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脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
113/126

04



―――

――




翌日、そしてその翌日も。


那津の母親と俺は、大体の時間を一緒に過ごした。

たわいのない世間話の相手から、買い物、畑の手伝い。色々なことに付き合わされた。


何故たかが居候、しかも他人の俺がこんなことをしているのか?というと、他でもない。彼女がそう望んだからだ。

『私、聖悟君ともっとお話ししたいわ。』といった具合に、彼女は俺相手に笑顔を振りまいた。

本当に、分かりやすいくらいの気に入られようだった。


「聖悟君?」

「あ、はい。」

「もう、私の話、聞いてた?」

「すみません、ぼーっとしてました。」


――そして、今現在も、進行中。

ようやく涼しい風が吹き込む午後三時。

ティーカップ片手に俺の隣を陣取る女は、不満げに頬を膨らませた。


「ちょっとぉ、ちゃんと聞いててよねー」


女性は俺を上目づかいに見上げ、若干高めに設定された声で言う。


おいおい、年齢トシ考えろよ……


那津という大きな娘がいることから考えて、おそらく彼女は40代半ばくらいだろう。そのいいトシしたオバサンが顔を赤らめ、目をうるめ…って。

現役大学生バリの『技』に、俺は心中、盛大に引いていた。

実際は、相変わらずの偽笑顔を貼りつけていたが。


「いや、すみません。おばさん。」

「私のことは美香子さん、でいいわよー。おばさん、なんて他人行儀じゃない。」

「はい、美香子さん。」

「そうそう!きゃー、なんかこれはこれで照れるわね!聖悟君、いい声してるから。で、さっきの話なんだけどー……」


再び、話し出す妙齢の女性。

…なんだ、この拷問。

そろそろ那津に会って癒されたいところだが、このおばさん、話し出したら中々止まらない。

その癖、内容はない。良くも悪くも模範的な『オバサン』の特徴だ。

必要最低限しか話さない那津とは、これまた正反対だ、と思った。




女性特有の高い音が、天井の高い居間の中、響く。

この家には今、俺と彼女以外誰もいなかった。


本城唯月は仕事関係の用事で外出、駿介は友達の家に遊びに行っている。父親は接待ゴルフだと言う。

そして――那津は、数十分前に家を出て行った。

今晩の夕飯の材料で、買い忘れたものを買いに行ったらしい。

買い物袋片手に、玄関先で手を振るのを見た。

――だが。

それは、この人の『嘘』だろう、と俺は気付いていた。

お使いを頼んだ彼女の口がいやらしく笑っていたのを見たからだ。


そして、おそらく――



「あのね、聖悟くん。」



考察中の俺にそう声がかかる。先程までのように声色に甘さが無い。

俺は振り返った。


「何ですか?」

「あの…突然こんなこと、言うのもなんなんだけど…」

「…何ですか。」


「あの子と、別れてくれないかしら。」


夏風がカーテンを揺らす。

言葉を発した女は特に表情を変えず、普通の調子だった。

俺は一瞬息をのみこみ、しかしまた口を開いた。


「何で、ですか?」

「貴方だったらもっと…その、可愛い子とかいるじゃない?何で態々うちの子と付き合ったりするの?明らかに釣り合ってないのに。」

「………。」

「ただの遊びのつもりだったら、別れてほしいの。あの子が傷つくわ。」


本城美香子は、真剣な顔でそう言い切る。外面は、娘を心配する母親そのものだ。

しかし、言葉の端々には棘が光っている。

他にも、那津をオトシめ、なじるような態度。ギラリとした、欲にまみれた目。俺からしてみれば、バレバレの演技。

すべてが那津を否定し、妬んでいる証拠。


それに俺が気付いていないとでも、思っているのだろうか?


あーあ。まったく。

――笑えるくらい予想通りの女だ。



「それは、実体験ですか?」

「え?」



そろそろ、こんな下らない茶番は、終わりにしよう。

俺はにい、と笑みを浮かべた。



「外見ばかりいい男に釣られて、騙されたのは貴女の方なんでしょう?だからですか?」

「…何を言っているのかしら。私はただ、あの子が心配で……」

「それだけなら美談ですけどね。…貴女の場合、そうではないんでしょう?」

「…な……」



女は、俺の様子が今までとは違うのに気付き、うろたえているようだった。

だが、追及を止めるつもりは毛頭ない。これが、元々の目的であったからだ。


下らない世間話にも付き合わされたんだ、こっちの質問にも答えてもらおうじゃないか。



「いつまで、那津を離してやらないつもりですか。」



打って変わって静かになった彼女に、諭すように言う。

途端に面白いくらい表情を変えていく女を、俺は冷めた目で見ていた。


「聖悟、君…?」

「俺、知ってるんですよ。貴女が、あいつに今まで何をしてきたか。」

「―!」


俺は淡々と話した。那津が今までどのような目に遭ってきたか、そして現在もまだ。

呪いのようにつきまとう女に、悩まされていることを。

お前の良心が痛まないのか、実の娘だろう、と鋭く刺すように。



「あいつにだって幸せになる権利がある。…貴女はどうしてあいつの幸せが許せないんですか。」

「………。」

「答えてください、美香子さん。」

「………。」



すると、ふふ、と小さな笑い声が聞こえた。


先程から俯いて、黙ったままの女から洩れる声。

その不快な音に眉をひそめると、女はゆっくりと顔を上げた。

釣り上がった目が細められ、ルージュが三日月型に引っ張られている。



「なるほどねえ……」



――至極、楽しそうな表情だった。


「あの子があなたにそんなデタラメを教えたってわけ?」

「…デタラメ、ですか。」

「そうよ。ねえ、聖悟君。あの子の言うことは信用しないほうがいいわ。ちょっと昔からどこかおかしくてね。妙なことばっかり言う子だったのよ。」


本城美香子は、困ったように笑った。

―ああもう、あの子ったら何も変わってないんだから。

そう呟く声が、まるで皮肉のように聞こえる。


「那津が…嘘をついていたと?」

「そうに決まってるじゃない。何処の世界に娘を憎む母親なんているのよ。あの子の妄想にはホント、呆れるわ。」

「………。」

「でも今度のは、少し度が過ぎてるわね…。ありがとう、話してくれて。後で、私から叱っておくから。」


そう言い残して、自然に腰を上げる彼女。

だが立ち上がろうとするその手を、俺は反射的に掴んでいた。


「待って下さい。」

「…なあに?」


首を傾げる女の耳触りな声に、頭がくらくらする。


―我慢の限界はとっくに過ぎていた。

全部、那津のせいにして、誤魔化して、責任から逃れて。

また、自分は何も悪くないとウソブくのか。

―そんなことは、絶対に許さない。


もとより、話し合いだけでどうにかなるとは思っていない。

この女には、決定的な一撃が必要だ。

―もう二度と、馬鹿な真似などできないように強烈な一打を打ち出してやる。

俺はとっておいた切り札を、するりと場に出した。



「宮野 幸博(ミヤノ ユキヒロ)。」

「――!!!」



――予想通り、本城美香子はかなり驚いたようだった。

目も口も開け、手首がわなわなと震えている。俺は彼女の手を離し、下から覗きこんだ。


「那津の――本当の父親の名前、ですよね?」

「アンタ……いえ、貴方、それを、なんで――」

「まあ、ちょっとした伝手がありまして。調べてもらったんです。」


大変でしたよ、と余裕たっぷりに笑ってみせる。

まあ、実際に調べたのは俺ではないが、情報は確かだったようだ。


動揺を隠せない彼女を横目に、俺は茶封筒を取り出して淡々と続きを話した。




宮野幸博、52歳、既婚者。妻と三人の子供を持ち、現在は商社マンとして会社勤務。

公私ともに充実した生活を送っている――


封筒の中には何枚かのスナップ写真と、情報を連ねた紙が入っていた。

机のうえにぶちまけてやると、彼女は唖然とした表情でそれを見ていた。


「聞けば、大きな会社の令息で、近々親の会社を継ぐ方だとか。スゴイですよね。」


ちらりと、彼女の顔を覗く。

先程の余裕は影も形もなくなって、ついでに顔色をもなくしていた。

俺はにやりと口をゆがめた。



「――そんな人の愛人だったなんて、ね。」



台詞とは裏腹に、無感動な口ぶりで言う。女の体がびくりと震えた。

―消し去ったはずの過去が、突然女を追いかけてきたのだ。

それも、俺という赤の他人の手によって。それはそれは、驚くだろう。


俺は無表情で資料から女へと目を移した。



「結局、あちら側には那津の存在は伝えなかったんですね。公表してやる手もあったのに、何故ですか?養育費も貰えたでしょうに。…ああでもどっちにしろ、揉み消されたでしょうね、相手が相手ですし。」

「………。」

「まったく、馬鹿なことをしたもんですね。恋は盲目ってやつですか?俺は、あんまりお手本にしたくはありませんが。」

「…アンタ…一体、何がしたいの?」


そこで、彼女はやっと口を開いた。

強い眼差しで俺を睨んでいるが、声に力が無い。

相当の衝撃をうけたようだ―それが証拠に、隠していたはずの本性すら、姿を見せ始めていた。


俺はふっと息をもらし、



「那津を傷つけた貴女を、許せないだけです。」



そう、きっぱりと主張した。


――はっきり言って、那津の父親だの、目の前の女の悲惨な過去だのに興味はない。

どうでもいい。俺には関係のない話だ。


…ただ、那津が昔、傷つけられたのと同じくらい、痛めつけてやりたいだけ。


そのために、必要なカードを切ったまでだ。



俺は立ち上がり、強い意志を持って彼女を睨みつけた。





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