03
毎回言ってる気もしますが…お久しぶりです。
ものすごい難産でした。
改稿の可能性もありです。
――
「待て、こらっ!」
「わー!!」
ばたばたと走り回る幼児を追いかけまわす。
日当たりのよい小さな庭は追いかけっこにはうってつけだ。
ちょこまかと逃げ回る駿介の腕を引っ掴んでつかまえた!と言うと、ヤツは水鉄砲を打ってきやがった。
…このガキ。
「にいちゃん、ここまでおいでー!」
「言ったな、クソガキ。」
また元気よく駆けだす園児。
今度は本気で走ってやる、と靴ひもを結んでいると、
「本気になりすぎ。」
―と頭上から那津の呆れたような声が飛んできた。
見ると、彼女は小さなベンチに腰掛けながら俺の方をじっと覗いている。真夏の太陽に照らされて、もとから白い手足がさらに白く見えた。
「…まったく。さっきも言ったけど、相手は幼稚園児だからね?」
「何事も本気、が俺のモットーだ。」
「初めて聞いたわ、それ。」
那津はふっと口をゆるめた。
「…なあ、那津。」
「ん、何?」
気持ちいい風が吹き、那津の髪を揺らす。
俺はやや鬱陶しそうに髪をかきあげる彼女を眺めながら、口を開いた。
「あのさ、お前………ぶっ!?」
―が。
「…にいちゃん!何、ねーちゃんとはなしてんだよ!おまえのあいてはおれだろーがっ!」
―仁王立ちしているガキの水鉄砲攻撃を顔にモロに食らい、セリフは中断。
ポタポタと顔から滴る水滴が乾いた地面に跡を残していく。
…目に入ったんだが。
客の顔に水鉄砲向けるとか、どういう教育してんだ、この家。
「大丈夫?聖悟。」
そう言いつつ、那津も顔が半笑い状態だ。笑いを必死でこらえているのが分かる。
…嫌な姉弟だな、オイ。
俺は那津を一睨みした後、さっと駿介に目を移し。
「…がきんちょが、いっちょまえに嫉妬か?ふん、いいだろう。全力で相手してやる!」
―立ち上がると同時に走り出した。
宣言通り、今度は全速力だ。
一発かましてやらないと、気がおさまらねぇっ!
「…だから本気になるなって。」
じゃれあういい年した大人と幼稚園児。
明るい庭で遊ぶ二人を遠い目で観察する那津は、どこかほっとしたように笑った。
「那津ちゃん!国崎くん!スイカが冷えたよー!」
「あ、はーい!」
俺と駿介の追いかけっこが終息し、しばらくして。
じたばたと動きまくる幼児を抑えていると、家の中から那津の親父さんの声が聞こえてきた。
「おい、駿介。スイカだってよ。」
「やった!たべるー!」
…スイカの威力は絶大のようだ。
さっきまで騒いでいたガキはその言葉ひとつで大人しくなり、ぴょんぴょん跳ねながら家の中に入って行った。那津と俺も顔を見合わせて笑いながら、それに続く。
濡れた服と顔を軽く拭いた後居間に入ると、テーブルには大きなスイカが人数分用意してあった。
「いただきます。」
全員が席に着くのを待ち、本城家の面々と俺は手を合わせた。
「おいしー!」
真っ先に手を付けた駿介が、口のまわりを真っ赤にしながら夢中でかぶりつく。
それを横目に、俺も目の前のスイカを持つ。
スーパーじゃなかなかお目にかかれないおおぶりのスイカ。
そういや食べるのも久しぶりだなあ、と思いながら、しゃく、と一口かじると途端に甘みが口の中に広がった。それは今まで食べたどのスイカの味とも違った。
…うめえ。スイカってこんなに甘かったっけか?
俺が驚きに目を開いていると、那津が得意げにふふんと笑って見せた。
「美味しいでしょ?」
「ああ。」
「これ、うちの畑で取れたスイカだよ。ちょうど取れたて。」
「へー、そうか。美味いわけだ。」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。」
親父さんが朗らかな声で笑う。
どこにでもありそうな家族の団らん。ほのぼのとした空気が流れる。
「ただいまー。」
―それが明らかに変わったのは、玄関から女の声が聞こえた、その瞬間だった。
空気が変わった、と思った。…特に、那津とお兄さんの。
声がした途端にかすかに肩を震わせた那津と、眉をひそめたお兄さん。
両者からは張り詰めたオーラが漏れ出ていて、話しかけにくい雰囲気だ。
…実を言うと、俺の方も緊張していた。
――いよいよ、彼女が来たのか、と。
「ああ、おかえり。荷物、持てるかい?」
「ちょっと無理そうだわ。取りに来てくれる?」
対して親父さんの方は、先程と全く変わらない調子だ。
気軽にそう言うと腰を上げ玄関の方に消えていく。
そして次にドアが開かれた時、ついにその人は姿を現した。
「あーもう、ホントにあっついわね、今日は。ねえ、クーラーつけましょ?」
「そうだね、人数も多いことだし。」
手うちわを仰ぎながら愚痴をつぶやく、派手な配色のノースリーブとパンツ、紫のショールの女。
――那津の、母親。
俺は覚えず、その姿をじっくりと観察してしまった。
―ひとことで言えば、派手な美人だ。
つりあがった目は少しきつい印象を与えるが、顔の形や部品がきれいに並んでおり、洗練されて見える。
さすがに年相応の皺やたるみも見られるが、肌にはシミひとつ、ニキビひとつなくきちんと手入れされている。自分にかなりの投資をしているのだろう。
印象的なのは、真夏日だというのに全く隙のない濃いメイクだ。
真っ赤な口紅と、これでもかとばかりに盛られているまつ毛。アイシャドウの重ね塗り具合もすごい。
――ある程度、予想していた容姿ではあるが……
はっきり言って。
俺には目の前の女と那津の共通点をひとつも見いだせなかった。
外見的な特徴で言えばむしろ、正反対。そのくらい似ていない親子だった。
「…あら。」
女の視線がこちらを捕える。まず視界に入れたのは那津だ。
彼女は少し驚いたように呟いた。
「…もう帰ってきていたの?」
「うん。」
「そ、ゆっくりしていきなさいね。久しぶりなんだし。」
「はーい。」
那津は軽い口調で答えた。
久しぶりに顔を見せる母親相手に、完全に作られた『本城那津』がにっこりと笑った。
「あら?こちらは?もしかして、貴方が…?」
「ああ、どうも。」
だから、俺も、彼女と同じように。
「初めまして、那津の彼氏の国崎聖悟です。」
『俺』という仮面をきっちりかぶって営業スマイル。
女はしばし俺をじっと見たまま固まっていたようだったが、やがてハッとしたように口を開いた。
「まあまあ!わざわざ遠いところをどうも。私は本城 美香子(ホンジョウ ミカコ)よ。よろしくね。」
「はい、よろしくお願いしますね。」
「それにしてもカッコイイわね、聖悟君?モデルさんみたい!」
「はは、よく言われます。」
「ねぇ、どこの出身?年は?あと……」
―美香子、というらしい那津の母親はよくしゃべる。
特に俺には並々ならぬ興味を示したらしく、先程の親父さんの倍くらいの勢いで質問攻めだ。
ソファの前を陣取って、口を回す、回す。
だが、『俺』は、嫌な顔ひとつせずにすべてに答えた。
やがて、彼女の方もようやく落ち着いてきたらしい。
矢のような質問がやみ、俺もひと段落ついた、とばかりにお茶を飲む。
すると、年甲斐もなくはしゃいでいる様子の女性はにっこりと笑った。
「ねえ、那津?貴女にしちゃ、いい男を捕まえたわね~。」
「へへ、そうかな?」
「はー?そうかあ?」
「そうよー!こんなにカッコよくて紳士的な彼氏、なかなかいないわよ!ね、あなたもそう思うでしょ?」
「そうだね、国崎君はいい子だよねえ。さっきも駿介と遊んでくれてさ。」
「二人とも、そんなこと言っても何も出ませんよ?」
照れる那津、苦笑いの俺、和やかに笑う親父さん、相変わらず態度の悪いお兄さん、そして彼女。
和気あいあいとした雰囲気のまま、『家族』の会話は続いた。
それが途切れたのは、時計を見た彼女が、ああ、もうこんな時間ねと言って腰をあげたときだった。
「…さて、と。そろそろ夕飯の準備をしないとね。今日は聖悟君のために御馳走作っちゃうからね!那津、手伝って頂戴。」
「はいはい。」
同じくソファから立ち上がって奥へと足を向ける那津。
のれんをくぐり、キッチンに入る直前。母親は那津にそっと耳打ちした。
「本当に、貴女にはもったいないくらいね。」
「………。」
にやりと口元の赤が歪んで発せられた、暗く沈み込むような声。
―だが、那津は何も答えなかった。
彼女に従うように、ただ笑っていた。