特に、なにも。」
会話のキャッチボールはしてくれるものの、淡々とそっけなく返される。
その態度に俺はなんだかむっとした。
「じゃあ、なんでずっとここにいるんだよ。」
「宇宙人が来るのを待ってるんです。」
「―は?」
「まあ、嘘ですけど。」
「…何なんだよ。」
「ちょっと言ってみたかっただけですよ。」
――なんだよ、それ。
心の中で呟きながらも少し笑ってしまった俺。
どうやらこの少女は変わったユーモアの持ち主らしい。
もう少し話がしてみたいと思い、足を進めて、滑り台に一歩近づいた。
少女は初めに俺をちらっと見た後、顔を合わせようとしない。
俺も滑り台にもたれかかり、お互いに背を向けたまま話を続けた。
「…なあ、もう6時だぞ。帰らなくていいのか?」
「おにーさんこそ、帰ればいいじゃないですか。」
「俺はもう大人だから、いーんだよ。」
「中学生はまだ大人じゃないでしょう?」
その言葉に、ちょっとぎくりとした。
確かに俺はまだ中坊で、年齢的には子どもの類に入る。
でも、それをこんなガキに言われるなんて思ってもみなかった。
「…何で知ってんだよ。」
「その制服、M中学ですよね。」
「へえ、よく知ってんな。まだ10やそこらのガキのくせに。」
悔しかったので、皮肉をこめて言い返してやる。
するとそいつは心外だ、とばかりに口をとがらせた。
「私、今年で12ですよ。小学校6年生です。」
「え?」
これには普通に驚いた。
身長や体格から、絶対に小学校中学年、ひょっとすると低学年だと思っていたから。
俺は素直にそれを口に出した。
「…それにしちゃ、小さいな、お前。」
「失礼ですね。」
「いや、マジで。んなチビだと、中学入った時バカにされんぞ。」
「ホント、失礼ですね。」
そいつの少し苛立ったような口調が面白くて、今度はぷっと吹き出してしまった。
――あれ、何か楽しいぞ。
「俺が小6の時は、お前より20センチは高かったけどなあ。」
「わたしは普通です。おにーさんが大きすぎるんですよ。」
「見てもねーくせに分かるのかよ。」
「分かりますよ。」
「じゃあ、こっち見ろよ。」
何故だかそいつの顔が見たくなって、俺は少々語気を上げた。
女の子は渋々、といった風に体ごと俺の方に向ける。
――改めてみると、本当に小さい女の子だな、と思った。
華奢、というより細すぎる。手足なんかほとんど肉がついていなくて、棒きれみたいだった。
小さな体に、小さな顔。
黒縁メガネの奥の瞳がやたら大きく見え、こちらを覗いている。
俺は彼女の小さな口が開くのをぼうっと見ていた。
「やっぱり大きいですね、おにーさん。」
「まぁな、運動部だし。」
「へぇ、そうなんですか。」
「興味なさそうだな。」
「興味ないですから。」
「ハッキリ言うなあ。」
「正直者なんです、私は。」
嘘つけ。さっき宇宙人がどうとか言っていたじゃないか。
俺がそうツッコミを入れると、そいつはわざとらしくとぼけて、そっぽを向いた。
――ああ言えば、こう言う。
まるで俺の言うことを予測しているみたいに、投げれば返ってくる言葉に、
俺は心の奥がうずうずしてくるのを感じた。
「なあ、」
さらに話しかけようとした時だった。
ケータイの着信メロディが公園中に響く。
俺のだ、と思い携帯を取り出して確認すると、母さんからだった。
『早く帰ってこい』とのお達しが液晶の中で光っていた。
「早く帰った方がいいと思いますよ。」
―またしても。
見ていたのか、と問いかけたくなるほどタイミングよく言いだす小学生。
目を細め、滑り台の上から俺を見下していた。
「…何で分かるんだよ。」
「勘です。」
「勘か。」
俺はやはりくすりと笑ってケータイを閉じた。
「…なぁ。」
「何ですか。」
「名前、何て言うんだ?」
タイムリミットは来ていた、だが最後にこれだけ聞いておきたかった。
これだけ話して同じ空間にいたのだから、ただの他人、で終わりたくはなかったのと…
…単純に名前が知りたかったから。
だが、眼鏡をかけた少女は鬱陶しそうに髪を揺らした。
「名乗るほどの者でも…」
「いいから言えよ。俺は本城唯月。お前は?」
ずばっと遮ってやると今度はあからさまに顔をゆがめたのが分かった。
こちらから名乗っているのだから、流れ的に返さなくてはならない。だから、だ。
小学生にしては律儀で筋の通ったやつであることはとっくに気付いていた。
案の定、そいつはしばらくの間無言でいたが、やがて観念したように話した。
「……ナツです。」
「ナツ、か。へー、いい名前だな。」
「どうも。おにーさんの方もいい感じですよ。」
「嘘だろ?」
「嘘ですけど。」
「じゃあ、俺も嘘。」
「…早く帰ってくれませんかね。」
かけ言葉に乗ってやると、機嫌悪くそう返された。
――なんか、勝った。
そう思ってどうも顔がニヤけてしまう。
小学生相手に何を張り合ってるんだか、と苦笑したくなった。
「なぁ、なぁ。」
「何ですか今度は。」
―それでも楽しい。こんな愉快な気分は久々だ。
これで終わり、にしたくはなかった。
「明日もここに来るのか?」
「あなたが来るなら来ません。」
「絶対、来いよ。いいな?」
「無視ですか。強制ですか。」
「ははは。」
鞄を背負い直して、もう一度上を見上げる。
「ナツ」と名乗った少女も、俺を見下していた。
「また明日な。」
「話聞いてました?会うつもりはないんですけど。」
「ま・た・明・日・な?」
「………。」
念を押すようにもう一度言うと、ナツはそれきり口を噤んだ。
俺はそのまま滑り台に背を向け、歩きだす。
彼女に手を振って、公園を去った。