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脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
114/126

05




「ここに来て、那津と貴女がたの関係を見ていましたが――何もかもが想像通りでしたよ。那津の態度も、貴女という人も。」



―那津は。

ここがまるで他人の家か、初めて来た場所かのように、常に本当ではない『自分』を演じていた。

キャラを脱ぎ棄てるなんてこと、一度もしない。

ただ、穏やかに健やかに、『いい家族』を演じていた。

親父さんや駿介はそれに見事に騙されていたわけだが、お兄さんは気付いていたのだろう、時折険しい顔をしていた。


――特に、目の前のこの女に対しては、

何重もの仮面をかぶり、感情を押し殺し、貼りつけたような笑顔で接していた。


たとえ、皮肉や嘲笑を浴びせられても、

すべてを受け入れ、流し、享受するように。

だが、女と話すたび、彼女の心が悲鳴を上げているのが目に見えて分かった。


――那津のあんなカオは、見たことが無かった。

那津の性格をゆがめ心を狂わしたその原因は、間違いなく、本城美香子だと確信した。



「自分の娘をいじめてイキがってるなんて、馬鹿な小悪党そのものですね。

…今まで、家族に隠れてどれだけあいつを傷つけたんですか。」



自分でも驚くほど冷たい声が喉の奥から発せられる。

悪口、暴言、妬み、誹り……

この女からどれほどの苦痛が与えられたのだろう、那津は。

こんな、自分勝手で下らない女に。


―正直言って、本城美香子を目の前にして、俺も冷静ではいられなかった。

ふとした瞬間から怒りが後から後から沸き起こってきて、収まりがつかない。

理性という蓋がなければ、とっくに胸倉をつかみ上げているところだ。


彼女と一緒にいる那津を見る度に、その消えそうな笑顔を見る度に、

こいつを壊してやりたいと、本気で思った。



「………。」


本城美香子は沈黙を貫いた。

俺の言葉は届いているはずだが、何の返答もない。

言い訳や弁解を考えているのだろうか、そんなことは言いがかりだ、とでも言うつもりか。

それならば、と俺はさらに口を開いた。



「今の家族関係は良好ですよね。優しい夫に、働きに出ている立派な義理の息子。駿介という新たな子どもまでできて…安定した生活を送っている。」

「……」


さぞかし幸せなことでしょうね、と皮肉を言う。

その幸せに、那津は含めてやらなかったのか、と暗に示すように。



「しかし、それはすべて、貴女が作り出した虚像に過ぎません。」



過去や経歴、元の自分すら隠して手に入れた『幸せ』とやらは、どの程度保たれるものか。

十年、二十年?いずれにしろ、永遠ではない。


―嘘で固められた幸せなんて、何れ崩れさる時が来る。



「那津の本当の父親のことも、貴女の本性のことも知らない親父さんに、真実を伝えれば……どうなりますかね。」

「……っ!」



――それならば、俺が崩してやろう、と。

さらりと放った言葉に、女の顔色が変わった。

ようやく、俺の言い分が分かってきたらしい。上げたその顔は絶望で彩られていた。



――しばしの沈黙があたりを満たす。

部屋の中、身動きしない両者をひやかすように蝉がうるさく鳴いていた。

ここまできたら、俺も後には引けない。とにかく攻め、あるのみ。


俺は相手の出方をじっとうかがった。



「……なによ。」


すると、ぽつりとひとこと。赤い唇から洩れる。

ふつふつとわき上がる熱湯のように、全身を震わせる彼女は、次の瞬間。



「何なのよアンタ……黙っていれば好き勝手言って…何様のつもりっ!?」



――演技もキャラもない、完全に、『彼女』自身となった。



「幸せになりたいと望んで何が悪いのよ?アタシはずっと不幸だったの!温かい家庭が欲しかったのよ!!」



彼女は半ばヤケのように自分の半生を語った。

恵まれない人生を歩み、やっと愛する男と出会えた、と思えばあっけなく捨てられ。

役にも立たない子どもひとり持ち、絶望のどん底にいたあの時。


―絶対に幸せになってやる、という昏い欲望を持ったのだ、と。



「そのためには、なんだってした…演技や過去のねつ造くらい、どうってことないわ。」

「―過去は作りかえたのでしょう?何故今も那津をいじめているんですか。」

「私は、あの子の母親よ!せっかく産んで―ここまで育ててやったんだから、その見返りくらい、当然でしょう!?」

「なにが、ですか?元々ロクに育てもしなかったくせに。それに、それが那津の金を横取りしていい理由にも、ならないでしょう?」

「っ!!」


――そんなことまで知っているのか。そう語っているような瞳。

真実が明るみに出た今、相手の弁明の余地はない。

『嘘』がすべてはがれた彼女の顔は、俺の目にはたいそう滑稽に映った。


「言っておきますが。これ以上那津になにかした時は、本気で全部バラしますから。」

「このクソガキが…っ!大学生ごとき、何が出来るって言うの!?アンタの言うことを、誰が信用すると思って!?」


血走った眼で睨みつけ、唾を飛ばして叫ぶ醜い女。

髪を振り乱し肩で息をしている彼女の、もう『美人』のカケラもない酷い容姿に、俺は笑った。


ほんとうに、こいつは。



「…あーあ。頭悪ぃ女だな、ホント。」



カチ、と録音機のスイッチを切った。

俺のスイッチも、オフモード。

ゆらりと体を揺らして近寄り、狂った女を見下してやる。


――この、小物が。


「な、何よ。」


明らかに態度の変わった俺に、本城美香子はびくりと体を強張らせる。

それを見て、俺はことさら楽しげに笑みを浮かべてみせた。



「今までの会話は録音してある。これを―そうだな。あんたの夫にでも聞かせてやろうか?」

「―!!」

「結構過激なこと、言ってくれてたよなあ?こりゃ、即離婚かもな。」

「っ、やめなさい!そんなことしたら、あの子だって困るでしょ!?」



途端に慌てだす小物女。

しかし俺は笑顔を崩すことなく、さらっと言い放った。



「んー、別にどうでもいい。」

「…え?」

「ぶっちゃけ、俺は那津さえ手に入れば、あんたやその家族なんてどうでもいいわけだ。あんたらが離婚しようが、本城家が崩壊しようが構わない。勝手にすればいい。

那津は俺の実家で保護するし、いざとなりゃ全部丸ごと引き受ける。」


すらすらと考えていたプランの一部を発表する。


いや、むしろそうなりゃいいな。胸がすかっとするだろうし、那津をこの家からも解放してやれる。


俺はその情景を想像し、くくっと喉を鳴らした。



「――俺、一生、お前を許さないから。」



――残念だったな、本城美香子。

諦めも意地も悪い方なんだ、俺。




「……な…っ」


本城美香子は、自分と同じく豹変した俺に動揺を隠せない模様。

口をあけるが言葉にならず、ぱくぱくと開閉を繰り返す。

それがまた、金魚のようで酷く無様だ。


さて、次はどう料理してやろうか―――





「…もう、それくらいにしておけば。聖悟。」

「――!!」



――すると、玄関口の方から第三者の声が聞こえた。

決して大きくはないがよく通る、若干低めの聞きやすい声。

それが広い居間に響き、俺と本城美香子は同時にそちらを振り向いた。



――そこには、この家の長女、本城那津が、買い物袋をぶら下げてドアを背に立っていた。







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