混乱
PLLL…PLLL…
私の携帯から固定着信音が鳴り響く。のそっと起き上がりぼやける視界の中、時計を確認。
只今の時刻…5時、12分………
誰だ、こんな時間に。非常識な。どうせイタズラ電話だろう。もう少し寝よう。
私は無視を決め込むと、再度布団にもぐりこむ。
PLLL… PLLL…
…コールが長い。もう20コールは鳴ったんじゃないか?いい加減あきらめろよ。
PLLL…PLLL…
長い…長い…なが……
PLLL… PL‥「あーっもう!誰だ、こんな朝っぱらから!」
相当ムカついていたので、私は相手が誰かも確認せずに電話に出た。
ウザい、ウザい!私の安眠を妨害すんな!
「だれ…」
『俺。今日、お前んとこ行くから。』
プツッ……ツーツー…
そうひとこと残して、電話は切られた。
……………。……は?
なに、この謎の着信。おそるおそる着信履歴を見ると、[国崎聖悟]の文字が。
…国崎。お前には、常識というものは無いのか?いや、私に何か恨みでも?
覚えは……あるけどさ。
いやそれより、さっきのヤツの言葉だ。…今日、来るって?
オイオイ、午前5時に送る冗談にしちゃヘビー過ぎんだろ。
…え、本当?マジッスか。しかも決定?決定なんスか。
大学、休みてぇ………
一気に脱力した私は、枕に頭を押しつけ、がくりとうなだれた。
重い足取りでキッチンまで足を運ぶ。誰かさんのおかげで、すっかり目が覚めてしまった。
冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを飲むと、冷たい水が私を潤してくれる。
無駄に早起きしちゃったか……
どうしよう。今からまた寝たら、起きられなくなりそうだし。
んー。
―1分ほどの思考の後、私は早朝の散歩に出ることに決めた。
何気に散歩は好きだ。走るのは苦手だが。
パジャマを脱ぎ、ジャージの上下に着替える。こんな朝なら誰にも会わないだろうと予測し、顔を洗ってすっぴんのまま外に繰り出した。元々、化粧はそんなする方じゃ無いけど。
外はまだ薄暗く、日が出てまだ間もない、といったところ。
通りには誰もいないし、日中渋滞する交通路も今の時間帯は車がまばらにしか走ってない。
私は新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、歩き出した。
あぁ…久しぶりに散歩するけど、なんか気持ちいいな。少し肌寒い気のする気温も、街路樹の青々とした様子も、私には好ましい。
――そう。私にはやっぱりこういう、1人のゆったりとした空間が合う。
若者のくせにババくさいとか思われるかもしれないが、こうした時間が何よりも好きだ。
…最近、少し余裕が無かったのかもしれない。ここらでリラックスしとこう。
――1人でいる、セカイ。
このスタイルを変えるつもりはない。やっと手に入れた私の自由だ。みすみす逃すものか。
そう、改めて願った。
大通りを歩き、交差点に差し掛かる。
ほとんどの店はまだ閉店中だ。いつもは活気にあふれるショップ街も今は閑散としていた。
ちょっと立ち止まって腕時計を見る。
…6時ちょっと過ぎ、か。
まだまだ時間には余裕があるな、といつもは歩かない道を通ってみることにした。
そう決め、歩き出すこと10分。
「あれ、ナツちゃん?」
早くも後悔した。何故まっすぐ帰らなかった、自分。
――目の前には、今最も会いたくない3…いや、4人の中の1人。
斎藤 宏樹がいた。
私と同じくジャージ姿。額には汗が浮かんでいる。
「ナツちゃん、家この辺なの?」
わ、なんかいきなり親しげに話しかけてきた。…爽やかだ。背景がなんかキラキラしてる。
「…はあ、一応。」
一応って。何だ、自分。
「へぇ。朝の散歩中?」
「あ、今日は珍しく早起きしたんで。斎藤君は、ロードワーク中ですか?」
「うん、そう。あー…敬語はいいよ、同い年だし。なんか、他人行儀でヤダなー。」
言いながら、笑顔を向けられる。
…るっせ。私はその一線を引きたいんだって。
「遠慮します。」
私も作り笑いを浮かべる。
「えー、聖悟にはタメだったのにー?」
ここでアイツを出すな。てか黙れ。もうどっか行け。
心の中で毒づくも、全く効果は見られない。
にこにこと笑う彼は、なんで?とまた聞き返してきた。
「…国崎は、ムカツクから。」
なんかいい理由が思いつかず、とりあえず、そう言う。
「ハハッ、ムカツクって…。そんなこと言う女子、ナツちゃんくらいだよ。」
そっスか。ソイツは、私の中で呪いたい奴堂々の1位なんですが。
「…あ、えっと、ランニングの邪魔ですよね。失礼します。」
会話を無理矢理中断させて帰ろうと、来た道を戻ろうとするも、
「まぁ、待ってよ。」
と、斎藤が立ちふさがった。
…うわコイツ、身長でかい。180後半はありそう。
「…何ですか。」
身長差に怯みながらも、そう言葉を吐く。少し不機嫌が混ざったのを知られたかもしれないが、まあいいや。
「あのさ、メール読んだんだけど…俺たちとつるむの、そんなに嫌?」
斎藤は笑っていたが真剣な口調でそう聞いてきた。
―ああもう、この際はっきり言っておこうか。
「嫌です。」
「キッパリ言うね。何で?」
「何でも何も…、貴方たちといると私の生活が乱れるんです。」
そうだ、私の平穏を返せ。利子つけて。
「あー、それはそうかもね。素のナツちゃん、目立つの苦手そうだし。」
「そうです。カラオケでの私は死にましたから。私を相手にしてもつまらないですよ?」
「そんなことないよ。」
――は?
「は?」
意味を量りかねて思わず声に出して聞き返してしまった。慌てて口を塞ぐももう遅い。
斎藤はくすっと笑って私に目を向けた。
「俺たちはさ、確かにカラオケでの君を見て面白いなって思ったけど、それだけじゃわざわざ友達になろうなんてサムいこと言わないよ。」
…サムい自覚はあったのか。
「…じゃ、何故?」
「聖悟がさ。気に入ったって言ってるんだよ、君のこと。
あいつ、めちゃくちゃモテるからさ恋愛関係はどっか冷めてんだよ。でもナツちゃんに関しては、自分から関わりたいらしいんだ。」
は?え、何それ。
だから、気に入ったって…それは私のキャラの話でしょ?
…てか恋愛って、ナニ。何の妄想トーク?これ。
「しかも素の方がずっと魅力的なのに、わざわざ性格作ってる所も面白いって。俺、絶対アレがナツちゃんの素だと思ったのにさあ…。聖悟ってスゴイよねー。」
カラカラと笑う斎藤。対照的に、私は顔面が赤くなったり青くなったりと忙しい。
な、なに言っちゃてんの、斎藤……いや国崎、か?
冗談にしてもキモ過ぎるぞ。私を掴まえてミリョクテキて。
やっぱり、目…いや脳が腐ってたんだ。可哀そうなヤツだ。
「…それで、俺や他のヤツらも興味が湧いたの。今までの子とは全然違うし、ナツちゃん。」
1歩、斎藤は前に出てきた。
…な、何さ!
「俺も、君が気になるよ。」
―オレモ、キミガキニナルヨ―
………。
……ちょ、待て。
これ、なんてギャルゲ?今流行りの乙女ゲーか?それで、今、主人公が『きゅん』とかなる場面?
アホか、お前ら全員!国崎にも思ったことだが、現実でそんなこと、やっちゃダメ!!
そして、相手が私とかやめようか!絶対、合わない!
私は真っ赤になってるであろう顔をぶんぶんと振り、ハッと気付く。
!!まさか、コイツ…天然タラシとか!?
性質悪ぃ!!しかもソレにいちいち反応する私って!!!
容量いっぱいになった使えない私の脳はエラーを掲げ、私は。
「…るっさいわ、ボケ!私は君らのことなんか知らん!!
あと、そういうセリフは、もっと乙女な君んとこのファンに言ってやれ!
きっと泣いて喜んでくれるからぁ!!」
恥ずかしいやら、屈辱やらでかなりの暴言を吐いてしまった。
叫んだ直後、あ、しくった。と思う。しかし時すでに遅し。
「ククッ、それが素ー?やっぱいいわ、ナツちゃん。」
斎藤に爽やかに笑われた。私は自分の行動が恥ずかしくなり、俯く。
…うう。私って、こんな短絡的な人間だったか?
いつも自爆してる気がするよ……自重せねば。
「…っとにかく、もう帰る!斎藤!君なんか、もう2度と会いたくないわー!!」
悪役の捨てゼリフを言い残して、走り去る。
視界の隅で斎藤が手を振っているのが見えた。
………っ。
本当に私、最近走ってばっかりだ。苦しい。心臓が、うるさい。
あの天然タラシ、何て事言いやがる。
――素の方が魅力的
聖悟がさ、気に入ったって
関わりたいらしい
君が気になるよ
『那津。』
「~~っ!」
顔がボッと赤くなる。き、昨日の国崎が出てきた…
…何だコレ。制御不能だ。
からかうのはもう止めてくれよ。心臓がヤバい。
「…破壊力、ありすぎ。」
私は、混乱した。
ぐるぐるのごちゃごちゃの、混沌とした渦の中にいるようだ。
――かき乱される。アイツに。