02
ぶつくさと文句を言うも、結局送ってしまったものは仕方がない。
私がついには黙って窓の外を覗きこんだ。
――車がS大を通り過ぎる。私の家まではもう目と鼻の先だ。
しばらくして、ふて腐れている私に国崎はまた話しかけてきた。
「…分からねーんだけど、お前何がそこまで嫌なワケ?」
「何がって…何が?」
「質問を質問で返すな。何で俺らとダチになんのが嫌なのかって、聞いてんの。」
何だ、そんなこと。…んなの、答えは1つ。
「私は、君らと関わりたくないからだよ。」
「……。」
国崎は黙って私の方を見た。…運転中は前を見ようぜ?
「…あ、別に君たちにだけじゃないよ。私は誰とも交流しない。1人でいたいだけ。」
―言っただろ?私に友人はいらない。私には一匹狼がお似合い。
大学に入ってようやく自由になれたんだ。私は、このまま普通に過ごしていきたいだけだから。
――どうか、このまま放っといて下さいよ。
国崎の綺麗な眉根にしわが寄る。ハンドルを握ったまま、彼は口を開いた。
「…人嫌い、か?」
「あー別にトラウマとかそんな大層な過去はないけど、多分そうかな。…だから、君たちのお友達にはなれません。ごめんなさい。」
国崎と目線を合わせペコリと頭を下げた。そのままの姿勢を保ちつつ、男の反応を待つ。
…ここまで人が真摯になって謝ってんだ。そろそろ私のことなんか諦めて、他のもっとキャラの強い子でも見つけてはくれまいか。そっちと遊んだ方がよっぽど面白いと思うぞ?私なんかより。
そう願いながら待っていると、国崎が静かに口を開いた。
「それで?」
「…は?」
『それで』とは何ぞや。これ以上話すことなど何も無いが。
「それで…俺たちが納得するとでも思ってんの?」
……え?
目を瞬かせる私に彼の眼差しが重なる。どこか暗い色を施したソレは私を真っ直ぐ見ていた。
「那津、もう1回言うけど、」
赤信号で車が止まる。同時に国崎は私の方へ身を乗り出した。
「『俺は』、お前を気に入った。そう簡単に逃げられると思うなよ?」
……!?
私は再びフリーズした。顔もひきつってたかもしれない。
隣で国崎はフッと笑うと、前を向いて運転を再開した。
………こ、
この…
オレサマがぁああーーー!!!?
嘘だろ?なんでそうなる?
普通、『あ、そう。じゃあな。』で済む問題だろうが!
男前はそんな執着なさそうって、私の勝手な妄想だったのか?いくら私が君に興味ないからって、イケてるメンズのプライドなんて発動させなくていいから!!
マジでうぜぇええ!!
「…しつこい男は嫌われるよ?」
とりあえず恨みを込めてそう言ってみる。
「しつこくて結構。…さ、着いたぞ。ここじゃないか、家?」
しかし彼は意に介すことなく。さらりと流されてしまった。
って、着いた?…あ、ほんとだ。いつの間にやら。
眼前には、まさしく私の住んでいるアパート。3階建のグレーの物件。
よかった、帰ってこれた。…無傷じゃあ、無いけど。
ホッと一息ついた私を横目に、国崎はアパートの前に音も無く車を停めた。
―バタン。
私は助手席のドアを閉めて、国崎の車を降りる。そして持ち主の男も、反対側のドアから降りた。
……って、何故に?
「何で君まで降りる?」
「別に。なんとなく。」
あ、そーですか。
「あ~、じゃ、どうも送っていただいてアリガトウゴザイマシタ。」
一応お礼を言っておくとしよう。ま、人として、ね。
「何で棒読みなんだよ。誠意が感じられねェ。」
…るっせ。言ってもらえるだけマシと思えよ。今、腹わた煮えくり返ってんだから。
私は振り返って、男に向かって人指し指を突き付けた。
「…国崎。」
「?」
「君も早いとこ帰って寝て、夢から覚めた方がいいよ。君はどうやら一昨日から幻覚を見てるらしいから。」
「ったく。俺は正気だっての。何で信じねーかな。」
信じられるワケないじゃん。
こいつの今日の行動は、はっきり言って奇行としか思えない。
それか、ドラッグでもやってんのか?
「那津。」
「――!?」
ジーッと睨んでいると、突然ヤツの腕の中に引きずり込まれた。
そのままぎゅっと抱き締められる。
…本日2度目!?
「っわ!?オイ、離せ!叫ぶぞ!」
「もう叫んでるし。近所迷惑だからやめた方がいいんじゃない?」
「~~!」
てめっ!卑怯だぞ!
「ま、運賃だと思って。那津って中々抱き心地いいんだよな~。」
「デッカイぬいぐるみ、郵送してやるから!とにかく離れろぉ!」
じたばたもがいてやると、国崎は舌打ちして私を離した。
…舌打ちしたいのはこっちだっつの、こんの変人が!また顔が熱くなるじゃんか!
「っじゃ!もう帰る!」
「おぅ。また明日。」
「永遠にサヨナラ!!」
最後のヤツの言葉は無視してヤケクソ気味にそう叫ぶと、私はそのままアパートへと走った。
―残された男はしばらく立ち尽くした後、嫌な笑みを浮かべ、自分の車に飛び乗った。
「っはー…、何だっての…。」
部屋に入る。しっかりと鍵をかける。お腹がすいたので、カップラーメンにお湯を入れる。
…何やっても先の出来事が頭をかすめる。気を抜いたら、すぐに国崎の顔が浮かんでくる。
コレは、ヤバい。ヤツの毒気にあてられたようだ。
何、この脳内に占めるあのアホ男の割合の大きさ。こんな乙女脳、私じゃない。
………。
「っだーー!もう、ヤメヤメ!」
思考をブチ切って、頭をぐしゃぐしゃとかく。
やっぱり、アイツの顔が良すぎるのがいけないんだ。
あんな感じで迫られたら、誰でも、こう、ドキッとするにきまってる!私の女の部分(どうやらあったらしい)が過剰に反応してしまってるに過ぎない!
ああいう…多分、国崎にとっちゃ何でもないことに動揺する自分が腹立たしい。
私だけこんな悶々と悩んでるなんて、不公平だ!
もう、忘れてしまえ!!
そうして、私は雑念を払うため、シャワーを浴びることにした。
シャワーを浴びると、少しはスッキリした。チューハイを飲みながら髪を乾かしていると、
「……あ。」
鞄から飛び出た私の携帯電話が見えた。
そういえば…あの3人からメール、来てるかも。
まだ今日やるべきことがあったのに戦慄し、私は慌てて携帯を取り上げた。
しかし。
…うう。見たくない。
電源ボタンに触れる親指が震える。携帯片手に顔を青くしながら苦悩する私は、どう見ても不審者だ。
………。
っええい!自意識過剰だぞ。本城那津!
アドレスが渡ったからって、あっちはメールなんか打ってないかもしれないじゃん!ハイ、メールボックスは空でした☆かも!!!
そんなこんなで私は覚悟を決め、携帯の電源を入れた。
――結論から言おう。
メールなんざ3日に1通ペースの可哀想な我がブルーの携帯は、前代未聞の事態に陥っていた。
『着信 18件
新着メール 39件』
まさに驚きの数字だ。こんなに連絡がきて我が携帯もさぞ驚いただろう。
……どうすんのコレ。電源切っといて良かったわ。
着信は全部、知らない番号3つから。やはりあの3人で間違いなかろう。
ちょっとしたストーカー並みじゃあないか…お顔がすばらしく整った方々だが。
着信履歴は放置しメールを読もうと、メールボックスを開く…が。
ここで問題浮上。
私、あの人たちの名前…知らないじゃん。
どうしたものかと、あごに手を当てて、考え込む。
うーむ。
国崎のように直接聞くのは避けたい。…もう懲りたし。どーしよっかな。
―結局、考えた結果誰が誰だか分かんないが、1番古いメールから順に開けてみることにした。
文字の羅列を目で追う。
―ほとんどが、昼のときの謝罪…と明日の誘いだ。
大体書いてある内容に大差は無かったが、幸運にもなんとなく文面で顔と名前が一致した。
…いやー文章って性格出るんだな。助かった。
爽やか系黒髪ピアスの男が、
斎藤 宏樹(サイトウ ヒロキ)
チャラい茶髪スポーツマンが、
水谷 信二(ミズタニ シンジ)
ジェントル黒髪眼鏡の人が、
乾 圭太朗(イヌイ ケイタロウ)
――と言うらしい。一応ちゃんと記憶しておかねば。
しかし、この人たちも半日でよくもここまでメールを送れるもんだ。私は物臭だから、メールは基本しないのだ。
すべてのメールを読み終え、メールアドレスと携帯番号を登録し終えた私は、今度は新規メール作成画面で頭を悩ませる。
返事、どうしよう。流石にこれだけのメールを全無視する度胸は無い。
しかし…さっきも言ったが、メールは大の苦手だ。
絵文字も顔文字も、特には使用しないし。
というか事務連絡くらいにしか、メール使ったこと無いな。
――そんな女子失格の私は、苦心して同じ文面を3人に宛てて作成した。
『今日は突然逃げて、すみません。
でも女子の友達が欲しいなら、他をあたって下さい。
おやすみなさい。
本城』
コレで、いいか?そっけなさすぎ?
いやいや、でも正直な気持ちだし。怒ってもらった方が逆にいいか。
――よし、送信。
送信完了画面を確認し私は携帯を放り投げた。そのまま自分の体も布団に投げ出す。
―なんか今日、超疲れた。まだ寝るには早い時間だがすごく眠い。
「…もう、うぜぇ……。」
思わず零れた、心の声。
もうヤダ、あいつらめんどい。…何なんだよ、トモダチって。
今まで友人なんざ数えるほどしか作ったこと無いから、よく分からねぇよ。
――面倒なことは大嫌いなのに。
もう学生時代の繰り返しはゴメンだ。なんとかして逃げ切らないと。
どうやったら、飽きてくれるのかな……
誰か、他の人紹介しようか…
…………。
そんなことを考えながら、私は微睡んだ。