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脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
112/126

03

毎回言ってる気もしますが…お久しぶりです。


ものすごい難産でした。

改稿の可能性もありです。




――



「待て、こらっ!」

「わー!!」



ばたばたと走り回る幼児を追いかけまわす。

日当たりのよい小さな庭は追いかけっこにはうってつけだ。

ちょこまかと逃げ回る駿介の腕を引っ掴んでつかまえた!と言うと、ヤツは水鉄砲を打ってきやがった。

…このガキ。


「にいちゃん、ここまでおいでー!」

「言ったな、クソガキ。」


また元気よく駆けだす園児。

今度は本気で走ってやる、と靴ひもを結んでいると、


「本気になりすぎ。」


―と頭上から那津の呆れたような声が飛んできた。

見ると、彼女は小さなベンチに腰掛けながら俺の方をじっと覗いている。真夏の太陽に照らされて、もとから白い手足がさらに白く見えた。


「…まったく。さっきも言ったけど、相手は幼稚園児だからね?」

「何事も本気、が俺のモットーだ。」

「初めて聞いたわ、それ。」


那津はふっと口をゆるめた。


「…なあ、那津。」

「ん、何?」


気持ちいい風が吹き、那津の髪を揺らす。

俺はやや鬱陶しそうに髪をかきあげる彼女を眺めながら、口を開いた。



「あのさ、お前………ぶっ!?」


―が。



「…にいちゃん!何、ねーちゃんとはなしてんだよ!おまえのあいてはおれだろーがっ!」



―仁王立ちしているガキの水鉄砲攻撃を顔にモロに食らい、セリフは中断。

ポタポタと顔から滴る水滴が乾いた地面に跡を残していく。

…目に入ったんだが。

客の顔に水鉄砲向けるとか、どういう教育してんだ、この家。


「大丈夫?聖悟。」


そう言いつつ、那津も顔が半笑い状態だ。笑いを必死でこらえているのが分かる。

…嫌な姉弟だな、オイ。


俺は那津を一睨みした後、さっと駿介に目を移し。



「…がきんちょが、いっちょまえに嫉妬か?ふん、いいだろう。全力で相手してやる!」


―立ち上がると同時に走り出した。

宣言通り、今度は全速力だ。

一発かましてやらないと、気がおさまらねぇっ!


「…だから本気になるなって。」


じゃれあういい年した大人と幼稚園児。

明るい庭で遊ぶ二人を遠い目で観察する那津は、どこかほっとしたように笑った。





「那津ちゃん!国崎くん!スイカが冷えたよー!」

「あ、はーい!」


俺と駿介の追いかけっこが終息し、しばらくして。

じたばたと動きまくる幼児を抑えていると、家の中から那津の親父さんの声が聞こえてきた。


「おい、駿介。スイカだってよ。」

「やった!たべるー!」


…スイカの威力は絶大のようだ。

さっきまで騒いでいたガキはその言葉ひとつで大人しくなり、ぴょんぴょん跳ねながら家の中に入って行った。那津と俺も顔を見合わせて笑いながら、それに続く。


濡れた服と顔を軽く拭いた後居間に入ると、テーブルには大きなスイカが人数分用意してあった。


「いただきます。」


全員が席に着くのを待ち、本城家の面々と俺は手を合わせた。


「おいしー!」


真っ先に手を付けた駿介が、口のまわりを真っ赤にしながら夢中でかぶりつく。

それを横目に、俺も目の前のスイカを持つ。


スーパーじゃなかなかお目にかかれないおおぶりのスイカ。

そういや食べるのも久しぶりだなあ、と思いながら、しゃく、と一口かじると途端に甘みが口の中に広がった。それは今まで食べたどのスイカの味とも違った。


…うめえ。スイカってこんなに甘かったっけか?

俺が驚きに目を開いていると、那津が得意げにふふんと笑って見せた。


「美味しいでしょ?」

「ああ。」

「これ、うちの畑で取れたスイカだよ。ちょうど取れたて。」

「へー、そうか。美味いわけだ。」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。」


親父さんが朗らかな声で笑う。

どこにでもありそうな家族の団らん。ほのぼのとした空気が流れる。



「ただいまー。」


―それが明らかに変わったのは、玄関から女の声が聞こえた、その瞬間だった。


空気が変わった、と思った。…特に、那津とお兄さんの。

声がした途端にかすかに肩を震わせた那津と、眉をひそめたお兄さん。

両者からは張り詰めたオーラが漏れ出ていて、話しかけにくい雰囲気だ。

…実を言うと、俺の方も緊張していた。


――いよいよ、彼女が来たのか、と。



「ああ、おかえり。荷物、持てるかい?」

「ちょっと無理そうだわ。取りに来てくれる?」


対して親父さんの方は、先程と全く変わらない調子だ。

気軽にそう言うと腰を上げ玄関の方に消えていく。

そして次にドアが開かれた時、ついにその人は姿を現した。



「あーもう、ホントにあっついわね、今日は。ねえ、クーラーつけましょ?」

「そうだね、人数も多いことだし。」



手うちわを仰ぎながら愚痴をつぶやく、派手な配色のノースリーブとパンツ、紫のショールの女。

――那津の、母親。

俺は覚えず、その姿をじっくりと観察してしまった。


―ひとことで言えば、派手な美人だ。

つりあがった目は少しきつい印象を与えるが、顔の形や部品がきれいに並んでおり、洗練されて見える。

さすがに年相応の皺やたるみも見られるが、肌にはシミひとつ、ニキビひとつなくきちんと手入れされている。自分にかなりの投資をしているのだろう。

印象的なのは、真夏日だというのに全く隙のない濃いメイクだ。

真っ赤な口紅と、これでもかとばかりに盛られているまつ毛。アイシャドウの重ね塗り具合もすごい。


――ある程度、予想していた容姿ではあるが……


はっきり言って。


俺には目の前の女と那津の共通点をひとつも見いだせなかった。

外見的な特徴で言えばむしろ、正反対。そのくらい似ていない親子だった。


「…あら。」


女の視線がこちらを捕える。まず視界に入れたのは那津だ。

彼女は少し驚いたように呟いた。


「…もう帰ってきていたの?」

「うん。」

「そ、ゆっくりしていきなさいね。久しぶりなんだし。」

「はーい。」


那津は軽い口調で答えた。

久しぶりに顔を見せる母親相手に、完全に作られた『本城那津』がにっこりと笑った。


「あら?こちらは?もしかして、貴方が…?」

「ああ、どうも。」


だから、俺も、彼女と同じように。



「初めまして、那津の彼氏の国崎聖悟です。」



『俺』という仮面をきっちりかぶって営業スマイル。


女はしばし俺をじっと見たまま固まっていたようだったが、やがてハッとしたように口を開いた。



「まあまあ!わざわざ遠いところをどうも。私は本城 美香子(ホンジョウ ミカコ)よ。よろしくね。」

「はい、よろしくお願いしますね。」

「それにしてもカッコイイわね、聖悟君?モデルさんみたい!」

「はは、よく言われます。」

「ねぇ、どこの出身?年は?あと……」



―美香子、というらしい那津の母親はよくしゃべる。

特に俺には並々ならぬ興味を示したらしく、先程の親父さんの倍くらいの勢いで質問攻めだ。

ソファの前を陣取って、口を回す、回す。

だが、『俺』は、嫌な顔ひとつせずにすべてに答えた。


やがて、彼女の方もようやく落ち着いてきたらしい。

矢のような質問がやみ、俺もひと段落ついた、とばかりにお茶を飲む。

すると、年甲斐もなくはしゃいでいる様子の女性はにっこりと笑った。


「ねえ、那津?貴女にしちゃ、いい男を捕まえたわね~。」

「へへ、そうかな?」

「はー?そうかあ?」

「そうよー!こんなにカッコよくて紳士的な彼氏、なかなかいないわよ!ね、あなたもそう思うでしょ?」

「そうだね、国崎君はいい子だよねえ。さっきも駿介と遊んでくれてさ。」

「二人とも、そんなこと言っても何も出ませんよ?」


照れる那津、苦笑いの俺、和やかに笑う親父さん、相変わらず態度の悪いお兄さん、そして彼女。

和気あいあいとした雰囲気のまま、『家族』の会話は続いた。

それが途切れたのは、時計を見た彼女が、ああ、もうこんな時間ねと言って腰をあげたときだった。


「…さて、と。そろそろ夕飯の準備をしないとね。今日は聖悟君のために御馳走作っちゃうからね!那津、手伝って頂戴。」

「はいはい。」


同じくソファから立ち上がって奥へと足を向ける那津。


のれんをくぐり、キッチンに入る直前。母親は那津にそっと耳打ちした。



「本当に、貴女にはもったいないくらいね。」

「………。」



にやりと口元の赤が歪んで発せられた、暗く沈み込むような声。


―だが、那津は何も答えなかった。

彼女に従うように、ただ笑っていた。






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