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脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
102/126

風邪っぴき

*seigo side*




午後3時過ぎ、その日にあったすべての講義が終わった。


本日はバイトがなくこの後の予定がないことを思い出し、また最後の講義が早めに終わったこともあり俺は上機嫌だった。

見慣れた理学部の棟から抜け出し、人の流れについて行く。歩きながら、ぼんやりとこの後の予定を考えた。


―予定がない、暇。さて何をしよう。


そこで俺が思い浮かんだのは他でもない、彼女のことだった。

那津に会いに行こう、と思い立った俺は、角にあるコンビニの所で立ち止まり携帯電話を取り出して、一番上の番号に電話をかけた。



PLLL…PLLL…


コールが鳴る、が、相手が出る様子はない。


…那津はいつも電話になかなか出ない。

しかし10コール以上鳴らしたところで突然出るので、しばらく鳴らす必要があるのだ。


…まったく、那津には携帯をもつ意味を一度考えてもらいたいもんだな。



『……もしもし?』


――そうしているうちに、相手が電話を取ってくれたようだ。

いつもの、少し低めの声色が耳をくすぐる。俺はもたれかかっていた背を離し身体を起こした。


「もしもし、那津?俺だけど。」

『…聖悟?どうしたの?』

「ちょうど今日の授業終わったところでさ。俺今日この後暇なんだ。」

『ああ、そう…』

「会おうぜ。那津、今どこ?学校にいる?」

『ん……』

「那津?」

『………。』


すると会話が途切れ少しの間が空いた。

電波が悪いのかと思い、俺は再度彼女に呼びかけるが那津は大丈夫聞こえてる、と言ってまた口を開いた。


『私、まだ授業あるから会えないかも。先に帰ってていいよ。』

「…授業って、何の。」

『えっ?…なんだっけ。忘れた。』

「嘘吐くなよ。お前、今日は3限で終わりのはずだろ。」


俺が確信を持ってそう言うと、那津は分かりやすく黙った。


『…………何で知ってんの。』


嘘を吐いたのを簡単に認めた那津は、少しきまりが悪そうにそう呟く。

―何で、だと?前科があるからに決まってんだろ。すぐなにか隠そうとするのは、那津の悪い癖だな。

俺は電話越しにこれ見よがしと、はあーっとため息をついてやった。


「ふーん、また俺に嘘吐くんだ、那津。酷いな。」

『い、いや、間違えた、っていうかその。』

「で、本当は。」

『……う。』

「那津?どうしたんだ?言えよ。」

『………。』


無言が続く。

相当言いにくいのか、また別の言い訳を考えているのか知らないが、

どうもいつもの彼女と様子が違うようだ、と気付いた。

いつもの那津はもっと歯切れいいし返答が早い。

…一体、どうしたんだ。

俺は何も言わない彼女に対し苛立ちと不安が半々といった状態になる。

そして、ついにはしびれを切らし低い声を出した。



「この間のでまだ懲りてないのか?なんだ、もっと過激なプレイが好みならそう言ってくれれば…」

『ま、まーっちょっと、待った!言うから!』


ふん。最初からそう言えばいいんだよ。

俺はぜえはあ、と息をもらす彼女の返答を待ち、受話器を握り直した。


『…えっとですね。学校にはとりあえずいません。』

「え?じゃあ今、家か?」

『うん。…ていうか今日大学行ってない。』

「は?」


不可解な答えに、顔をしかめる。

―大学を、欠席だって?いつも授業には出る那津が?

…って、もしかして………



『あの、風邪をひいちゃった、みたいなんですよ。』



俺の予感は的中した。

しかし、その那津の申し訳なさそうな口調の敬語(何故か)が耳に届いた時、一瞬、思考が停止してしまった。

那津から『聖悟?』と呼びかけられハッと我に返る。

俺は滑り落ちそうだった携帯を乱暴に握り直し、怒鳴った。


「っ何でそれを早く言わねえんだよお前は!熱は!大丈夫か!?」

『え、でも別に大丈夫だから!ちゃんと寝てるしすぐ治――』

「~いいから!今からすぐ行く!待ってろ!」


那津の『大丈夫』ほど信用できない物はないともう知っている俺は、彼女の返答も聞かずに通話を切り、駐車場に走った。



―――

――



「………。」


約十分後、俺は那津の家の前で立ち尽くしていた。

何故なら。

購入した品の入ったスーパーの袋を持ち、見舞いの準備は万端だというのに、

先程からインターホンを押しても那津が出てくる気配がないのだ。


起き上がれないほど重症なのかと一瞬思うが、すぐに違う、と思いなおす。

那津の性格上、何の理由もなしに客を待たせることなどしない。そして先程電話したばかりだ、寝ているわけでもないだろう。


おそらく、那津は居留守を使うつもりなのだ。…また。


「…おい、那津。」


低い声でそう呼びかけてやると、中から何やら物音が聞こえる。

自分の考えはやはり的中したようだ。まったく、バカなことを。


「またドア壊されたくなかったら、開けろ。」


だが、次にそう呟くと、目の前のドアが音を立てて開いた。

思わず鼻先をぶつけそうになり、慌てて飛び退く。

視線を上げると、パジャマ姿の彼女が赤い顔で俺を睨んできた。


「…っこのやろ、物騒なこと言いやがって…!」

「別に本気じゃねえよ。ああ言わなきゃ開けないだろ、那津。」

「………。」


途端に口をとがらせて黙る那津。図星だったようだ。

…ドアを壊されるまで、俺を入れる気なかったのか、こいつ。


「じゃ、邪魔するぞ。」


挨拶もそこそこに、俺はまだ何か不満そうな彼女を押しのけ、上がりこもうと靴を脱いだ。

すると那津は慌てて俺の肩を押し戻す。


「ちょ、だからいいって、聖悟!」

「よくないから来たんだよ。ほら、看病してやるから。」

「大丈夫だってば!大したことないし、すぐ治――」


そこで、那津の言葉は唐突に切れた。

熱い息を吐き出しながら怒鳴っていたとか思えば、身体の力が抜けたようにその場に倒れたのだ。

俺は咄嗟に那津の身体を抱えてやった。


――熱い。

抱き寄せた身体から明らかに平熱より2~3度は高い体温を感じ、俺は眉をしかめる。

苦しげに浅く呼吸を繰り返す那津に固い声を漏らした。


「これのどこが『大丈夫』だよ。」

「…お、おかしいな。さっきまで、ヘーキ、だったのに。」

「―もういいからしゃべるな。」


ひょい、と軽く(実際に超軽い)那津を抱えて後ろ手にドアを閉める。

そして二人で奥の部屋に進んだ。相当しんどいのか、何も言わない那津。

俺は苦しそうな彼女の額に手を当て、息をついた。


―こんなことだろうと思った。




――




見慣れた那津の部屋の中。

ひいてあった布団にそっと那津を下ろし、上から毛布をかけてやる。那津は大人しくそれに従い、布団にくるまった。

もぞもぞと動き頭をひょこりと出した那津は、普段より幼く見え何とも愛らしく。

―いや、すげぇ可愛い。


どくんと素直な心臓が鼓動し、思わず手を出してしまいそうになったが、すんでのところで拳を握った。

―ヤバいヤバい。病人襲うとか最低だろ。自重しろ、俺。


「…熱は。」


ごほん、と自分の邪な感情を誤魔化すように咳をし、那津を見下す。

那津は布団の隙間からちらりとこちらを見上げ、ぼそっと呟いた。


「測ってない。」

「測れよ。多分相当高いぞ、今。」

「うち、体温計ないし。」

「そう言うと思って買って来たんだよ。」


ほら、と簡易体温計を渡すと、『憎いくらい用意周到だね』と皮肉を言われた。

しぶしぶ起き上がった彼女は自身の脇の下に体温計をしのばせる。

しばらくして、それがピピと電子音を発したのを聞き、表示された数字を覗きこんだ。


「何度だ?」

「38度6分……」

「…高いな。病院はもう行ったのか?」

「行ってない。」

「薬は。」

「飲んでない。」

「……治す気あんのか?」


おいおい。病気した時の対応、何一つやってないじゃねぇか。

俺が来なかったら一体どうしてたんだよ。

ジロリ、と非難するように那津を睨むと彼女はわざとらしく顔を逸らした。


「…自然治癒で治るよこれくらい。」

「馬鹿言うな。夏風邪はこじらせると大変だぞ。」

「平気だって。それより早く帰ってよ、聖悟に風邪、うつっちゃ……あたっ」

「いいから寝てろ、病人。」


『帰れ帰れ』と繰り返す聞き分けのない那津に、びしっとデコピンを決める。

そして強引に布団に引き戻して毛布をかけてやった。

うー、と唸り声をあげる那津は無視し、俺は袋の中から買ってきたものを取りだす。

市販の風邪薬、袋入り冷えピタ、ミネラルウォーター、吸うタイプのゼリー、マスク、のど飴、他食料品……

とりあえずいりそうなものを全部薬局で買ってきたが、どうやら正解だったようだ。

那津の部屋にはそれらしきものはさっぱりなかった。

…いやでも、ここまで何もないって、どういうことだよ。


やっぱり来てよかった、と息をついた俺は那津の傍に腰を下ろし、早速袋を開けて額に冷えピタを貼ってやった。

ひやりとした感触に身体を震わせるも、大人しく目を閉じている那津。俺は彼女の枕元で静かに話しかけた。


「那津、市販のだけど薬買ってきたから飲めよ。…ああ、その前になにか口に入れといた方がいいか。食欲はあるか?」

「……あんまり。」

「おかゆくらいはいけるか?どーせ、何も食ってないんだろ。」

「……ん。」


口数が少ない。

相当辛いのだろうか、目をつぶったまま呼吸を繰り返す那津を見て、

俺はもう返事を待たずに腰を上げた。



「…じゃあ作ってくるからちょっと待ってろ。キッチン、借りるぞ。」



冷たいフローリングを跨ぎ、廊下側にある台所へと足を踏み出した。



――



那津の家の狭い台所に立って数分。

―他人の台所、というものはどうにも使い勝手が悪い。

どこに何がしまってあるかよく分からないし、整理の方法も自分の家とは違うからだ。

おまけに、俺は普段あまり料理をしないから、そういう『料理のカン』的なものも働かない。


そんなわけで、俺は鍋やら食材やらを探すのに若干苦労しながらもなんとか鍋に水と炊いてあった米を入れ火にかけた。ふう、やっとできたと安堵のため息をもらす。

あとは、卵と塩少々。ネギとショウガ…はないからいいか、仕方ない。

粥が出来上がるまで少し時間がかかるので、ちらっと視線を部屋の隅にやり、床に伏してる那津を見る。


―はあ、と吐き出される甘く熱い息。火照った赤い顔と濡れた唇。

普段とは違う那津の無防備な姿に、またも空気を読まない心臓が鳴る。

…やっぱり可愛い。てか、いつもより数倍増しで可愛い。


あれ、病人ってこんなに破壊力あるもんだっけ?ふらりと自分の意志とは関係なく足がそちらに向かう。

那津の汗のにおいとどこか甘い香り――たぶん那津自身のにおい――が俺を惹きつける。

気がつけば、さっき腰を下ろした場所と同じ所にひざまずき、那津の顔に自分の顔を近づけていた。


――って、待て。冷静になれ国崎 聖悟!


あわや口付けてしまう、という距離になって、俺はようやく我に返ったようにぱっと上体を起こす。

何とか那津の傍から離れて、すーっと深呼吸をした。


おい、相手は病人だろ!ナニするつもりだよ、この馬鹿野郎、と自分で自分を罵る。

そして、いつも以上に俺の漢を刺激してくるお前もお前だ、と、無自覚で無防備な那津を、内心恨めしく思ったり(恨むのはお門違いだと分かっていても、だ)。


胸に手をあてふう、と息をつく。

―しかし、こんなに自分の中の理性が試されることになろうとは、見舞いに行こうと車に乗った時は予想もしなかった。

正直、彼女が健康体だったら迷わず襲ってたと思う。


なんだこれ。勘弁してくれ、こんなシチュエーション、おいしくも何でもねぇ。

…蛇の生殺しに近い。辛い。



「……聖悟。」

「―!」


悶々と苦悩していた所、突然彼女が話しかけてきて、肩が跳ね上がる。

薄く目を開け、こちらを上目づかいに見る那津。

おいやめろその目。俺、今、ギリギリだから!


「鍋…噴いてるけど。」

「あ、……うぉ!」


―が、そう言って指を指されて初めて米を入れた鍋が噴きこぼれていることに気付き、俺は慌てて火を止めに行った。その姿が滑稽に見えたのか、那津が後ろで笑う。

……カッコ悪。俺。




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