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脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
103/126

02



――



「煮えすぎじゃない?」

「…すまん。」

「何か変なこと考えてたんでしょ。」

「………。」


ああ、そうだよ。考えてたよ、ヘンナコト。

―なんて言うわけにもいかないので、俺は黙って頭を下げる。

確かに、那津の前に出した器に入った粥は米の形を崩し過ぎてドロドロになっていて、あまり美味しそうに見えない。文字通り、煮すぎだ。

…粥程度もまともに作れないなんて、とか呆れられているだろうか。まったく、面目ないな。


「じゃあ、頂きます。」

「…いいぞ、無理して食わなくて。」

「んーん、これ見たら食欲湧いてきたから。それに、せっかく作ってくれたのに、勿体ないじゃん。」


恥ずかしさから顔を伏せていた俺だが、那津は気にせずそう言う。


…病人に、何気ぃ使わせてんだよ。

―と、また自己嫌悪に陥りそうな暗い気持ちを抑えて、俺は『そうか、』と小さく呟いた。

何処となく明るい表情の彼女に目を向ける。


…ん?明るい?


「何だ、うれしそうだな?」

「うん、だって君も完璧なわけじゃないってことが分かったし。」

「…のやろう。」


―そういう意味かよ。

ジロリと睨みつけてやると那津は、『ははは』とわざとらしく乾いた笑いをもらした。

そのうちに小さなテーブルに乗せたお粥を食べようと、那津はスプーンを右手に持つ。そして、粥をすくい口に運ぼうとした。


「…ああ、待てよ。」


―その時、さっと彼女の手からスプーンを没収してやった。

『え?』と目を瞬かせ、顔を傾ける那津。隣から視線を投げかけて来た。

さっきの態度とは打って変わって、俺はにやりと口の端を釣り上げてみせる。


「…何さ。」

「せっかくだから食べさせてやる。」

「え、いらない。一人で食べれるって。」

「遠慮すんな。」

「してないから。つかマジでスプーン返せ。」

「やだ。」


ぱたぱたと手を振り上げる那津から、離れるように腕を伸ばしてスプーンを遠ざける。

気分を害したのか、あからさまにむっとした表情作る那津も可愛い。

病気のせいか、彼女の顔はいつもより変化に富んでいた。

…面白い。


「いーから。風邪と言ったらコレだろうが。」

「どこの常識?それ。」

「世間一般常識。それに俺、これやりたいがために粥を作ったんだから。」

「…下心満載だな、君。」


――下心?

この程度で何言ってんだ。さっき俺が考えてたことと比べれば、まだ生易しいもんだろうが。



「ほら、あーん。」

「…む。……あーん…」


唇をとがらせつつも結局は折れたらしい。

粥を見せびらかすように催促すると、那津は口を大きく開いた。俺は笑顔でスプーンを突っ込む。

もぐもぐと口を動かし、こくりと飲み込む那津。

…うん、可愛い。

『やっぱ溶けてる』だの『味が薄い』だのぶつぶつ文句をつけるが、それでも可愛いものは可愛い。

顔がだらしなく緩んでいるのが自分でも分かる。俺は上機嫌で那津の頭を撫でた。


「悪い悪い。大丈夫?食べれるか?」

「…ん、もっとちょーだい。」


そう、赤い顔で俺を見つめてくる那津。


……うん。

ごめん、いらないとか言って。

やっぱりこのシチュエーション、ヤバいわ。



――



「……なんかさ。」

「うん?」


よほどお腹がすいていたのか鍋の中身をすっかり空にした那津は、薬を飲んだ後また横になった。

台所に戻り、器やら鍋やらを洗っていたとき奥から声がかかり、俺は振り返った。


「いいね、病気の時に看病されるのって。至れり尽くせりって感じ…」

「当たり前だろ?病人はただ寝てればいいんだよ。」

「そうなの?」

「早く治すことが肝心だからな。」


何を言ってるんだと顔を戻し、また食器洗いに励む。


―ああ、そういや林檎買って来たんだった。後で剥いてやるか。いや、風邪のときってすりおろした方がよかったっけ?あ、でもおろし機が無いか……



「…あんまり、そういうの、されたことなかったからなあ。」



―と、

ぴた、と思考と手を止めた。

那津の部屋は狭いし、音が響く。俺にはその小さな呟きがはっきりと聞こえた。

きゅっと水を止め、今度は身体ごと那津の方を向く。


「…お前、風邪ひいたときとかはどうしてたんだ?」

「たいてい放置してた。」

「…おい。」

「いや、寝てれば治るからさ。」

「病院は。」

「病院なんか行くわけないでしょ。薬、高いし。」

「…そういう問題じゃねぇだろ。重い病気だったらどうすんだよ。」

「そうだね。風邪こじらせて肺炎起こした時は、さすがに連れてかれたかな。」


意外と危ない所だったらしいよ?と軽く笑う那津。

―お前、なんで、そんな。

かっと熱が上り、俺は声をあげそうになったが、



「家族には面倒をかけたくなかったからね。」



そう続いた那津の言葉に出かけたセリフを飲み込んだ。


――いや違う。

正確には『面倒だと思われたくなかったから』だ。

風邪程度で寝込めるわけがない、たとえしんどくても自分の仕事はちゃんとやらないと。

役立たずな自分は、いらないから。あっという間に捨てられてしまうから。

大丈夫。私は全然平気だから。

―なんてね。


熱で頭が朦朧としているのか、うわ言のようにそう言って自嘲気味に笑う那津。

ふう、と短く息を吐き出し寝がえりをうった。


「…冗談だよ。」

「………。」

「ちょっと言ってみただけ。」


背を向けた那津は取りつくろうようにぽつりと呟く。

そんな小さな彼女の背中を見て、胸が締め付けられたような気がした。

言いたいことはたくさんあったが言葉にできなくて、息をのみただ立ち尽くす俺。

切なくて苦しくて。次々と湧きおこる感情が、行き場を失くした。


「っ、」


一歩。足を踏み出して、寝ていた那津の肩を思いっきり掴む。

強引に身体を抱き起こし、そして


「―!」


俺は衝動のまま、那津を抱きしめた。大きく目を見開く彼女を腕の中に閉じ込めて見えなくする。

いやむしろ、見られたくなかったのは俺の方かもしれない。

多分、今、随分と情けないカオをしてるだろうから。


「せい……」

「俺は、嫌だよ。」


ぎゅうっと力を入れて那津の細い体を抱く。

情けないことに声が少し震えてしまい、俺は誤魔化すように細く息を吐いた。

彼女の体は驚いたようにびくっと強張ったが、やがて大人しく力が抜かれる。

そして、『どうしたの?』とでも言うように回された手が背中をぽんぽんと叩いた。


―那津にとっては多分、取るに足らない些細なことで。

何が『嫌』なんだろうか、なんて不思議に思っているんだろう。

でも、俺は本当に。



「…那津が俺の知らないところで病気したり怪我したりするの、すげー嫌だ。めちゃくちゃ心配するし、不安で死にそうになる。」



――那津は、ぜんぜん自分を大切にしようとしないから。

このくらい平気、大丈夫。とか言ってどんどん何も顧みずに先へ先へと進んでしまって、

…そのうち、いつかいなくなってしまうんじゃないかと、不安で仕方ないんだ。

しっかりしてるようで意外と常識が抜けてるようだから、こっちとしても目も離せない。

…だから、お願いだ。



「俺は那津が大切だから――頼むからお前も、もっと自分を大事にしてくれ。」



真剣な声色、その後に訪れた静寂があたりを包み時計の秒針がやたら五月蠅く感じられる。



「……うん。」


一瞬の間のあと、腕の中の那津がふと呟いた。

返ってきた返事はそれだけだったが、じんわりと染みわたるような、俺を安心させるような。そんな一言だった。覚えず、安堵のため息を漏らす。


「マジで頼むぜ。俺、お前がいないと生きていけないから。」

「はは、そんな。オオゲサだね。」

「笑い事じゃない、そのくらいのレベルだからな。」


半分冗談半分本気でそう言ったが、那津は『ふーん』とぼやいてすぐに黙った。

だが、目を伏せた那津は少し泣きそうな顔をしていた、ような気がした。


「…分かった、なら今は甘えさせてもらおうかな。」

「おう、甘えろ甘えろ。今日は優しさの大バーゲンだ。」

「いつも優しいでしょ?聖悟は。」

「…そういう殺し文句は言うなよ。」


―俺を殺す気か、この野郎。

またむくむくとイケナイ思考が湧きあがりそうになり、自制をするように那津の頭をなでる。それをくすぐったそうにする那津は俺の胸に顔をすりつけた。


だからお前は……

……

……まあいいや。

普段より甘えてくれるんならそれはそれで嬉しいし。今日は甘やかすだけ、甘やかしてやりたい。

半ば自棄になり、俺はそう心の中で結論をつける。

―ああ、でもな、


少し抱きしめている力を緩め、腕の中の彼女と目を合わせる。那津は目を瞬かせて、俺を見上げた。


「その代わり、俺が病気になった時は…頼むぞ?」

「…見返りを求めるところがまったく君らしいよ。分かってる分かってる。ちゃんと看病してあげるって。」


―そうだ。それでこそ、俺の那津。

あげてばかりじゃ、不公平だろ?優しさも、愛も。与えた分だけ、しっかり返してもらうからな?

俺はニヤリと笑った。



「うし、じゃあうつしていいぞ。」

「っ、え……ちょっと、」


ばたばたと暴れる那津を押し倒して一緒に横になる。

少し熱をもった唇をぺろりとなめ、俺は顔を真っ赤にしている彼女にキスをした。



「なあ、キスすると風邪がうつるってホントか、検証してみようか。」

「もうしてる……ってちょ、待ってってば!」





END




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