思い出のあとしまつ
*seigo side*
ガタンガタン。
やや乱暴に揺れる車内に、人はほとんど見られなかった。
俺とその隣に座ってる彼女。あとは妙齢の女性と老人だけ。
頬杖をついて車窓を覗くと、高い建物なんかいっこも見当たらないくらい平坦な田んぼだらけの、のどかな田舎風景が広がっている。
――新幹線、JRと乗りついで、現在。
最後の公共交通機関である地元のローカル線に乗っているわけだが……長い。
朝早くに出発したが、もう昼過ぎだ。
ゆうに5時間は列車に乗っていることになる。
…これは遠いわ。
俺はくあ、と口を開けあくびをした。
――
無事に期末試験を終え、只今夏休み二週目に突入。
俺は約束通り、那津の里帰りにつきあい、彼女の実家に世話になることになった。
言伝を一足先に帰ったお兄さんに頼んだ(最後まで渋っていたが)から、話は通してあるはずだ。
あとは那津と一緒にそこに向かうだけ。
まあ、挨拶に伺うくらいだし2、3日程度と思ったが…この分では滞在期間が延びそうだな、とぼんやり考える。
那津の実家は随分な田舎にあるらしく、想像以上に遠い道のりだ。
帰りもこれだけかかるのか、と今から憂鬱に思う。
がたん、ごとん。
列車が派手な音を立てる度に、傍で揺れ動く物体。
「………。」
俺は首を傾けて、ちらと横を見た。
―本城那津は瞼を閉じ、寝入っていた。
長時間の移動に疲れたのだろうか、起きるそぶりは見えない。
肩によりかかり寝息を立てる彼女を微笑ましく思い、俺は髪を優しく撫でてやった。
そして、正面を見据える。
―那津は。
俺が実家に同行することに、ひょっとするとお兄さん以上に嫌がっていた。
小さな子どものようにダダをこねて、行きたくない、やっぱりやめよう、などと言った。
おかげで日程をとりつけるのにだいぶ苦労したが…物分かりのよい彼女があのように取り乱すのは、珍しい。
普段の彼女は、無理に自分の意見を押し通すことなどしない。しかし、今回はひどく拒絶していた。
…いや、彼女がああなる要因ははっきりしている。
彼女の、実の母親だ。
那津の母親は、那津が中学生の頃に再婚し、再婚相手との間に息子も一人儲けたらしい。
今では片田舎に一軒家を構え、夫と息子、たまに帰ってくる義理の息子と『極たまに』帰ってくる娘と幸せに暮らしているらしい。
――だが、実際はどうか。
お兄さんや那津の義理の父親とはどうか知らないが、那津は未だにその女から陰湿ないじめを受けてるし、那津は那津で、女から逃げるように実家に寄りつこうとしない。
はっきり言って常時一触即発状態の母娘なわけだ。
それの何が幸せなものか。
俺はチッと舌を打った。
今回、俺が那津に同行する目的はただひとつ。
――那津の母親に会うこと。
そして――まあ、とりあえずは話をして。その女の人となりをつかんで。
それから。
彼女の――本城那津の、すべての過去を清算する。
もう那津が逃げなくてもいいように。傷つけるものがないように。
「……俺に、まかしとけ。」
ぽつりと呟いて、那津の頭を抱く。
――例え、那津がそう望んでいなくとも。
―――
――
「着いたー。」
「ようやくか。」
ガラゴロと重たいスーツケースを引きながら、列車を降りる。
改札を通り抜け、熱い日差しを受けながら俺と那津は並んで歩く。
那津は列車の中で爆睡していたおかげか、元気そうだった。
「―で?ここから近いのか?」
「ああ、歩いて行けるよ。でも荷物多いし、兄ちゃんが車回してきてるって……あ!」
そこで声をあげ、正面を見た那津。
俺も視線を上げると、白いワゴン車がクラクションを鳴らしているのを見つけた。
「那津!こっちだこっち!」
「兄ちゃん!」
どうやら待っていたらしい、那津の兄の元気な声が飛び、那津も駆け寄る。
相変わらず那津に優しい兄、のようだ。
その緩みきった顔を殴り飛ばしてやりたい。
「どうも、こんにちは。」
「…帰れ。」
「またそれですか、シスコン兄さん。」
「うるせぇ、俺の車に同乗を許した覚えはねぇぞ。てめぇは歩け。」
「もう荷物積んじゃいましたし。どうせ席空いてるでしょ、乗せてくださいよ。」
こっちへの対応も相変わらずだ。
黙れ、この変態が。
―その後もぎゃあぎゃあと口論をしつつ、やたらとデカイお兄さんの車に乗って那津と俺は本城家に向かった。
―――
「…ここか?」
「そうだけど、何?」
「いや、意外と普通の一軒家だな、と思って。」
車に揺られ五分少々(本当に近かった)。俺は車から荷物をおろしながらぽつりとつぶやいた。
―見たままの感想だった。
住宅街の中に建てられた、小奇麗な二階建ての家。屋根は緑、壁は薄いベージュ。
駐車場は二台分スペースがあり、よく見れば小さな庭が玄関口の前に広がっている。
まあ、ごくごく一般的な家だ。いや、普通の家庭よりかは少し裕福そうに見える。
「まあ、三年前くらいに引っ越したばかりだし。まだ綺麗だよ。」
「へー。」
「おら、ぼさっとしてんな。荷物おろしたんなら、さっさと中入れよ。」
「…分かりましたよ。」
那津に相槌をうつ間もなくお兄さんに横からやじを飛ばされ、しぶしぶ玄関まで移動する。
…あのな、俺だって少しは緊張して気が小さくなってるんだぞ。そういう配慮なしかよ。いや、むしろわざとやってるのか?
ちらっと後ろを覗くと、本城唯月はニヤニヤと笑っているのを見つけた。
ムカつくな、おい。
「ただいまー!帰ったよー!」
男と静かにガンを飛ばしあっているうちに、那津は玄関のベルを鳴らし、中の人を大声で呼ぶ。
しばらくしてドアが開かれ、中から五十代くらいの男性が顔を出した。
「那津ちゃん!よく帰って来たね。」
顔にしわを寄せ、明るく笑う中年男性。
年齢ゆえの白髪が少し目立つが、落ち着いた雰囲気のダンディなおじさんだ。
――この人が、那津のお父さんか?
「お父さん、お久しぶりです。」
「さあ、入って入って!暑かっただろう?クーラーつけてあるからね。」
「うん、ありがとう。」
―やはり、そうらしい。
それにしても意外に若いお父さんだな。
笑顔で那津と話す彼を見上げていると、ふいに俺の方に視線を向けた。
「君が、国崎君、かな?」
「…はい、そうです。」
「そうか、君も中にどうぞ。話は聞いてるから。」
「ああ、はい。…お邪魔します。」
友好的なお父さんに言われるまま、那津と俺は荷物を中に入った。
―初めて入る彼女の実家だ、俺もかなり緊張していたが――
何故か、肩越しに見た彼女の方が緊張して見えた。